縛って閉じ込めたい


―――あの子、自覚してねーけどモテるんだよなぁ。一緒に町歩いてっと、よく見られてるぜ?

そう言っていたのは悟浄だ。何で僕に言うんですか、と思わないでもなかったけど、あの人は香鈴に抱いている僕の気持ちを知っているから、だから…忠告のつもりで言葉にしたんだろう。早く手に入れてしまえ、と言いたかったんだろうけど、できるものならとっくにそうしてますよ。
何で今、その時のことを思い出したんだろうか、と疑問に思ったけど、視線の先に映った光景を見直して成程、と理解した。そこには男性に言い寄られている香鈴の姿が、あったから。だからきっと、悟浄との会話を思い出したんですね。

(彼女は僕だけのもの、というわけではありませんが、…やっぱり不愉快ですよね)

困ったように笑い、一生懸命断ろうとしている香鈴の姿を見た瞬間―――身体が勝手に動いていた。


「―――すみませんが、この手を離してもらえませんか?」
「はっか、い、」
「あ?何だテメー」


うわぁ、典型的なセリフだなぁ。うっかり笑いそうになってしまったけど、でもそんなことをしてしまったら余計に面倒なことになること間違いなしなのでグッと飲み込んだ。
僕が来たことが予想外だったらしい香鈴は一瞬だけ驚いた表情になったけれど、すぐにホッとしたように頬を緩めて、僕の袖を控えめに、けれどしっかりと握り込む。…その手は、僅かに震えていました。
妖怪を相手にしている時だって、一度もこんな風に怯える素振りを見せたことも、身体を震わせることもなかったのに…危害を加えられたわけではなさそうだけれど、何度断っても引いてくれないこの男性に恐怖感を抱いたのかもしれませんね。カタカタと震えている彼女の肩に腕を回して、グッと引き寄せる。


「お前、その子の何なワケ?」
「…本当にテンプレのセリフですねぇ」
「は?」
「この人は僕の彼女ですので、気軽に触れないでください」


にっこりと笑みを浮かべてそう言葉を投げて、僕は彼女の手を引いて歩き出した。ぽかーんとした表情の男性を、そこに放置したまま。





「あ、あの、は、っかい、くん、!」
「―――あ…、」


気がつけば、辺りは静かになっていた。それに気がついたのは香鈴の息が切れた声で、名前を呼ばれた瞬間。いつの間にかかなり早足で歩いていたらしく、僕も少し息が上がっていて。
ということは、引っ張られるようにして歩いていた香鈴はもっと―――慌てて振り向けば、案の定、香鈴は肩で息をしていて苦しそうでした。自らの呼吸を整えながら、片手で顔を覆ってしまった、と後悔をしたのは言うまでもありません。

すみません、と消え入りそうな声で呟けば、僅かに頬を紅潮させた香鈴がじっと僕を見つめていました。責められることを覚悟してそのまま言葉を待っていると、彼女は何も言わないままにっこりと笑みを浮かべる。そしてありがとう、と言ったんです。
その言葉には嫌味とか、そういうものは一切含まれていなくて…ただ純粋な、お礼でした。


「えっと…」
「どうして八戒くんが謝る必要があるんです?私を助けてくれたんでしょう?」
「そう、なんですけど…でも疲れさせてしまいましたし」
「あはは。そんなの気にしなくていいですよ。驚きはしましたけど…でも私のことを思ってのことなんだろう、ってわかってますから」


自惚れかしら?
そう言って貴方は笑う。花が咲いたような笑顔で、眩しいくらいの笑顔を僕に向けてくれる。…でも、でもね、香鈴。僕が足早にあの場所を去ったのは貴方の為では、ないんですよ。
僕が―――嫌だったんです、貴方をあの場所にいさせることが。貴方を邪な目で見ていたあの男の目が届く範囲内に、置いておきたくなかったんです。

(結果的には貴方のことを思って、ってことになるのかもしれませんが…)

だけど、そうなったきっかけになったのは、僕の邪な想いだ。僕だってきっと、さっきこの子のことをナンパしていた男と大差ないのだろう。


「何を考え込んでいるのか知りませんけど…私は助けてもらって助かりましたし、嬉しかったですよ?」
「香鈴…」
「ですから、そんな顔をしないでくださいな」


よしよし、と子供を宥めるように頭を撫でてきた彼女。一応、20をとうに超えている相手にすることではないだろうと内心思いつつ、でも僕も彼女にしたことあるし、何より…とても心地が良いんです。
それに僕と彼女は身長差があるから、頭を撫でる為に頑張って背伸びをしている所とか―――可愛らしいなぁって、思ってしまうんですよ。抱きしめたい衝動に駆られるけれど、衝動に任せて行動すれば必ず香鈴を怖がらせてしまうでしょう。
触れたい気持ちはあるけれど、怖がらせたり、困らせたりするのは不本意ですからね。嫌がらせてしまうであろう行為は、なるべく避けたい。


「…そういえば、買い物に来てたんですよね?」
「え?あ、はい」
「まだ済ませていないのなら、僕も付き合いますよ」
「で、でも…」
「僕が一緒に行きたいんです。…ダメですか?」


う、と言葉に詰まった彼女が、ダメじゃないですと小声で呟いたのは、それから数秒後のことでした。
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