傍にあるぬくもり
殴られたのは顔とお腹。あと殴られて転んだ拍子に膝を擦りむいてたらしい。顔もちょっと腫れてるけどそんな大怪我じゃないからいいか、とか思ってたんだけど、ときとーとかずちゃんはかなりご立腹のようです。そして誠人くんも静かに怒りを燃やしてる。…正直、この3人に囲まれてるの怖いんだけど。
病院で手当てを受けた後はそのまま家に帰って来たんだ。時間も時間だから学校に戻っても、って話になって。置いてきちゃったカバンはかずちゃんが先生に報告がてら持ってきてくれました。優しい。
「詳しい話、明日聞かせなさいですって」
「うあ、やっぱり?やだなー、めんどい」
「面倒でも逃げないでちょうだいね。はい、差し入れのケーキ」
「わーい!誠人くん、ときとーお茶にしよー!」
ケーキもらったの、ほら!と2人に見せると、誠人くんは良かったねって笑いながら頭を撫でてくれて、ときとーは俺ショートケーキな!ってもう目星をつけていた。むむ、相変わらず目ざとい奴だなぁ…私はどれにしようかな。どれも美味しそうで悩んじゃうなぁ。
誠人くんがお茶を淹れてくれている間、私はケーキをうんうん唸りながら選んでいたんだけど。どうしよう、本当に決まんない…!お店やケーキバイキングの時とは違って、3種類しかないのに決めらんないってどういうことだって話だよね。ときとーはあんなにもあっさりと決めちゃってたっていうのにさー。
「カナ、桂木ちゃんお茶淹れたけど、って…もしかしてまだ悩んでんの?」
「だってどれも美味しそうなんだもん」
「店先で悩むならわかるけど…どれ?」
「チョコかタルト」
「んじゃ俺こっちのタルトにするから、お前はそっちね。桂木ちゃんはチーズケーキで平気?」
「ええ、大丈夫」
ケーキとお茶でしばらくまったりとしていると、かずちゃんが言いたくないならいいけど、と前置きをしてからさっきの男は誰?と尋ねてきた。
まぁ、そりゃ気になって当然のことだよね…迷惑と心配かけちゃったし、かずちゃんには聞く権利がある。あまり思い出したくないし、他人にベラベラ話せるような軽い内容じゃないのは事実なんだけど…彼女にだったら、話してもいいかな。
深呼吸をして、私は言葉を紡ぐ為に口を開いた。
「あの人は、―――母の、元恋人なの」
私の父は幼い頃に事故で亡くなっていて、母親が女手一つで育ててくれた。元々、仕事ができる人だったらしくて生活には困らない程の稼ぎがあったんだよ。その分、いつだって家には母の姿はなかったけど…でも仕事が休みになった時は一緒にいてくれたし、優しかったし、普段いない分を取り戻すかのように愛してくれてたと思うんだよね。だから寂しいって思ったことは何度もあるけど、今でも大好きだし恨んだこともないの。…だって、父を亡くして一番悲しかったのも辛かったのも、母だと思うからさ。
それからどれくらい経った頃かな…多分、高校生になった時だったかなぁ?取引先で知り合ったんだ、って嬉しそうに母があの人を紹介してきたの。その時はね、普通の人だったんだよ?とても優しそうで。雰囲気がどこか、亡くなった父に似ていたような気がする。…初めて、会った時は。
さすがにもう高校生だったからあの人に思いっきり懐くことはしなかったんだけど、その雰囲気に絆された部分はあったと思う。それに母がすっごく嬉しそうな顔をしてたから、別にいいかなぁって。辛い思いをたくさんしてきた分、幸せになってくれたらいいって思ったくらい。私ももう高校生だし、自分の幸せを考えてくれていいんだよって。
―――だけど、高校1年の夏休みに事態が一変したの。
あの人が母のいない時にも家に来るようになったんだよね。最初はさ、別に何とも思ってなかったし母の恋人だから…って、全く油断もしてなかったんだけど。
「…そのうち、体に触れてきたりするようになって、嫌だって拒絶すると殴られたり、暴言吐かれたりするようになったんだ」
仕事から帰ってきた母親を誤魔化すの、本当に大変で。母ってばね、すっごい心配性だから根気強く何があったの、って問い質されたんだけど、正直に言ったらまた母が辛い思いするって思うと…どうしても言えなくて。転んだだけだよ、って必死に誤魔化してた。でもさすがにそれが何度も続くと、誤魔化しきれなくなっちゃうものなんだよねぇ。
それでも母には隠そうと必死になってた。…だけど、家にいる限りあの人は何度だってやってくるし、誰にも助けを求めらんなくて…そんな時にね、助けてくれたのが誠人くんとときとーだったんだぁ。
「俺は小鳥遊と知り合いじゃなかったけど、くぼちゃんが小中一緒だったらしくてさ、時々家で匿ってたってわけ」
「そんでその年の冬くらい、…だったかな?あの男が逆上して、カナのこと刺したんだ」
「えっ…!」
「刺したって言っても、深い傷ではなかったんだけどね。…だけど、それがきっかけで母は別れる決意をして、あの人は逮捕された」
逮捕されて、当然の如く裁判になって2年の服役の判決になったんだけど…母は正直、納得してないみたいだった。もっと重い刑にできないのか、って何度か文句を言っててさ。当事者の私より怒ってるもんだから、何だか気が抜けちゃったのを覚えてる。
「出所してももう私達母娘には近づかないこと、って条件も出されてたはずなんだけど…あんまり意味なかったなぁ」
「ま、ああいう輩が素直に守るとは思えないしね」
「そうだったの…ごめん、やっぱり言いづらいこと聞いちゃったわね」
「んーん、かずちゃんにはたくさん心配かけちゃったし。…あ、そういえばどうして私がいなくなったことがわかったの?」
「それに関しては完全に時任の勘だったんだけど、楓さんに電話したの」
「えっお母さん?!」
あ、それであの人が出所したことを聞いてピンときたわけか。納得、納得。
誠人くんが電話を掛けたってことは、もしかしたら何かあったのかもしれないって心配しちゃってるかも。あとで大丈夫だよ、って電話しておかなくちゃ。
「私、そろそろ帰るわね。奏、お大事に」
「うん、今日はごめんね。それとありがと」
「これくらいどうってことないわ。久保田くんと時任もまた明日」
「もう暗いし送ってく。ついでにコンビニでテキトーにメシ買ってくる、小鳥遊も腹減っただろ?」
「あー…うん、安心したら急に空いてきた」
玄関までかずちゃんとときとーを見送り、リビングに戻ろうと踵を返した所で誠人くんにぎゅうっと抱きしめられた。どうしたのかと思ったんだけど、ちょっとだけ彼の体が震えていることに気が付いてやっぱり心配かけちゃってたんだな、と胸が痛くなる。
まるで縋るような抱擁にごめんね、と口をついて出たけれど、謝罪の言葉はいらないと一刀両断されました。ついでにこういう時はごめんじゃなくて、ありがとうって言っておけばいーの、とまで言われる始末。
うん、まぁ私も誠人くんの立場だったら同じ言葉を言いそうかな、とは思ったけどさ。でも、それでもやっぱりさ?最初に出てくる言葉は謝罪に、なっちゃうと思うんですけど。今度言ったらほっぺたつねられたりしそうだから言わないでおくけど。
「失うかと、思った」
「…うん」
「二度目でも、やっぱり心臓に悪いよ」
「うん、そうだね。…でも此処にいるよ、私はずっと此処にいるから」
「…おかえり、カナ」
「ふふっただいま、誠人くん」