再び、前へ。


ふっと目が覚めた朝。どうやら昨日は、リビングのソファで黒鋼くんと共に眠ってしまったらしい。…しかも僕はまたもや彼の膝を枕にして。
これ3回目だよね、確か。何だろ、落ちつくのかなぁ?

うーんっと背伸びをして辺りを見渡せば、テーブルの上は綺麗に片付いていた。
あれ?僕、片付けた記憶がないんだけど…と疑問に思っていると、ファイくんとシャオの寝ている位置が昨日とは変わっていた(変わらず床で寝てるんだけど)。
…もしかして、一度起きて片付けをしてからまた眠ったのかな。
でもそれならベッドで眠ればいいのに。床じゃ体が痛くなっちゃうのにね。あ、だけど2人共ちゃんとクッションを枕代わりにしてる。


「(まだ皆、ぐっすり寝てるなぁ…黒鋼くんでさえ、起きる気配がないや)」


僕が起きても、黒鋼くんはいまだ寝息をたてている。人の気配に敏感な彼は、こんなに熟睡するようなタイプではないと思うんだけどなぁ。
それとも僕達には気を許してくれてるのかな?それだったら嬉しいけど。

…さて、目が覚めちゃったけど…どうしようかなぁ。
窓から外を見てみると、どうやら陽が昇ってまだ間もないみたい。明るくなり始めてるとこだ。
多分、まだ起きるにはかなり早い時間なんだろうけど、寝直す気分ではない。
かと言って、本があるわけじゃないから暇つぶしも出来そうにないしー……あ、散歩でも行って来ようかなぁ。少しお話したい人も、いることだし。


「(黙って出ていくのは気が引けるけど、でも起こすのはもっと気が引けるし)」


そうだ。メモだけ置いて行ったら、心配しないかな。
その辺にあった紙切れに「散歩に行ってきます。すぐ戻るから心配しないでね 緋月」と書いて、そーっと外に出ることにした。


「わ…太陽がキラキラしてきれーい…」


扉をそっと閉めて、白んで来ている空を見上げれば、太陽がキラキラと輝いていた。
朝は弱いから太陽が昇りきってから起きることの方が多いんだ。だから、太陽が昇る瞬間って初めて見たなぁ。
昇る瞬間って、こんなに綺麗なんだ。…きっとそうそう見れないだろうから、よく見ておこう。

しばらくそれを眺めてから、まだ静かな町を歩き始めた。
早い時間帯だから、昨日見た露店は1つも出ていないし、人もほとんど歩いていない。たまーに僕のように散歩をしている人は見かけるけど、本当に稀だ。
…ま、本来なら僕だってぐっすり夢の中にいる時間帯だしね。


「そういえば…いつまでこの国にいるんだろう」


今までの旅では姫さんの羽根が見つかったら、だったけど…これからの旅はそうじゃない。
目的がないわけではないけど、今までのように時間に追われている旅でもない。気ままといえば気ままだ。…ま、今考えても解決しないか。帰ってから黒鋼くん達に確認してみよ。

そんなことを考えつつ、目的もなしに歩いていたら昨日の橋が見えてきた。
あ、下は川になってたんだね。水に太陽の光が反射して、キラキラしてる…これも綺麗だな。
あの頃も楽しい、と思うこともあったけど。今のように余裕はなかったような気がする。綺麗だと思うこともあったし、楽しい、面白いと思うこともたくさんあったはずなんだけど…だけど、こんな風にのんびり景色を見ることはなかったのよね。
唯一見た景色と言えば、桜都国の桜かなぁ。
あ、桜なら日本国でも見せてもらったっけ。どっちの桜もとても綺麗だった。


「せっかくまた旅に出られるんだし…こうやって歩き回ってみようかな」


手すりに寄りかかりながら、指先に魔力を込める。くるり、と円を描けばそこに映し出されるのは、懐かしい景色と新しい店主。
彼は少し驚いた表情をしていたけれど、すぐにふんわりと笑みを浮かべ、「お久しぶりです」と声を掛けてくれた。


「久しぶり、四月一日くん…といっても、ちゃんとお話するのは初めてだね」
『ふふ、そうですね。初めて会った時も、貴方はすぐに行ってしまいましたし』
「……跡を継いだんだね、侑子さんの」
『はい。それが―――おれの対価ですから』


そう言って、静かに笑みを浮かべた四月一日くん。
言葉を交わすのは、今回が初めてだ。だけど、僕はこの子の本当の笑顔を知っている。
こんな風に静かに笑う子では、なかった。もっと嬉しそうに、楽しそうに笑う子だったはずなのに。…きっとその笑顔を、奪ってしまったのは僕だ。

彼に告げればそんなことはない、と言ってくれるのだろう。でも彼の笑顔を、大切な人を失わせてしまった事実だけは、どうにも消えるはずがない。
夢を終わらせたいと願ったのは確かにあの人だったけれど、それでも…決断をしたのは、僕自身。


『それでどうしたんですか?急に通信を繋いでくるなんて…』
「…ずっと言いたかったことがあるんだ」
『おれに、ですか?』
「うん、キミに」


これはただの僕の、自己満足。


「四月一日くん…ごめんね」
『え…?』
「失わせてしまったから。奪ってしまったから。…キミから、大切なモノを」
『緋月さん……』


僕が消えてしまえば、と何度思ったことか。その代わりに侑子さんが生きてくれていれば、と何度考えたかわからない。

確かに侑子さんは生と死の狭間にいた。本来なら、もっとずっと昔にその命が途絶えていた存在だ。クロウという魔術師が彼女の魂を、無意識に縛りつけてしまっただけで。
今のこの状態が、彼女がいないこの世界が―――正しい、とはわかっている。彼女自身、この夢を終わらさなければと願っていたしね。

だけど、それは四月一日くんには関係のないことだ。
侑子さんにとって四月一日くんは大切な存在で、四月一日くんにとっても侑子さんは大切な人だった。


『…緋月さんが謝ることじゃありません。侑子さんからしてみれば、こうなることは"必然"だったってことなんだと思います。きっとずっと…こうなることを望んでいたんでしょうから』
「四月一日くん」
『確かに侑子さんはもういません。…けど、おれはあの人のことを覚えてる。此処で待ち続けることを決めた』


そう言った彼の瞳はとても真剣で、とても真っ直ぐだった。
…強い心の持ち主だ、本当に。


「『ありがとう、四月一日』」
『ッ!』
「『あたしを忘れないでくれて、ありがとう』」


するり、と出てきた言葉。僕の意志とは関係なく、零れ落ちた言葉。まだ、ここにいたんですね。侑子さん。四月一日くんに直接、お礼が言いたくて。
四月一日くんの顔が泣きそうに歪む。けれど、すぐに嬉しそうに笑ってくれて…その顔を見た瞬間、僕の中から今度こそ、本当に侑子さんの気配が抜けていった。
これで本当に最後の、お別れなんですね。


『緋月さんが侑子さんに似ているな、と思った理由…何となくわかった気がします』
「え?」
『容姿が、声が似ているだけじゃない。貴方は―――侑子さんと同じなんですね』


柔らかい、そして優しい笑みを浮かべてくれた四月一日くん。何だかようやく、全てから許されたような気がしたの。
僕の犯した罪は何一つ消えない。これから先も、ずっと背負っていかなければいけないこと。
だけど、もう大丈夫。罪の一つ一つを忘れたりはしない、でもその重さに潰されたりもしない。しっかりと背負って、僕自身の足で進んでく。


『―――さぁ、緋月さん。もう時間みたいですよ?』
「え?時間って何の?」
『お迎えが来たみたいだ。貴方の、とても大切な方達の』


四月一日くんの言葉に後ろを振り向いてみると、黒鋼くん・シャオ・ファイくん・モコの姿があった。
彼と会話していることがわかっているのか、少し離れた所で僕を待ってくれているみたい。…無性に嬉しさが込み上げてきた。

待ってくれている人がいる。此処にいることを望んでくれる人達がいる。
ただそれだけのことかもしれない。けど、僕にとってはそれが嬉しくて仕方ないことなんだ。
だって、ずっと僕は存在してはいけない不幸を齎す存在だと思っていたから。…今でもそれは消えないし、拭うことも難しいんだけど…それでも彼らが僕の存在を認めてくれた。それだけで十分なんだよね。


「四月一日くん!今度はっ…キミがいる国に行くから!皆と一緒に!だからその時はまた、たくさん話をしよう?キミのことも、侑子さんのことも、そっちの国のことも…たくさん聞きたい」
『はい。待って、いますね』


笑顔で言葉を交わし、僕は通信を切った。
通信を切った後、深呼吸を1つ。気持ちを落ちつけてから、僕は振り向いて駆けだした。皆の所へ。


「緋月ーーーっ!!!」

―――抱きっ

「わっ!…モコ?」
「目が覚めたら緋月の姿がないんだもん!また消えちゃったのかと思ったよ!!」
「…心配かけてごめんね?でももう勝手にいなくなったりしないから」


泣きそうなモコの声に、僕まで泣きそうになってしまう。
モコの頭をよしよしと撫でれば、安心したのか僕の肩によじ登って来て、ちょこんと座りこんだ。今日の定位置は僕の肩なんですね。可愛いなぁ、もう!


「起きたらいないから、少し驚いた」
「ごめんね、シャオ。でもメモ書き置いて行ったよ?」
「あぁ。だからすぐに心配はいらないと気付いたけど、モコナはそれでも心配だったみたいだ」
「それにしてもずいぶん早起きさんだねぇ。昨日も遅くまで黒りんと飲んでたんじゃないの?」
「うん、そうだと思うんだけど…何だかスッキリ目が覚めちゃってさ。せっかくだから、と思って散歩してたの」


皆でのんびり歩きながら、何でもない話をする。
まるで、最初の頃の旅みたいだね。笑いながら、話しながら、歩きながら。
楽しいばかりじゃなかったし、成し遂げたい願いをそれぞれが持っていたんだけど…それでも僕にとっては全てが初めてのことで。
ダメだってわかっていながら、笑っていたんだ。心から。

それが少しずつ崩れて、解けて、縺れて―――砕けて、なくなってしまった。
掻き集めようとしてもその欠片は本当に細かくて、1つ残らず集めることは難しくて。どうしても歪で、不格好で、どこか違和感の残るものになってしまうの。
だけど、それでも護りたくて、手離したくなくて、手離せなくて…全部、この手の中に収めておきたかった。…そんなの無理だったんだけどね。


「(でも―――――)」


少し時間がかかってしまったけど、あの頃を取り返すかのように…皆が笑ってる。
偽りでも、誤魔化しでもない本当の笑顔で。楽しそうに。嬉しそうに。
歪だった形も少しずつ、少しずつ…整って。いつかきっと、綺麗な綺麗な丸になっていくんだろうなぁ。今度こそ、皆で一緒に。


「あ、そうだ。ねぇ、緋月ちゃん」
「うん?」
「昨日、言い忘れちゃってたんだけどさー」
「なぁに?ファイくん」
「おかえりなさい」
「緋月おっかえりー!!」
「おかえり、緋月」
「……おかえり」


皆が、やけに優しい表情で、やけに優しい声音でそんなことを言うから。
泣きたくなってしまうじゃないか。


「っ…!うん……ただいま!!」


もういなくならないから。もう勝手に決めたりしないから。もう二度と―――キミ達を悲しませることはしないから。
今度こそ、絶対に護るから。
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