顔見知りから友達へ


おはよう、と言われるようになった。おはよう、と返せるようになった。
ゼロからスタートした関係は、1つずつ進んでいる…と思う。多分、きっと恐らく。

工藤くんと少しずつ会話をするようになってから、彼と親しくしている幼なじみだという毛利さん、そして毛利さんの親友だという鈴木さんとも知り合いになりました。…というか、2人からすれば私はもう友達だよと笑顔で言ってくれて、ちょっと嬉しかったんだ。
そんなに一緒にいることはないけど、挨拶を交わしたり、休み時間に4人で話したりするようになったんです。やっぱり友達が増えるのって嬉しいよね…うん。いつか、工藤くんとも友達になれたら…と思っているのは、私だけの秘密なのです。

「美緒ちゃんって、」
「なぁに?毛利さん」
「もう、蘭でいいよっていつも言ってるのに!」
「ご、ごめん、クセが抜けなくて…それでどうしたの?」

いつものように自分の席に着いて、いつものように読みかけの本を読んでいたら朝練を終えたらしい毛利さん…もとい、蘭ちゃんが教室に入ってきた。これまたいつものように挨拶を交わしたんだけど、今日は私の顔を見て何かを言いたそうにしてる。
それに気が付いた私は読んでいた本に栞を挟んで、机の中にしまった。改めて蘭ちゃんに向き直って顔を見上げると、意を決したような表情で口を開きました。そして彼女の口から紡がれた言葉は、私には衝撃的過ぎて思わず叫びそうになったくらい。いや、それは色んな方に迷惑をかけるから絶対にしないけど…!!!

「らっ蘭ちゃん…!」
「あ、やっぱり図星?顔真っ赤だもんね」
「うう、…私ってそんなにわかりやすい…?」
「新一と話してる時、すっごく楽しそうで嬉しそうな顔をしてたから」

園子があの顔は絶対に新一くんに恋してるわよ!…って言ってたよ。
追い打ちをかけるような言葉に、私はついに机に突っ伏した。所謂、撃沈ってやつです。思いっきりいっちゃったもんだからガツン!っていい音がしました…あ、心配してくれてる蘭ちゃんの声が聞こえるやーあははー。
そう。彼女の衝撃発言は、私が工藤くんに恋をしているでしょう?って言葉だったのです。間違ってないんだけど、まさか他人に知られてしまうようなわかりやすい態度をしてたつもりが一切なかったので、その点に関してはものすごくショックです。だから撃沈ですいっそのこと深海に身を埋めたい…!というか、園子ちゃんにもバレてたんだね、女の勘ってすごーいこわーい。
ああもう、朝から顔あっついよ。こんな所を工藤くんに見られたらきっと不審な顔を、…

「おーっす、蘭、七瀬。……ん?七瀬、オメー顔赤くねぇか?」
「おはよう工藤くん!そんなことないっそんなこと一切ないから大丈夫!!!」
「お、おう…?」

トルコ行進曲並の早口でまくし立てれば、怪訝そうにしてはいたものの、それ以上は追及してこようとはしなかった。…でも事情を知ってる蘭ちゃんは私のその様子を見て密かに肩を震わせてます。
それに気が付いた工藤くんはより一層怪訝そうな顔で「蘭、オメー朝からなーに笑ってんだよ」とか言ってます。どうやら彼は自分のことで笑ってるのでは、と思ってるみたいで…ちょっとだけご機嫌ナナメになりつつあります。
あああ…違う、違うんだよ工藤くん!蘭ちゃんが笑ってるのは決して工藤くんのことではないんですー!でもそれを言ったらじゃあ何だよ、って話になっちゃうと思うから何も言いません。違う、言えませんが正しいかな。
ど、どうにか話題を変えなくちゃ…!心の中でグッと拳を握って話題を探していると、そういえば工藤くんに渡すものがあったことを思い出した。確か昨日のうちにカバンの中に……あ、あった。目当てのものを引っ張り出し、蘭ちゃんに詰め寄ろうとしてる工藤くんに声をかけた。

「これ、この前話してた私のオススメの小説」
「あ、覚えてたのか?サンキュ」
「ちょっと長いけど、すっごく感動するんだよ」
「私もこの本知ってる!映画化したってことで有名だよね。気になってたんだ」
「じゃあ、工藤くんが読み終わったら蘭ちゃんにも貸そうか?」
「ほんと?読んでみたい!」

約束ね、と話をしていた所で先生が来て、蘭ちゃんは自分の席へと戻っていった。
…工藤くん、あの小説気に入ってくれるかな?推理小説が好きな彼にはきっと物足りない内容だと思うんだけど、それを承知で貸してほしいと言われたから文句言われたり、怒られたりすることはないと思う。
けど、やっぱり自分が好きなものを好きになってくれたら嬉しいなぁとは思うんです。そしたらもっと話せること増えるし、共通点が増えていくでしょう?
授業に集中しなくちゃいけないのはわかってるんだけど、工藤くんの背中を見つめながらそんなことを考えていました。





「七瀬、これサンキューな!すっげぇ良かった」
「お気に召してもらえたなら良かった。またオススメあったら持ってくるね」
「へへっ楽しみにしてる。…そうだ、これ読んでみねぇ?」

嬉しそうな笑みを浮かべながら渡されたのは、1冊のハードカバー。ずっしりしていて、ページ数もなかなかだ。彼が持ってくるということはきっと、推理小説よね。ホームズかしら?…ああでも、ホームズは昔の作品だから文庫本の方が多いわよね?…多分。

「…あ、この作家さん知ってる。気になってたんだけど、まだ読んだことなかったんだ」
「ならちょうどいいや。読んでみろよ、俺のオススメ!」
「ありがとう。でも工藤くんのことだから、ホームズの本を持ってくると思ってたよ」
「ホームズもいずれ読んでもらいてぇけど、七瀬は推理小説ほとんど読んだことねぇって言ってただろ?」

それならこっちから読んだ方が入り込みやすいかな、って。
一番最初のシリーズだから読んだことなくても大丈夫とか、読み終わったら感想聞かせてとか、私はまだ読んでないのにこのシーンがいいとか、この描写がすごいんだとか、とにかく楽しそうに色々と話してくれて。そんな工藤くんがとても微笑ましいというか可愛いというか…何だかほんわかと和んでしまってクスリと笑みが零れました。
彼の心をそんなにも惹きつけるこの小説はどんなお話で、どんな結末が待っているのだろう。早く家に帰って読んでみたいなぁ、何だか待ちきれない。
今ここで本を開きたくなるけれど、でもきっと読み始めたら止まらなくなってしまいそうだし…何より、工藤くんとお話しているこの貴重な時間を終えてしまうのはもったいないよね。こんなに楽しそうにしている彼を間近で見られるなんて、そうそうあることじゃないもの。大切にしなくっちゃ。

「そうだ、七瀬。今度の日曜って空いてるか?」
「日曜?えっと、……うん、何も用事はなかったと思うけど」
「なら映画行かねぇ?ほら、貸してもらったオススメの小説って映画化しただろ?蘭と園子と4人で観に行かねぇかなーって」

まさかのお誘い。嬉しすぎて二つ返事でOKをしたのは言うまでもない。
-3-
prevbacknext
TOP