寒い日にもしあわせを
「八戒くん!」
バターンッと勢い良くドアが開き、本の世界に入り込んでいたらしい僕は思いっきり驚いてしまった。此処に悟浄がいたら間違いなく指をさしながら笑い転げるほど、大げさに。いや、本当に集中している所に勢い良く入ってこられてくださいよ。僕と同じ反応をするに決まってるんですから。
それにしても、今僕の名前を呼んだのは香鈴でしたよね?あの子がこんな風に入ってくるなんて珍しい…確かのこの部屋は彼女の部屋でありますから、ノックは―――あ、いや、普段はノックしますね。着替えている可能性もあるから、って念の為に。まぁ、もしかしたらノック音に僕が気がつかなかったという可能性もあるから何とも言えませんけど。
side:八戒
「…八戒くん?」
「いえ、…ちょっと本に没頭しすぎてビックリしただけです。おかえりなさい、香鈴」
あまりにも僕が反応を示さなかったので、心配そうな表情を浮かべてこちらを覗き込まれてしまいました。
すみません、ビックリはしたけれど至って元気です。健康です。大丈夫、うん。
「ただいま、八戒くん。それでですね、お土産があるんです!」
「ずいぶんとご機嫌ですね。面白そうな本でも見つけましたか?」
彼女も読書が好きで、暇な時間はよく読み耽っている。旅の途中だから新しく買うことはそうそうしないけれど、大きな街に数日滞在する時は嬉々として図書館に足を運んでいることが多いんです。
だから今回もその類かな、と思っていたんですが、にこにこと笑みを浮かべた香鈴が取り出したのはカップアイス。
「アイス…?」
「そうなんです。期間限定の味らしくて、つい惹かれてしまって…一緒に食べませんか」
思わずキョトンとしてしまった。アイスを買ってくるのは別に珍しくはないし、それを一緒に食べようと言ってくれるのも珍しいことではないんですが…唯一疑問なのは、何故こんな寒い日に買ってきたのかというね。
今日は大寒波らしく、外は吹雪。この地域はあまり雪が降らない地域らしいのですが、数十年に一度こうなるらしく―――僕達はその数十年に一度に見事にぶち当たり、泣く泣く足止めされている最中なのです。室内はストーブでそこそこ温められているものの、寒いものは寒いんですよ。だって、前が見えないほどの吹雪ですよ?そんな時にアイスを買ってくるとは、さすがに予測できませんでした。
「生チョコの味がするんですって」
「へぇ…あ、美味しそうですね、確かに」
「でしょう?暇つぶしになるものを、って売店に行ったんですけど、つい買ってしまいました」
ふふ、と笑う香鈴は嬉しそうで、そして楽しそうだ。その笑顔を見ていたらまぁいいかって思ってしまうんですよねぇ…それに僕も甘いものは嫌いではありませんし、気になる味なのも確かだ。
何より香鈴にあんないい笑顔で誘われてしまったら、断れませんよねぇ。きっと悟浄や悟空も同じだと思います。三蔵だけは…わからないというか、即座に断りそうな気もしますけど。
「勢い良く入って来た時は、何事かと思いましたけど」
「すみません…ちょっとテンション上がってしまって、ノックすら忘れてました…」
おや、してなかったんですね。ノック。それはまた珍しいこともあるものだ。
でも甘いものには目がない子ですからねぇ…テンションが上がってしまうのも無理はないと思います。そんな所も可愛いと思いますけど。
「ん、美味しい…!」
「幸せそうですねぇ、香鈴」
「めちゃくちゃ幸せです。はい、八戒くんもどうぞ?」
カップごと渡されるものだと思っていたら、まさかのあーんでした。
この子は稀にこうして特大の爆弾を落としてくるんだから、困ったものですよね…これ、自分がされる側だったらきっと顔を真っ赤にするんですよ?というか、絶対に恥ずかしいことになっているって気がついてないと思うんです。
躊躇ったのも、戸惑ったのも、ほんの一瞬だけ。差し出されたスプーンを、彼女の手ごと掴んで食らいついた。あ、本当だ、美味しいですね。
「思ったより甘くないんですね。好きです」
「あ、…そ、そうなんですそんなに甘さがくどくなくて………」
「照れるくらいならやめておけば良かったんじゃないですか?」
くすり、と笑みを零してそう言えば、香鈴はもっと顔を赤くして沸騰寸前。今その頬に触ったら燃えるように熱いんだろうな、と思う。触れたいな、と思うけれど、この状態の彼女に手を伸ばした所で思いっきり逃げられそうな気もするんですよね。パニック状態になって。硬直する可能性もなくはないですけど。
触りたい欲はいつだってあるけれど、それでも自分の欲を押し通すつもりは今の所ないんです。香鈴のことを傷つけるつもりも、困らせるつもりもありませんから。現状が困らせてる可能性があるのは、まぁ置いておくとして。
「完全に無意識でした…こんなに恥ずかしいなんて」
「あはは、やっぱり気がついてなかったんですね」
「ううう…」
「―――でも僕は嬉しかったですよ?」
恋人らしいことをしてもらえて、本当に嬉しかったんだ。誰かに見られたらバカップルか、ってツッコまれてしまうかもしれないけれど。
「嬉しいんですか…?」
「嬉しいですよ?貴方からそういうことをしてくるの、珍しいでしょう?」
「そう、ですか…?」
実はそうなんです。というのも、彼女がする前に僕が先にキスしてしまったり、触れてしまうだけの話なんですけどね。このネタばらしは、…そのうちしてあげることにしよう。気が向いたら、ですけど。