伝えたい言葉
泣くだけ泣いて、涙が止まる頃には気分はすっかり軽くなっていて。何だかようやく僕らしく生きれるような、そんな気がしていた。
あの人に創られたその瞬間から、ずっと僕はあの人のモノで、自分自身の意思なんて存在していなかった。
だけど。偶然にもシャオとさくらに出会って、僕には"ココロ"というものが生まれた。
きっとあの2人に出会うことがなければ、いまだにあの人の殺戮人形のままで、黒鋼くん達に殺されていたのかもしれないね。…まぁ、それはそれで僕の願いは叶えられていたのかもしれないけれど。
「緋月ー!」
「わっモコ?どうしたの?」
「やっと緋月が戻ってきたんだもん!パーティーしよー!!!」
「パーティー?」
「君が戻ってきたお祝いだよー」
オレが腕を奮って、美味しいごちそうたくさん作ってあげる、ってファイくんが嬉しそうに笑ってる。
…日本国で初めて見ることが出来た、ファイくんの本当の笑顔。
うん。やっぱりたくさん抱えて、全てを隠してる偽りの笑顔より、今の笑顔の方が断然良い!
それにしてもファイくんお手製の料理かー。食べるの久しぶりだし、楽しみ!
お酒も飲みたいし、皆とたくさんお話したいし、やりたいことはたくさんあるんだよ。
「材料は大丈夫なのか?」
「うん、昨日小狼くんに手伝ってもらって買い込んだし…十分だよー」
「酒は」
「…黒りんはいつでもそればっかりだねぇ。ちゃんとあるよー」
「あっ僕もお酒飲みたいー!全員分ある?」
「あるみたいだぞ。黒鋼さんが眠っている間は、おれもファイさんも飲んでいないから」
ファイくんはお酒強かったけど、シャオは強くないみたいだもんね。でも今日はパーティーなら飲ませちゃおっかなぁ。どんな酔い方するのか気になるし。
そう思った時、思い出したのは…面白い酔い方をする小狼くん。とても懐かしいけど、少しだけ悲しくて切なくなる。
本当にもう彼と彼女は、此処にいないんだなぁって実感してしまうから。
「緋月?どうした」
「…ううん、何でもないよ」
シャオに声を掛けられてハッとする。
そうだ。一番辛いのは、当人であるシャオなんだよね。
写身だった小狼くんと姫さんは、後にシャオの両親としてもう一度生を受けた…そしてあの時、僕達を護ってくれた。
2人の魂は、まだシャオとさくらの中で生きてる。だったら、その魂を移す術を…僕も一生懸命探そう。
もう一度、彼らに会いたいから。会って、きちんとお礼を言いたいんだ。
「緋月ちゃーん。悪いんだけど、手伝ってもらえるかな?」
「はいはーい!何を手伝えばいいの?」
まだ2人のことを思い出すと、懐かしさと切なさで泣きそうになってしまうけど…でも今は、あの頃とは違う気持ちで、心から笑えるよ。
キミ達に心配を掛けないように、安心出来るように…自分自身の為に、生きるからね。
ファイくんと一緒にたくさんの料理を作って、お酒を飲みながらそれを食べて、今までの旅の話を聞いていたんだけど……
「僕と黒鋼くん以外、潰れちゃうってどういうことなんだろう…」
「いつもより飲むペースが早けりゃ、潰れんのも当然のことだ」
「ペースが早いって…いつもはもう少しゆっくり飲んでるの?」
「おう。小僧もへらいのも、普段は潰れねぇからな」
そう、なんだ…シャオもファイくんもモコも即効、潰れていたから普段からこんな感じなのかと思ってた。…でもそっか。2人が潰れたの見たのって、一度っきりだったかも。
だけど、ちょっと残念だなー。もう少し話を聞きたかったんだけど。
ポツリとそう言えば、黒鋼くんに頭を撫でられた。時間はいくらでもあるんだから、また明日聞けばいいと言われながら。
ふふ、そうだよね。これからはまた、一緒に旅が出来るんだもん。
話を聞く時間も、話をする時間もたくさんあるんだよね。今日だけじゃないんだもん。
「…何だか不思議」
「あ?」
「少し前の僕は殺してもらうことばかり考えていたのに、今の僕は生きることだけを考えてるんだもん。不思議じゃない?」
「それだけお前が変わったってことだろう。良い変化なんじゃねぇのか?」
「良い変化、か…そっか、そうかもしれないね」
確かに黒鋼くんの言う通りかも。あの人にかけられた呪で自分の胸を貫いた時、生が終わる瞬間…僕は"死にたくない"って思ったんだ。それまではあれだけ殺してもらわなきゃ、って思っていたのにね。
…いや、違うかも。あの人に逆らうと決めた時はもう、そう思うことはやめてた気がする。
命を失うことはわかってはいたけど、それでも彼らと一緒に生きたい。歩いて行きたいって…思ってたんだよね。
だからこそ、命が終わる瞬間に"死にたくない"って思ったんだ。
「…だから、今此処にいるんじゃねぇの?」
「?どういうこと」
「命が散る間際、死にたくねぇって強く思ったから…だからお前の想いがこの世に留まったんだろう。で、あの魔女が拾い上げた」
「あ……」
「あの魔女が偶然、お前を見つけたんじゃねぇ。お前自身が此処に留まりたいと思った結果なんじゃねぇのか」
逆にそう思わなければ、僕はもう二度と黒鋼くん達に会えなかったってことか。
人の想いは強いと聞いたことはあったけど、本当なんだねぇ。
「ま、何にせよ…侑子さんに助けてもらったのは本当だし、感謝しなくちゃなぁ」
「不本意だがな」
「もー…黒鋼くんは本当に侑子さんが嫌いというか、苦手なんだね」
「どうにも気に食わねぇんだよ」
第一印象が悪かったのかなー。旅に出る術を得る対価として、大切な剣を差し出したって聞いたし。
潰れてしまった2人と1匹にタオルケットを掛けてから、僕達は再び飲み始めた。
黒鋼くんは相変わらずどれだけ飲んでも、顔が赤くなることもないし、酔っぱらうこともんないみたい。羨ましいな、この野郎。…僕も弱くはないから、潰れるようなことはないけどさ。
ただ、顔は赤くなりますよ?これだけ飲めば。顔にも出なかったのは、紗羅ノ国くらいかなー。
うん。少し顔が熱くなってきたな。
「…顔、赤くなってんぞ。その辺で止めておけ」
「えー?まだ意識はハッキリしてるよ?顔が熱いのは自覚あるけど」
「なら、一旦水か茶でも飲め。落ち着いたら、また飲めばいいだろうが」
「あ、そっか」
そうだよね、黒鋼くんの言う通り、一旦休憩すればいいんだ。うんうん、と1人で納得して、冷蔵庫に入っているであろうお茶のペットボトルを取りに行く。
えーっとお茶はー…あ、あったあった!
大きなペットボトルと新しいコップを抱えて戻ろうと後ろを振り向いた時、ヒョイッとペットボトルを取り上げられた。
…何て言うか、本当に普段は愛想ないくせにこういう時だけは優しいんだから…。
「(そういう所に惹かれたんだろうけどさ…)」
何も枷がなくなった今、彼に想いを伝えたいって思うんだけど…どうしても取り払えない枷が、鎖が…1つだけある。
それは僕が彼のお母様を殺めたという事実。
この事実だけは一生取り払えない、枷で、鎖で、消えない罪。
だから、どうしてもあと一歩が踏み出せないんだ。だって嫌じゃない?自分の家族を殺めた張本人が、恋人になるなんて。
彼が僕を取り戻そうとしてくれた気持ちはとても嬉しかったし、彼の気持ちが変わっていなかったのも嬉しかったけど。
きっと僕の気持ちを素直に伝えたら、黒鋼くんは受け入れてくれるんだと思う。僕自身、それを望んでいるんだけど…どうしても壁を乗り越えることが出来ずにいるんだ。
いつか捨てられてしまうんじゃないか、って…思ってしまう。だけど、黒鋼くんに殺されるのなら本望なのかなぁ。やっぱり。
「(…ダメだ。このことになると、どうしてもマイナスになってしまう)」
「おい、どうかしたのか?」
「え?あ…ううん、何でもないよー」
へらっと笑みを浮かべた瞬間、黒鋼くんの眉間にシワが寄った。
…あれ?何だか急に不機嫌?
「―――俺はずっと…お前のその笑みが嫌いだった」
「黒鋼くん…?」
「お前、何かを隠す時には必ず笑うだろう。その笑みが嘘臭くて嫌いだったんだよ」
「う……」
「で?今は何考えてやがったんだよ」
深紅の瞳に見つめられると、何も隠すことが出来ないんだよね…僕。ずっと前から、黒鋼くんの目には弱いんだ。
侑子さんが叶えてくれた願い。ようやく自分の為に生きられるようになったんだ。
悔いを残すようなことだけは、したくない。この想いを告げて、どんな結果になったとしても。
「あ、のね?僕…ずっと、キミに言いたかったことがあるんだ」
「おう」
「日本国で僕のこと、好きだって伝えてくれたでしょう?僕はあの時、ごめんって言ったけど…あの、本当は―――」
ツゥ、と…頬を冷たい何かが零れ落ちていく感触。
部屋の中にいるのに雨?とか考えちゃって、目の前にいる黒鋼くんがぎょっとしている表情を見てようやく、もしかして僕は泣いてるのか?って気がついた。
何で涙が出てくるのかわからない。さっき、一生分くらい泣いたはずなのに。
ボロボロと流れ落ちて来る涙を、必死に袖口で拭うけどそれでも止まる気配はなくて。どうしよう、とパニックになりそうになった時、ふわりと何かに包まれた。
その正体は黒鋼くん。僕はどうやら彼に抱きしめられているようで。
「え、あ、あのっ…!」
「泣くな。お前の泣き顔は…見たくねぇんだよ」
「…キミのその優しさに僕はまた泣きそうになるんですけど」
「何だそれ」
あぁ…本当にキミはいつでも僕の心を掬ってくれる。癒してくれる。
「あのね、黒鋼くん…本当は好きって言ってくれた時、すごく嬉しかったの。僕もキミと同じ気持ちだったから。だけど―――僕はキミのお母様を殺めて、しまったから…」
「……確かに俺は、ずっと母上を手に掛けた奴が憎かった」
静かに語られる黒鋼くんの気持ち。
大切なお母様を奪われて、その命を奪った者への激しい憎悪。それは…東京で感じていた。初めてシャオに会った時の黒鋼くんの、殺気。あの殺気で、どれくらい僕を恨んでいるのか知ってしまった。
だけど、彼から今感じるのは―――憎悪では、ない?
「手を掛けたのはお前かもしれねぇ。だが…それが関係なくなるぐらい、俺はお前に惚れてんだ」
「っ!」
「ようやく取り戻せた…言っておくが、俺はお前を逃がす気も手離す気もねぇからな。覚悟しておけ」
「……ほんと、キミは馬鹿だね?黒鋼くん」
「何とでも言いやがれ」
「でも…キミのそういう所、僕は大好きだよ」
伏せていた顔を上げ、しっかりと黒鋼くんの顔を見据える。
この言葉だけは、きちんとキミの顔を見て伝えたいって思うから。
「僕、黒鋼くんのことが大好きだ」
「待たせ過ぎなんだよ、バカ女」
「あははっ久しぶりに聞いたよ、その呼び方!懐かしいな」
「―――…好きだ、緋月」
「うん。僕もキミが好き」
自然と重なった唇。二度目のキス。
だけど、あの時と違うのは…お互いの気持ちが通じ合っているということ。