何もない日常


「帰った」
「おかえりなさい、黒鋼さん。今日は早かったんですね」
「あぁ。討伐が早くに片付いた」
「そうですか。それはようございました」


紅という女が、俺の世話役になってからもうすぐ二月が経つ。
人当たりがいいのか、コイツはすぐに城の奴らに馴染んで、楽しそうに仕事をしている。俺に話しかけてくる時もいつも笑顔を絶やさねぇし、その笑顔も、声も嫌いじゃねぇ…と思う。

今までにこういう感覚はなかったんだが、コイツの隣は…割と落ち着く。


「(…今までは警戒することが多かったはずなんだがな…コイツだけは、一度も警戒していねぇ)」
「黒鋼さん、お茶とお菓子の準備をしましたから少し休憩なさっては?」
「……おう」


これも毎日の日課になっている。コイツが淹れてくれた茶と用意してくれた菓子で、縁側で休憩。それで少しだけ会話をして、の繰り返し。
俺達が会話をするのは、実は茶を飲んでいる時だけだ。
世話役とは言っても、普段は城の女中の仕事をしているらしいから、俺の所に来るのは…俺が仕事から戻って来た後だけ。
…別にそれが不満だってわけじゃねぇし、そう会話をすることが多いわけでもねぇしな。


「今日はいつも以上に無口ですね?お疲れですか?」
「いや…別に疲れてはいねぇ」
「そうですか」


短い会話を毎日、毎日飽きずに繰り返している。
最初はただ面倒で仕方なかったが、二月も一緒にいればそれにも慣れ始める。
慣れていいことなのか、悪いことなのか…それはよくわからねぇけど。けど、1つだけわかったことがある。居心地は、悪くないということ。

他人といることは得意じゃねぇ。他人と話すことは得意じゃねぇ。
どっちかっつーと、1人でいたい方だったりするんだが…コイツは平気だ。よくわからねぇが…俺はコイツに気を許しているらしい。


―――ある日、あの女と散歩に行くことになった。
いつもの日課通りに茶を飲んで、短い会話を繰り返して、夕焼けを見ながらボソリと「外に行きたい」と呟いた。
どうやらこの城で働き始めてから、外に出ることが減ったらしい。それに不満はないらしいが、夕焼けを見ていたら唐突に外を散歩したくなったと話してくれた。
…春になり、桜も咲き、気温もちょうど良い。
夕刻は肌寒いだろうが、昼間のうちなら散歩するにはちょうどいいかもしれない。そんなことをぼんやりと考えていたら、無意識に「じゃあ、散歩行くか」と口に出していた。

『行きたいです!桜、咲いているでしょうか?』

…んな満面の笑みで返されちまったら、やっぱやめたとか言えねぇだろうが。
そんなやり取りがあったのが、昨日の夕刻。今日は知世姫から任務の命も来ていなかったし、特に用事もなかったから、近くの河原まで女と来ていた。
目的は散歩と桜を、見る為だ。桜の樹は城にもあるんだが、どうせ散歩に行くなら他の桜も見てみたいとか言い出してな。
…桜なんて、何処にあるのも一緒だと思うんだが。


「わぁ…満開です!綺麗ですね!」
「あぁ」

『わぁ…綺麗……ね、黒鋼くん。この花って何ていうのかな?』

「―――――…っ?」


脳裏に淡い色の映像と、愛しい声が流れ込んでくる。
大きな桜の樹の下で、舞い散る桜の花びらの中で会話をする2人の男女。
女の顔はハッキリとは見えねぇが、長い黒髪が印象的で。その横にいる男は―――俺、か?だが、いるのは日本国じゃねぇ。
着ている服がこの国のと似ているようで、微妙に違うしな。

何なんだ、この映像は……この国を出たことはねぇし、こんな女は知らねぇ。
それなのに何で、こんなにも懐かしく―――そして、愛おしく感じるんだ?よくわからねぇのに、脳裏に映る女に会いたいだなんて…きっと俺は、どうかしてる。


「(夢と現実がごちゃごちゃになってるような、妙な感覚だ…)」


世話役になったあの女といると、落ちつく感覚があるのに…何故か真逆の急くような感覚が奥底からせり上がって来る。
捜さなきゃいけねぇ、とか。早く目覚めねぇと、とか。

一体、何を急いてるんだ?何が俺にこんな焦燥感を抱かせてやがる?俺は一体…何を捜して、何を求めてんだよ?
…わからねぇ。自分のことだというのに、何一つ…俺にはわからねぇんだ。


「……思い出して。でもまだ、思い出さないで」
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