金色の夜叉


最初にソレを見たのは、本当に本当に小さい頃。外で兄様と遊んでいて、近くに世話役である蘇芳もいて、…でもどうしてだったかな?私、迷子になっちゃったみたいで。どこを捜しても兄様も蘇芳も見当たらないし、よく知っている敷地内なのにどこにいるのかわかんないし、使用人が誰ひとり見当たらないの。段々、自分は変な世界に紛れ込んじゃったんじゃないのかって思うくらい怖くって、グスグス泣いてたんだ。そしたら、誰かの手が私の頭を撫でた。兄様か蘇芳だ!って勢い良く頭を上げるんだけど、でもそこには誰もいなくて。よくよく思い出してみたら、体温をちっとも感じなかった―――氷みたいに、冷たかったの。


「あっいたぜ、化け物使いの紅英だ!!」
「やーい!化け物と兄貴と世話役しか友達がいない、淋しい紅英ー!」
「……」


カラカラと笑いながら言葉を吐き捨てるのは、同じ年くらいの男の子達。名前は知らないけれど、私があの子達と戯れている所をこっそり見ていたらしいの。それ以来、顔を合わせばこうやって下らない幼稚な言葉を投げてくるようになった。
…別に、どうでもいいって心底思った。だって無視を決め込んでしまえば、そのうち飽きるのは目に見えているし、反応がなければ罵っても意味がないってわかるでしょう?いつもそうしてのらりくらりとかわしてきたのだし、今日もそうしようと思っていた。―――けれど、


「紅英、こんな所にいたのか」
「あ、兄様」
「そろそろ暗くなる、帰るぞ。蘇芳が夕飯作って待ってる」


どうやらいつも帰っている時間より遅くなってしまっていたみたい。部屋で本を読んでいたはずの兄様が私を迎えに来てくれたの、ちょっとびっくりした反面、ホッとした部分もあったんだ。これで解放される、って。
兄様もその子達には興味を示してないみたいで、私の手を握って踵を返そうとしていたんです。そしたら面白くない、って思ったんだろうね、1人の子が大きめの石を拾ったと思ったら思いっきり兄様めがけてぶん投げたんだ。突然のことだったから避ける暇なんてなくって、その石は兄様の額に命中。
当たった所からは夥しい程の血が流れ出ていて、…血溜まりを見た瞬間に、プツンッと何かが切れたような気がした。


―――憎イカ、哀シイカ。
―――ナラバ全テヲ壊シテシマエバ良イ。
――― 私 カラ奪オウトシテイル輩ヲ 全テ壊シテ、


「『喰らってしまえばいい。』」


そうだ、喰らってしまえばいい。兄様を傷つける者なんて、私を罵る者なんて、この世から消えてしまえばいいんだ。喰らって、喰らって、喰らって…そうして、お前の血肉にしてしまうがいいさ。


「紅英、……?」
「イラナイの。兄様を傷つける奴なんて、いなくなっちゃえばいいんだ」


グチュリ、
ゴキリ、
ジュルリ、
ゴリ、バリ、

何かが潰れるような音がした。何かが折れるような音がした。何かを啜るような音がした。―――貪っているんだ、私の影から姿を現した子ども達が兄様を傷つけた、憎きあいつらを。
足らないのならば、この慌ただしい足音の持ち主達を喰らってしまえばいいわ、今度は子供ではなく大人だもの。身体も大きいし、食べごたえがあるでしょう?


「ぅ、うわあああぁああっ!!」
「化け物だっ…こんな状況で笑ってられるなんて、お前もばけも、」


ズルリ、と。地面から這い出てきた真っ黒な手が小さな子供を鷲掴みにして、そのまま引き摺り込んだ。もう二度と出てはこれない、深いふかぁい地の底へ。そして何ひとつ遺されることもなく、喰らい尽くされるの。

―――それがお前達の罪なのだから。


「や、やめろ紅英!俺なら大丈夫だ、大丈夫だからっ…!」
「―――なんの騒ぎだ?金蝉」
「かんぜおん、ぼさつ……」


兄様と私の身元保証人でもある、お偉い神様。菩薩様が眠そうに欠伸をしながら現れた、後ろにはお付きの二郎神様もいて。真っ赤に染まった地面、転がっている目玉や腕や足を一瞥して、さっきとは打って変わり驚愕の表情を浮かべている。
最後に私を見て、―――辛そうに、顔を歪めるの。


「…この惨状を作り出したのは、お前なのか?紅英」
「だって、…あいつらは兄様に怪我をさせたから。私のことなら何言ってもいいけど、兄様を傷つけるのだけは許さない」

―――だから、償ってもらったの。

「金色の瞳、か。…これは少しマズイことになりやがったな」
「如何なさいますか?観世音菩薩」
「直に噂になるだろうなぁ、これじゃ。生き残ってる奴らもいるみてぇだし……仕方ねぇ、記憶を操作する」


菩薩様は難しい顔をして二郎神様と何かを話している。その間、兄様はずーっと私を抱きしめてくれていた。呼ばれたらしい蘇芳がすっ飛んでくるまで、ずっと。怪我しているのは兄様の方なのに、それなのに大丈夫だよって、心配ないからなって言ってくれたの。…私、何ともないのに。私のこと心配するよりも血が出てる傷口、消毒しなくちゃいけないのに。そう声をかけてもいい、の一点張りで離してなどくれませんでした。

そのままの状態でぼんやりとしていると、菩薩様に名前を呼ばれた。金蝉も一緒にこっちに来い、と手招きするから近寄ってみれば、視線を合わせるようにしゃがんでちゃんと聞けよ、と真剣な顔で念を押す。
コクリ、と2人で頷けば、兄様の頭を綺麗な手が引っ掴んだんだ。何をしているの、と聞く前に兄様はフラリ、と倒れ込んでしまって。受け止めてくれたのは蘇芳で、眠っているだけだから大丈夫ですよって笑うから、ちょっとだけホッとしたの。


「菩薩様…」
「紅英。金蝉にしたように、他の奴らにも術をかける。覚えてられんのは俺と二郎神、それとお前と蘇芳だけだ」
「……?」
「いいか、紅英。この力をもう一度、使ってしまったその時は―――封じた記憶が、天界全体に知れ渡るぞ」


お前は必要ない、と言うかもしれんが―――俺は、お前を追放なんぞしたくねぇんだ。
菩薩様がこんなに苦しそうな顔をしているのは、初めて見たかもしれない。だって、この人はいつだって不敵に微笑んでいて、傲慢で、自信を忘れない。真面目な顔をする時だってあるけど、それでも今みたいに苦しそうに顔を歪めている所を見たことはなかった。…それだけ、私のことで悩ませてしまったってことなのかな?


「―――金蝉が、大事か?」
「大事だよ、だって私の家族だもん」
「金蝉を守りたいと思うのなら、強くなれ。何もあの力を使うことだけが、守る術じゃねぇ。天界には軍隊っつーもんもあるからな」
「観世音菩薩…幼子に何という助言をなさるのですか」
「そうですよ!紅英様は女子で、まだ幼い…それなのに軍の話をするなんて、」
「そこに行けば、私は強くなれる?兄様を守れる?」


子供の戯言だと、この時は思われていたかもしれない。でも、私はいつだって本気だった。本気で天界軍に入って、守りたいって思う人を守れる力を、強さを手に入れたいって思ってたんだ。
こればっかりは譲れない、いくら兄様に止められても私は―――反抗するだろう、って、そう心を決めたの。
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