私のほうかご
先生が先生じゃなくて、先輩だったら良かったのに。そうすればもっと遠慮なく話しかけられただろうし、お近づきになることだってできたかもしれないのになぁ。
ああでも、…私みたいな臆病者じゃあどんな関係だったとしても何も変わらないか。
部活に向かう皆を見送り、読みかけだった本を取り出した。もう少しでキリのいい所まで読み終わりそうだからというのと、続きが気になって家まで我慢できそうにないという理由から、特に何の用事があるわけでもないのに私は人が少なくなった放課後の教室に居座る。
また1人、また1人とクラスメートが教室を出て行き、HRが終わって30分も経った頃には私以外、誰もいない状態。それも当たり前だ、明日から連休に入るんだもん。いつもなら教室で他愛もない話をしているであろう皆も、さっさと帰って遊びに行きたいはずなのです。
だって明日はお休みだから、少しくらい帰宅が遅くなったって何の問題もないのさ。…あんまり遅いと怒られるだろうけどね。きっと。
私も遊びに行きたいなー、とは思うけど…友達はみーんな部活に入っちゃってるからなぁ。誰かと一緒に帰るなんてこと、早々ないんだよね。
「(…何か集中出来なくなってきちゃった。帰ろ)」
そそくさと帰る準備をして、読んでいた本にも栞を挟んでカバンの中に突っ込んだ。忘れ物がないかどうかを最後に確認して、誰もいない教室を後にした。
廊下は夕焼けで赤く染まっていてとても綺麗だけど、人の気配や物音がしないだけでこんなにも不気味に感じるんだなぁ…私、絶対夜の学校とか入れない自信がある。だって今以上に静かだろうし、それにきっと非常灯しかついていない校内は真っ暗を通り越していると思うんです。
不気味とかの比じゃない、明らかにお化け屋敷の類だ。よく肝試しだって行く人いるけど、あんなの絶対ダメ。無理。
どうでもいいことを考えながら靴を履きかえて外に出ると、遠くから何か声が聞こえた。いや、一歩校内を出てしまえばグラウンドで部活をしている人達の声とか、ボールを蹴る音とかがそこら中から聞こえるんだけど…普段なら聞き逃してしまう方向からの声に、何故か今日は反応を示した私。
ふらり、と足を進めてみると、その先にあったのは剣道場だ。ああ、さっき聞こえたのは剣道部の「めーん!」とか「やー!」っていう声だったのね。そういえば、前にウチの剣道部は全国へ行くほど強いんだって聞いたことがあったな…きっと指導してる顧問の腕がいいんだろうねーって噂だったけど、その顧問って…片倉先生だったよね?…ヤバイ。覗きになっちゃうのはわかってるけど、指導されているお姿をチラッとだけ拝見したい…!
好奇心と好きな気持ちには逆らえず、私は剣道場の入口へと足早に向かった。辿り着いた剣道場の入口には、ちらほらと見学しているような人がいた。女の子だけど。あの子達もアレかな、私と同じ邪な理由だったりするのかな?
サッカー部や野球部の比ではないだろうけど、この剣道部にも人気の生徒がいるって話を聞いたことあったしね。名前までは知らないけど。
先に見学していた女の子達に混ざって中を覗いてみれば、片倉先生の姿はすんなりと見つかった。あ、でも胴着着てる…!スーツとかワイシャツ姿じゃない先生って、私初めて見たよ!超レア物だよ!!
うーわーうーわー、カッコイイ…めっちゃ写真撮って待ち受けにしたい。わりかし真面目に。でも部活動中だし写真なんか撮ったらきっと烈火の如く怒られちゃうよね、それは勘弁だなぁ…嫌われたくないもん。接点だってそんなになくてあんまりお近づきになれない間柄なのに。
「ん?…Hey!浅野じゃねぇか」
「へ?あ、伊達くんだ。剣道部だったんだ?」
「Yes.ちっせぇ頃からずっとやってたからな」
へぇ、そうなんだ。伊達くんはクラスが違うんだけど、真田くんとよくバトッてるから名前を覚えちゃったし、会ったら挨拶をするくらいの間柄だ。ぶっちゃけ、ちゃんと話したことってほとんどない。今日が初めてに近いんじゃないのかな。ま、クラス違うとそんなもんだよねー。
…ああ、剣道部で人気があるのってこの人か!新聞部企画の付き合いたい人ベスト10!ってのでぶっちぎり1位をとってたし、きっと間違いじゃないと思う。現に横にいる女の子達がうっとりとした顔で彼を見ているし。…これは早々に会話を切り上げて帰らないと、睨まれちゃいそうだな。
「んじゃ頑張ってよ、伊達くん」
「あ、お前って今、暇か?」
「しっつれいな聞き方だなぁ…まぁ、帰るだけだけど」
ムスッとした顔で答えれば、悪びれた素振りもなくちょっと手伝え、と言われました。何を手伝うのかわからぬまま、裏の水道まで行きゃあわかるって言われて向かわされるってどういうこと。
それでも大人しく裏の水道へ回る私も私だとは思いますけれども!!そして行ったら行ったでびっくりし過ぎてぶっ倒れるかと思いました。
「浅野じゃねぇか、どうした?こんな所で」
そう、そこにいたのはまさかの片倉先生でした!伊達くんと話していたから気が付かなかったけど、いつの間にか片倉先生ってばいなくなってたのね!
伊達くんに手伝え、と言われて来ましたと先生に話せば、呆れた表情を浮かべて溜息を1つ。どうやら先生を手伝うのは伊達くんの予定だったそうな。…ああ、成程ね。アイツ、手伝うのが面倒で私に押し付けやがったってことですか…!私からすればグッジョブ!って親指立てたくなるけど、でも押し付けるなよやっぱり!!!
「あの野郎…明日の朝練のメニュー倍にしてやる」
「うわぁ…伊達くんご愁傷様」
「自業自得だ。で、手伝わせていいのか?」
「あ、はい。何なりと…」
何故か口をついて出た言葉に片倉先生が、ぶっと吹き出した。そして肩を震わせて笑っていらっしゃるようです…顔は見えないけど。こっちに背を向けちゃってるから。
でも見たかったなー、先生の笑顔…滅多に見れないから貴重なんだもん。実は。うん、だけどさ?この人、何で笑ってるんだろ。私、何か変なこと言ったっけ?
「あのー、私、変なこと言っちゃいました?」
「い、いや…前にプリント綴じるの手伝ってもらったことあっただろ。その時も同じようなこと言ってやがったな、と」
くつくつ笑いながらそう言われ、そういえばあの時も帰る瞬間にそんなこと言ったなーって思い出した。だから先生は笑ってたのか、あの時も大爆笑してたもんね。そりゃ笑うかもしれない。
だけど、ふと気が付いたんだ。言った張本人である私でさえ、先生に言われるまで同じようなこと言ってたことなんてわかっていなかったのに…それなのにすぐ気が付いて笑った、ってことは―――覚えていてくれたってことで。
気恥ずかしいけど、すごく嬉しい。覚えられてる内容はとても、あの、どうなの?って感じではありますけれども。
「それで最後だ。また手伝わしちまって悪かったな、助かった」
「いっいいえ!このくらい全然…!」
「そうか。…ありがとな」
最後に私の頭をぽんぽん、と数回撫でて、先生は去っていかれました。
わわわ…!最後のあれはヤバイ。ヤバすぎますよ先生―!!!
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