お姫様救助


『奏、落ち着いて聞いてちょうだい。…あの人が、釈放されたらしいの。貴方の居場所を突き止めてるなんて思いたくないけど、しばらく気を付けてちょうだい。一緒にいてあげられなくてごめんなさいね』

頭の中で繰り返し再生されるのは、少し前にきたお母さんからの電話。離れて暮らしているのにこうやって私のことを気にかけてくれるのは、正直嬉しかった。
ああ、私はちゃんと存在しているんだなって思えるから。





ズキズキと痛む頭を抑えながら体を起こすと、そこは薄暗い廃工場の中。学校の保健室にいたはずなのに、どうしてこんな所にいるんだろう…覚醒したばかりの頭は今の状況が飲み込めなくて首を傾げてしまう。けれど、すぐにあの人が学校に来て逆らえずに早退という形で出てきてしまったことを、思い出した。

そうだ、…それで正門を出てすぐに何か薬品みたいなのを嗅がされて―――成程、私は今まで気を失っちゃってたんだ。

人の気配がしないのは、此処がすでに使われてない廃工場だからだろうけど…あの人の気配までしないのはどうしてなんだろう?まぁ、いてほしいわけじゃないし、いないなら今のうちに逃げ出してしまった方が良さそうだよね。そうと決まれば、と立ち上がった瞬間にガラリと大きな扉が開いた。
扉が開いた先に見えた姿は、私が生涯一番会いたくなかった人。ドクリ、ドクリ、と少しずつ上がっていく心拍数。徐々に乱れていく呼吸に、途端に上手く息が吸えなくなる。
それでも必死に呼吸を整えて、すぐ傍まで来た男―――かつて、義理の父親だった人を睨み上げる。それが効いているとは、到底思えないけど。

「やあ、お目覚めかい?愛しい奏」
「…気安く私の名前を呼ばないでください。それと学校に帰して」

まだ授業があるんだ、と訴えても、応とは言ってくれなかった。まぁ、当然のことだろうし素直に解放してくれるとも思っていなかったけれどね。
付け込まれてしまわないように気丈に振る舞ってみるものの、気を抜いたら涙が流れてきてしまいそうだし、拳をギュッと握りこんでいないと体が震えてしまいそうだ。そして叫び出しそうになる衝動を必死に抑えてはいるけれど、長い時間これが続いたら気が変になってしまいそう。
じり、と少しずつ後ろに下がって距離を取ってはみるものの、それに気が付かないような人ではない。すぐに距離をつめてきて、私はそのまま柱にぶつかってしまった。
これはマズイ…!慌ててあの人の体を思いっきり押して走り出すけれど、すぐに捕まってそのまま殴られる。

「ッ、…!」
「ひどいなぁ、奏。愛しいパパを突き飛ばして逃げようとするなんて…君は僕のだ、って何度教えれば気が済むんだい?」
「わ、私は貴方を父親だと思ったことはないしっ…それに、貴方のものになった記憶だってないわよ!!」

倒れ込んだ体を起こしてそう吐き捨ててやれば、さっきまで笑みを張りつけていた顔がスッと真顔に変化した。ゾクリ、と背筋が凍るような…人形のように無表情の顔。地雷を踏んだ、というのは自分でもしっかり理解はしている。
だけど、事実を飲み込んでしまうのも嫌だ。
また殴られてしまうとしても、この男が言うことを全て受け入れてしまっては―――私の負けになってしまうから。あの時は怖くて、辛くて、でも逃げ出せなくて。それで全てを受け入れてしまっていたけれど、あんな思いをまたするのだけはどうしても嫌なの。こんな私を救ってくれたあの2人の為にも、絶対に。

「う、ぐ…!」
「悪い口だ…奏はいつからそんな悪い子になってしまったんだい?それに僕というものがありながら、こんな男と付き合い、あまつさえ一緒に住んでいるなんて…お仕置きが必要だね?」

はらはらと降って来たのは、数枚の写真。そこに映っていたのは、誠人くんと、ときとーと、私。マンションから3人で出てくる所や、近くのコンビニで買い物をしている所、誠人くんと私が手を繋いで歩いている所…全て、マンションや学校の近くでの写真だ。
…もしかして、ずっと私のことをつけてたの?それで1人になった所を狙って、親戚だなんて嘘までついて…学校に侵入してきたってことなの?
自分で立てた仮説に恐怖を感じた。だってそうでしょう?ずっと、…この男が私の近くにいたってことなんだから。
もう震えを抑えることなんてできなかった。カタカタと震え始めた体を動かそうとするものの、完全に恐怖が勝ってしまっているようで一向に動く気配がない。もう自分ではどうしようもできなくて、…そのまま地面に押し倒されてしまった。
ネクタイを解かれ、ワイシャツのボタンも全部外され、舐め回すように私の体を見る姿に吐き気がする。

「もう一度、その身体と心が誰のものなのか―――教えてあげないとね」

ニヤリ、と口角を上げ、首元に顔が埋められる。それを押し返そうと腕に力をいれてみても、男と女の力の差は歴然でピクリとも動かない。それどころか、両腕を頭の上で一纏めにされて押さえつけられてしまったの。思っていた以上に力があるみたいで、振りほどくことが出来ない。

「ぃあ、…っ!」

突如、首筋に走った鋭い痛み。どうやらかなりの力で噛みつかれたらしい。血が出てしまったか、もしくは歯形がくっきり残ってしまうような気がする…この男の痕が体に残るなんて、死んでも嫌なのに。
どれだけ逃げ出そうとしても無駄で、もう諦めるしかないと覚悟をした時だった。開くはずのない扉が、乱暴に開けられたのは。

「何してんだよてめぇっ!!!」

鈍い音がして人が倒れ込むような音がした。
その音に驚いてそっと目を開いてみれば、そこにいたのはときとー。

「と、きと…?」
「カナ!」
「まこと、く…」

地面に倒れたままだった私の体を誠人くんが抱き起こしてくれて、泣きそうな顔をしたかずちゃんが自分のブレザーを私の肩へそっとかけてくれた。ときとーは威嚇している猫のように怒りを露わにして、蹴り飛ばしたあの人をじっと睨みつけている。
3人共、私を助けに来てくれたの…?きっと、いなくなったことさえ気が付かれないだろうって思っていたのに。この子達は私のことを見つけてくれたんだ。
誠人くん達の姿を見てホッとしてしまったのか、私は全身の力が抜けて涙がボロボロと流れ出してきた。その光景に誠人くんは一瞬ビックリした顔をして、かずちゃんは一緒に涙を流してくれたの。

「ふ、…うう〜…!」
「はいはい、もう大丈夫だから泣かないでカナ。ほら桂木ちゃんも」
「うるっさいわよ、久保田くん…!ホッとしたんだから仕方ないでしょ〜!」

グスグスと鼻をすすっていると、遠くからパトカーのサイレンの音がした。どうやら此処に来る前に彼らが呼んでいたらしい。
その音を聞いてようやく怒りを収めたらしいときとーがこっちに近寄ってきて、助けられて良かったと笑いながら頭を撫でてくれました。
-6-
prevbacknext
TOP