からくり屋敷


歩いても、歩いても、誰とも会わない。さっきまでは人の気配がしていたはずなのに、今は、何も感じない。
人がいる気配も、ましてや生きている者の気配すら感じねぇ。これだけでかい屋敷なのに、人っ子一人いねぇのはおかしくねぇか?

…それとも、これも俺が全てを忘れていたのと関係があるっつーことなのか…忘れてたもんを思い出した結果、こういう状況になってるっつーんなら辻褄が合ってる気もする。
どういうからくりなのかは知らねぇけどよ。
しん、と静まり返ってる屋敷っつーのは…思っていたより不気味だ。
白鷺城は常に人の気配がして、人の声が聞こえて、足音も物音もそこら中から聞こえてくる場所なのに。
誰もいなくなると…こんなにも静まり返るもんなんだな。


―――ピタッ…

「…此処、人の気配はしねぇが…ナニかがいる」


城のとある部屋の前に差しかかった時、ナニかの気配を感じた。
人ではねぇ。魔物でもねぇ。…生きてるモノじゃ、ねぇ。
ハッキリとはしねぇが、生きていないことだけは確か。つまり、今はそれくらいしかわからねぇってことだ。
殺気も感じねぇから…敵ではねぇ、のか?…いや、それは安易すぎる発想だな。敵じゃねぇ根拠は何処にもねぇ。
生きてるモノじゃねぇが、害を成す輩である可能性が全くないわけじゃねぇんだからよ。


―――ガラッ

「―――――っ?!」


襖を開けた先にいたのは、父上と母上。幼い頃に亡くなったはずの、2人の姿だった。
いるはずがない、というのは理解している。生きているはすがない、というのもわかってる。

母上は事切れる瞬間を見た、父上は千切られた腕を見た。

どう思い出しても、考えても、2人が無事でいるっつーのは有り得ねぇ。
…それでも、足が勝手に2人の元へと進んでいく。違う、と頭では理解していても…内(ナカ)はそう思っていないのかもしれねぇな。
すぐ傍に近寄っても、やっぱり生きてる者の気配は感じねぇ。動く様子もねぇし…人形か何か、なのか?


『くろがね』


聞こえたのは、母上の優しさを含んだ声。
顔を上げれば…さっきまでは気配もなく、動く様子もなかったはずなのに、色が宿った目でこっちを見ている。
父上も同じだった。母上と同じように、視線がこっちを向いている。一体、どうなってやがる…?!


『淋しい思いを、辛い思いをさせたわね…でももう大丈夫』
『俺達が、お前にそんな思いは二度とさせない。護ってやる、愛しい息子よ』


グラリ、と視界が揺れる。瞼も頭も重くなってきて、立っていられねぇ。これは眠気、なのか…?急激に襲ってきた倦怠感に膝から崩れ落ちた。
床に手を置き、倒れそうになる体を必死に支えるが…意味なんて、ない。
どれだけ踏ん張ろうが、それに逆らうように体が傾いでいく。倒れ込む、と思った時…温かい何かにふわりと包まれた。


「母、上……」
『そのまま体を委ねなさい…そうすればもう、何も心配することはないわ』


このまま、この温かいものに包まれていれば―――――何も、考えずに済むのか。



"アイツ"を、諦めてたまるか



…そうだ。俺には、取り戻したいものがある。
それを取り戻すまでは、何も諦めねぇし、安らぎを得ようとも思わねぇんだよ。

確かに何度、父上と母上が生きていれば、と思ったかわからねぇ。
何度も望んだし、何度も2人を救えなかった己を責めた。だから、今のこの状態が嬉しくねぇわけがねぇんだ。だが…


「お前らは、父上と母上の形をした…ただのまやかしに過ぎねぇ」


このままでいりゃあ、歩んで来れなかった2人との時間が取り戻せるのかもしれねぇな。
…けど、それは現実ではねぇ。ただの夢で、まやかしで、幻だ。
俺は幻には縋らねぇよ、それが何よりも幸せな光景だったとしてもな。

幼い頃の俺ならば、縋ったかもしれねぇが…生憎、今の俺にはそれよりも欲しいものがある。
願うのは―――2人との時間では、ねぇ。


『…そう。残念だわ…大きくなった貴方と過ごせると思ったのに』
『強く、逞しくなったな。…さすが俺達の息子だ』


微笑んだ顔を見た瞬間、2人は淡い光に包まれて…姿を消した。
本物だったのか、それとも偽物だったのか、俺にはさっぱりわからねぇが…それでも少しだけ、懐かしい夢が見れた気がすんな。別に、会いたくなかったわけではねぇから。

光が消えて、ようやく目が慣れてきた。…そこには当然ながら、もう2人の姿はねぇ。気配も、何もかも消え去った後。
淋しい、なんざガラじゃねぇけどよ。それでも。
奥の方で燻ぶる、よくわからねぇ感情はきっと―――お前なら、淋しいってことだよって苦笑いするんだろうな。


「…なぁ、緋月」


お前は今、何処にいる?何処にいて、どんな思いでいるんだ?
目の前で体が解けていくのを見たが、今でもまだ…信じきれねぇ。緋月がいなくなったなんて、思えねぇんだよ。
お前のことだ。ひょっこり、何でもねぇ顔して何処かから現れそうな気がしちまってる。…んなわけ、ねぇのにな。

けど、それでも諦めきれねぇっつーのが事実で、実際あの怪しい老人と話をした時、アイツと会えるかもしれねぇって思った。取り戻せる術があるなら、と思ったんだ。


「…その結果が、今っつーことなのかもな」


此処を出ることが出来たら、お前に会えるのかもしれねぇ。
いや、会えねぇ確率の方が高いんだろう。
それでもほんの少しでも、可能性があるんなら俺は―――――


「何が何でも、諦めたりはしねぇよ」


気合いを新たに廊下へ足を踏み出せば、

本当におバカさんだね、黒鋼くん―――

苦笑いしながらそう言う緋月の声が、聞こえたような気がした。
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