鰐社長の部下には有能なチャラ男がいるらしい

「しゃっっっちょーー!!お疲れ様でっす!!!」

バァン!!と大きな音を広い部屋に響かせ、チャラついた言葉で元気な挨拶をかます1人の青年。そして、その青年を睨みつけながら深いため息を吐く男は、バロックワークス社長サー・クロコダイルである。

「…………てめェは相変わらず、口も見た目もうるせェ野郎だな」
「あざっす!!」
「……褒めたつもりは毛頭ないが」

頭を抱えるクロコダイルに気にすることなく「えっ、ちがうンすか??」と間抜けな台詞を吐くのはもはやいつものことだった。
────この見た目言動共にバカ丸出しであるチャラ男である男は、クロコダイルにとって嫌いな部類の男であるのは言わずもがな。だが、クロコダイルはそんな男を部下として自分の側に置くのには理由があった。

「……まァ、いい。さっさと今回の仕事の報告をしろ」
「あっ、そだそだ!!今回も仕事無事終わったんでこれ報告書っす。それと今度取引予定の組織が偶然いたんでついでにデータ収集しときました!これがそのデータ資料で〜……あ、これ社長へのお土産でーす!!!」

笑顔で差し出してきた数枚の書類といつも謎に買ってくるお土産を慣れた手つきで受け取り、クロコダイルは早々に報告書の確認をする。
目に映る数枚ある書類はどれも綺麗な字で書かれてあり、書類の文面は細かく分かりやすくとても丁寧で完璧な報告書。
仕事の結果も上々で、期待以上の成果を得て帰ってくるのは毎度のことである。
そして“ついでに”と渡されたデータの資料も、これからの仕事を円満に進める為にはかなり有益な情報だった。
……このチャラくて馬鹿丸出しの部下が書いたとは到底思えない報告書とデータ資料。だが、紛れもなくこの仕事をこなしたのはクロコダイルの目の前にいるチャラチャラとした部下……名は名前。

クロコダイルの数少ないお気に入りの部下であり、そして最も厄介な部下でもある。
この名前、見た目・口・態度等はただのバカなチャラ男であり、クロコダイルが心底嫌いな部類だ。それなのに彼を自分の側に置くのは、彼がクロコダイルも悔しながらに認めてしまう程の有能な部下だからである。
どんな仕事を与えても何があろうとも絶対にその仕事を全うし、何が起きようが絶対に自分の元へ帰ってくる。
以前、与えた仕事により全身ボロ雑巾の様な姿で帰ってきた時は「社長お疲れ様っす!いやー、今回はちょーっとやらかしちゃいまして!あ、でも仕事を全うするには仕方なかったんでしゃーないっすよね!」と笑いながら言ってきた名前を今でもクロコダイルは鮮明に覚えている。イカれてやがる、そう思いつつも笑いながら「良くやった」とクロコダイルにしては珍しく誉めてしまったのも無理はない。
それからもたくさん傷を作りながらも全て笑いながら仕事を全うしている彼は、たとえチャラくたってクロコダイルにとって有能な部下であることに変わりはない。

「今回ちょー大変だったんすよー!!大丈夫でした!?」
「ハッ、まァ、特に問題はねェな。次の仕事でも───」
「良かったー!!そのお土産半日ぐらい探し回ったんすよー!喜んでもらえて何よりっす!!良くやった俺っち!!」
「…………〜〜ッ」

よっしゃー!と拳を突き上げ喜ぶ名前を前に、言葉も失い項垂れるクロコダイル。
いっそこいつが役立たずの能無しであれば一瞬にして全身の水分を吸い取り砂にしてしまうのに。そうこれまでにクロコダイルが思ったのは数知れず。けれどもそれ以上にクロコダイルの期待に応える数の方が圧倒的に多く、殺してしまうにはあまりにも惜しい男なのだ。………まぁ、だからこそ余計クロコダイルにとって憎たらしいのだが。
クロコダイルのペースをここまで崩しているのにも関わらず、生きてクロコダイルの側で笑っていられる名前はある意味罪深き男なのである。

「ありり?しゃちょー頭痛いんすか??俺っち頭痛薬買ってきますよ??」
「……そんなものはいらねェ。ンなことよりこれが次の仕事だ、ささっと行ってこい」
「おお??なになに………ふむふむ、おけまるっす!!しゃちょーのご期待に応える為に頑張りまっす!!」

そんじゃ行ってきまーす!!と大きな声で言い、ドタドタと走り去ってった名前を見送り、何度目かわからないため息を吐くクロコダイルは疲れ切った顔をしていた。
……バカな子ほどかわいいなんて誰が言ったのか。バカも度が過ぎれば憎たらしさに変わるだけだ。───けれども自分の手元にある報告書に目を向ければ、その書類の完璧さはあの男の有能さを物語っていてなんとも言えない。
複雑な心境のまま、他の連中にも次の仕事を割り振らなければ……とクロコダイルは思ったが、ふと机の端に置かれた派手な色の箱に目に映る。これは名前が先程持ってきた“お土産”である。
チッ、と舌打ちを一つ、包装紙を破き中を見れば今回“も”自分の好物であるワニ肉の燻製が入っていた。それも見るからに上等で、半日探し回ったと言っていたのだから手に入れるにはかなり苦労したのだろう。きっと今回も憎たらしいことに自分の舌に合うものなのだろう、とクロコダイルは思う。

名前は仕事の報告をする時、必ずクロコダイルにお土産を買って戻る。そしてそれは全て、クロコダイルの好みに適したものなのだ。ちなみにクロコダイルは自分の好みを名前に話したことは一度もない。普段の食事や生活、言動等を見て、名前はクロコダイルの好みを予測して選んでいるのだ。それがほぼ全て好みに的中しているのだから恐ろしい。
いつもヘラヘラ笑いテンションが高いバカでも、仕事ができて無駄に気も使えてもの選びのセンスも良いのだからクロコダイルの“お気に入り”なのだ。
きっと先程任した仕事も2、3日経てばいつものお土産と共に完璧な報告書を持ってきて、社長室の扉を大きな音を立てて開けるのだろう。それが疲れると分かっていても仕方ないともう既に諦め、「ハッ」とその光景も思い浮かべ鼻で笑っているだけどクロコダイルは少なからず彼に毒されているのかもしれない。

バカも度が過ぎれば憎たらしさに変わるだけ。
………でも、有能なバカはクロコダイルにとって僅かながらかわいいのかもしれない。