最後のヒト


廊下に出て、再び気配を探ってみれば、さっきまでは気配すらなかった場所に生きている者の気配があった。
罠か否か…それは判断出来ねぇが、今は何も手掛かりがねぇ。
何が起きるかは全く想像出来ねぇし、わからねぇけど、行ってみる他ねぇだろうな。

いつも以上に五感を研ぎ澄まし、僅かな変化すら見逃さねぇように。だが、その部屋に着くまでは何もなかった。
相変わらず、気配はその部屋からしかしねぇし、他の場所からは何も感じない。…つーことは、この部屋にいる奴が…術者なのか?


「(…此処で考え込んでも仕方ねぇか)」


―――ザシュッ

明らかに生きている者の気配がする部屋。
何があるかわからねぇ状態だし、恐らく此処は白鷺城であって、白鷺城ではねぇはずだ。そう当たりをつけて、襖を開けるんじゃなく持っていた刀でぶった斬った。

中にいたのは…深紅の髪を持つ女、世話役の紅。
意外だった。その女が此処にいたこと。さっきの母上達のように偽者かとも思ったが、俺はコイツの気配を辿って此処まで来たんだ。そういうわけじゃねぇだろう。
…が、それよりも意外だったのは。短い付き合いとは言え、俺はコイツの気配を知っている。それなのに、気配を感じた時…コイツだとは気がつかなかった。
いや、気がつかなかったというよりは…別の気配と混じって、よくわからねぇんだ。誰のモノなのか。


「…辿り着いてしまったんですね、黒鋼さん」
「お前……」
「貴方にとって幸せであろう空間を創り出して、そして取り込んだのに。それすらも意味を成さなかった」
「何が目的だ。俺をよくわからねぇ所に連れて来やがって」
「目的……そう、ですね。きっと貴方に全てを忘れて、幸せになってほしかったんだと思います」


言葉を選ぶように、丁寧に、そしてゆっくりと紡ぐ女。
考え込む姿や、苦笑いを浮かべた顔…その仕草全てが俺のよく知っている"アイツ"によく似ている。


「…お前……まさか、緋月なのか?」


まさか、と思った。いるはずがねぇ、と思った。だが、目の前にいる女がこの空間を創り出した術者ならば、母上と父上のことを知っていてもおかしくはねぇ。
緋月は俺の過去を、知っている。それにアイツは―――何よりも、他人の幸せを優先する奴だから。
…わかってる。それだけで目の前にいる女を緋月と断定するには、根拠が少なすぎるのも。けど、それでも俺には確信しかなかった。

ザァ、と一陣の風が吹いた。
その瞬間、深紅の髪の女は黒髪に変わり、纏っている雰囲気が…緋月のものに変わった。
俺が、アイツの気配を忘れるわけがねぇ。間違えるはずも、ねぇ。
そうか。俺の勘は当たってたわけか。


「どうして…キミはいつでも、僕を見つけちゃうんだろうね」
「探してたからに決まってるだろ。…お前を、緋月を取り戻す術を」
「それはキミにとっての幸せにはならないよ?さっきまでのようにキミのお父様とお母様がいて、穏やかな空気が流れてる…それがきっと、キミにとっての幸せだ」


―――…お前はいつでもそうだったな。
俺にとっての幸せは、お前自身がいねぇことだって思ってやがる。
んなもん、勝手に決め付けてんじゃねぇよ。


「お前は―――本当に馬鹿なんだな」


溜息と共に、その言葉を吐き出せば。緋月の顔は衝撃を受けた時のような、間抜けな顔になりやがった。
それすらも懐かしく感じて、思わず吹き出す。ひとしきり笑ってから、俺は改めてアイツに向き直った。


「あいっかわらずわかってねぇみてぇだが、俺の幸せを勝手に決め付けんじゃねぇよ」
「くろ……」
「確かに母上達が生きていれば、と思ったことがねぇわけじゃねぇよ。2人がいれば幸せかもしれねぇが…今の俺が望むのはソレじゃねぇ」
「…じゃあ、キミは何を望むの?キミにとっての幸せって、何…?」
「てめぇがいることだ」


自分でもガラじゃねぇな、ってわかってるけどよ。それが本音だ。
お前を護ると決めた時からずっと、俺にとっての幸せは緋月が傍で笑ってくれることだった。つまり、緋月がいねぇと…他の何が揃っていても、幸せだとは思えねぇ。


「…来い、緋月」
「っ!」
「俺だけじゃねぇ。へらいのも、小僧も、白まんじゅうも、姫も……お前を待ってんだ」


誰一人、お前を忘れちゃいねぇし、諦めてもいなかった。いつかまた、会えるんじゃねぇかって…思いながら旅をしていたんだよ。その術を探しながら。
取り戻したい、と願い続けて、ようやく見つけた。また会うことが出来たんだ。
それを此処で諦めて、二度と会えなくなるのだけは…許さねぇ。また目の前で失うのは、嫌なんだよ。今度こそ、離しやしねぇぞ…絶対に。

顔を歪ませ、泣きそうになっている緋月に手を差し出す。


「お前の居場所は此処じゃねぇ。俺の傍にいろ」
「くろ、がねく……っ!」
「もう―――お前だけの願いを願っても、いいんじゃねぇのか」


頬を一筋の涙が流れ落ちる。流れ落ちるのと同時に、緋月の手が俺の手を掴んだ。
…ようやく、取り戻したと思った時。強い光に包まれる。

眩しくて前が見えねぇ…!
緋月だけは、と握っていた手に力を込めようとしたのに、アイツの手がスルリと抜けていく。掴み直そうとしても、かろうじて緋月の輪郭がわかる程度で、その場所まではハッキリしない。


「ありがと、黒鋼くん」


凛とした声が響く。愛しい女の声が。


「僕とキミが新しい願いを願ったから…この空間はもうすぐ消える。大丈夫。ちゃんとキミの魂は、キミ自身の体に戻って、ファイくん達のいる世界へ戻れるから」
「お前はどうなるんだよ!まさか、また消えるんじゃねぇだろうな?!」
「…消えないよ。言ったでしょ?新しい願いを願った、って。ちゃんと会えるから、心配しないで」


一層、光が強くなる。もう何も見えず、アイツの声が聞こえるだけだ。その声さえも、どんどん遠くなっていく。
本当にまた、会うことが出来るのか?そう言いながら、本当はこの空間と一緒に消えるんじゃねぇのかっつー疑念が捨てきれねぇ。
意識を失いそうになった時、頭ん中に直接緋月の声が響いてきた。


「満月の夜、町と街を繋ぐ唯一の橋の上で…キミを待ってるから」
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