「おかえり、今日も遅かったな」
家に帰った時に誰かが出迎えてくれるというのは、なかなかに良いものだ。明かりのついたキッチンからは空っぽな胃を刺激する匂いが漂ってくる。やっぱり合鍵を渡しておいてよかったと何度目かわからない感想を抱きながら、「ただいま」を返す。疲れ切っているせいか、自分の声じゃないみたい。パンプスのストラップを雑に外して、足を引きずりながら廊下を進む。ゾンビみたいな私を横目で見て、銀時は「お疲れさん」と笑う。
「最近よく来るね」
「なんだ、来ちゃいけねーのかよ」
「いけない訳じゃないけど、こんな頻繁に家を空けて神楽ちゃんは大丈夫かなって。夜兎っていっても女の子なんだし」
「他人の心配する暇あったら、テメェの心配した方が良いんじゃねえの。ほら、お前だって女の子なんだし?」
心配されることなんて何も、言いかけた私の目の先にあるのは、既に日付の変わったデジタル時計。結局、今日も終電2本前の電車で帰ることになった私が言えた台詞じゃ無いかも。ため息を吐いてソファーに沈む。見計らったように目の前にはあったかいご飯が出てきて、当然のように隣に銀時が腰掛ける。何も言わずに肩に頭を乗せると、子供にするみたいに頭を撫でられた。気持ちよくて目を閉じる。このまま眠ってしまいたい、けれどせっかくのご飯が冷めてしまう。頭に手を乗せたまま箸に手を伸ばす。今日のメインディシュは肉と野菜の炒め物。ごはんとお味噌汁に、お登勢さんから分けてもらったお漬物までついている。凝ったメニューでは無いけれど、仕事終わりの私には到底作れない。本当にありがたい、念を込めたいただきますに銀時は照れ臭そうに頭を掻いた。
「銀時の手料理が家で待ってると思えば、何時まででも働けるよ」
「俺としては、早く帰ってきて欲しいんだけどな」
「努力はします……」
「へーへー、分かったからさっさと食え」
随分な返事を食らいながらも、言われた通りにさっきからやけにうるさい腹の虫に正直になってみる。女子らしくない量を一気に口に運ぶ私を横目に、ダルそうにテレビの電源を入れる。まるで私の反応など興味の無さそうな顔が、何を考えているのかは相変わらず分からなかった。
「今日、泊まってくの?」
「いンや、明日朝から仕事入ってっから、はいどーぞ」
「へえ珍しい。なにこれ、ホットミルク?」
「お前がこれ飲んで寝るの見届けてから帰るとするわ」
「お母さんみたい」
「バーカ、だったらお前は親不孝娘だよ」
お風呂上がりでタオルをかぶったままの頭にキスをひとつ落として、銀時は笑った。少し照れくさくて、誤魔化すように手渡されたホットミルクに口をつける。甘くて温かくて、足のつま先からみっちり溜まっているはずの疲れがフワフワ溶け出して、どこかへ行ってしまいそう。
「ねえ銀時、また来てね?」
今日はよく眠れそう。優しい指先が髪をタオルで包み込むのに身を任せながら、目を細めながら幸せのため息を吐く。
「もちろん」
***
それからも銀時は毎日のように私の家に足を運び、晩御飯を作り、お風呂上がりの私にホットミルクを差し出してくれた。まるで通い妻だ、思っただけで口には出さない。今忙しい仕事も、締め切りが来れば少しはマシになる。定時では帰れなくとも、せめて私が夕飯を準備できるくらいに帰れたら。それだけを支えにただひたすら目の前の仕事を捌いていった。
「もしもし、銀時? ごめん、今日は部署の締め切り明けで飲みに行くから、夕ご飯は」
「あー了解了解、遅くなりすぎんなよ。明日も仕事だろ」
「分かってるよ、ちゃんと日付変わるまでに帰ります〜」
電話を切ってすぐ、目敏く同僚が彼氏?と聞いてくる。照れ臭さと、ほんの少しの誇らしさで頷いてスマホの画面を暗くする。今月を乗り切れたのも、ミスがいつもより少ないと部長に褒められたのも、全部銀時のおかげだ。ぐうたらでものぐさで賭け事の好きなどうしようもなかった、出会った頃の銀時を思い出しながら、同僚の後について会社を後にした。
日付けが変わる前に帰るなんて言ったのはどの口か、押し込まれるように乗り込んだタクシーから降りてすぐに見た腕時計はもうとっくに12時を過ぎていた。あーやっちゃったな、久しぶりに。浴びるようにお酒を飲むのはよく考えたら本当に久しぶりで、最近はお酒を飲むどころか寄り道すらしない。まぁでも、家で手料理が待ってるわけだし、幸せの証拠かも。足音控えめに階段を上り、鍵を差し込む前にいつもの癖でドアノブを捻ってしまう。しまった、今日は銀時は居ないのに。頭がミスを悔やむより前に、扉は、がちゃりと音を立てて開いてしまった。え、うそ、鍵は。
「おかえり、やっぱり遅いんじゃねぇか」
「…………銀時?」
「オイオイ、なんだ?その顔は。そうですよ、銀さんですよ〜?」
ガチャン、扉はやけに音を響かせて閉まった。気持ちよく回っていたはずの酔いが一気に体から立ち去ってしまう。どうして、どうして? 明かりのついた自分の部屋と、いつも通り文句を垂れながら出迎えてくれる銀時。心臓がばくばくと胸の内側で主張する。冷たい手に引かれて、浴室に連れて行かれる。「シャワー浴びながら倒れんなよ」そう言いながら、銀時はタオルを差し出した。客用にと奮発したそのタオルを彼に差し出していたのは、私だったはずなのに。なんだかぼうっとしながら、シャワーに打たれる。なにか、考えないといけないのだろうけど、それが何なのか分からない。ただどうして、と繰り返し問う頭に無理やり蓋をするしか、今の私に出来ることはない。
「なぁ、なんか怒ってる?」
「ううん、そうじゃなくて」
「じゃなくて、なに?」
お風呂上がりの私に向き合う銀時はただいつも通りで、何を考えているのか、よく分からない。慎重に言葉を選びながら口を開く私を急かすわけでもなく、次の言葉を紡ぐのを死んだ魚の目で眺めている。
「銀時には、いつも感謝してる。私がちゃんと仕事できてるのも、銀時のおかげだし、本当に頼りっぱなしで申し訳ないなって、思ってる」
「なんだ改まってそんなことか」
「そんなことって、」
「深刻そうな顔してっから、てっきり浮気でもしてきたかと思っちまったじゃねえか」
銀時がニンマリと笑みを浮かべた。まるで試すようなその口ぶりに、動揺する。そんなことする訳無いのに、こうしてたまに寄り道しただけで浮気なんて口にするくらいには銀時は私のことを信じていない。それだけでたまらなくなって、返す言葉を見つけられなくなる。銀時は、するりと私の視界から逃げたかと思うと、電子レンジの中からマグカップを取り出した。お気に入りのマグカップからは湯気と甘い香りが立ち上っていて、ああ確かにご飯は必要ないといったけど、これはいらないと言わなかった。他人ごとのような思考の鼻先に突きつけられるむせ返る甘い匂いを軽く指で押し返す。
「後で飲むから置いといて」
「冷めちまうだろ、いらねぇの?」
「いらない訳じゃないけど……」
少し考えるような素振りを見せたかと思うと、銀時は一気にマグカップを煽った。それからそのまま私の後頭部を掴んで無理やり口付けた。強引なキスに驚いていると、少し開けた口の隙間からみるみるうちに生ぬるい液体が注がれてくる。抗うこともできない私の口に無理やり牛乳を注ぎ、それだけでなく最後の一滴まで舌を絡めて残さず飲ませた銀時は、なんとも言えない満足気な顔で笑っていた。
「よく飲めました〜」
「……は、吐きそう」
「大丈夫大丈夫、今日はこのまま寝ちまえよ。明日も仕事だろ、起こしてやっから」
「銀時は?」
「お前見送ってから帰ることにするわ」
ぐらり、猛烈な眠気に襲われ、目が開けられない。つかれてたのかな、ひさしぶりに、のんだから。座っていたソファーに意識ごと沈んでいく私を抱きかかえる二本の腕が、何故だか私を逃がさない檻のように思えたことも、朝にはすっかりと私の頭から抜け落ちていた。
***
旦那は俺と同類だと思ってやした。
沖田の呆れたような言葉を脳内に反芻させながら、卵粥をぐるりとかき混ぜる。
「前にも言いやしたけど、この薬は常飲すれば抜けるのになかなか時間と手間がかかる代物でさァ。誰に飲ませてるかなんて知りませんけど、ほどほどにした方がいいですぜ」
「んなことは分かってんの。でも、まだピンピンしてっからさ、ほんとに効くのかな〜って疑ってるくらいなんだけど。もしかして食べ合わせで効果薄れるとかある? ダメだよ? ちゃんと説明してくれなきゃ」
「そんなぬるい薬じゃねぇですから、食べ合わせなんて心配しなくても、1カ月も続けさせれば1年は床に伏せることになりまさァ」
「それ聞いて安心したわ」
「あ、食べ合わせで思い出しやしたけど。牛乳とだけは合わせんでくだせぇよ。あの薬は動物の体液と混ざったら取り返しのつかないことになりますから……って、これ、前も言いやした?」
「おう、前にも聞いた。分かってる、ちゃあんと覚えてるって。いつもありがとな」
眼前で渋い顔を浮かべた沖田の顔を思い出してようやく銀時は、同類とはどういうことだという思考に辿り着く。毒物についての知識を得たのはあくまで自己の悪戯心を満たすためだと以前に言っていたのを思い出す。同類とまではいかないが、確かに自分と沖田は似ているところはいくらかある。しかし、自分にあって沖田には無いものを銀時ははっきりと自覚していた。薄い肌の下で絶えず蠢く孤独だ。銀時は親の愛を知らない、一度手に入れた愛は自分の手で断ち切ってしまった。無償で自分に絶えず降り注ぐ愛を知らない孤独な男は、同時に愛の注ぎ方も知らなかった。自分のことを好いてくれている女が、他人にも笑顔を振りまいている。自分の知らないところで、喜び、悲しみ、笑っている。当たり前のことなのに、どうしても許すことができなかった。湯気の立ち上る粥を匙で掬い、味を見る。少しだけ口元に笑みを浮かべたまま、白地に花の散ったお椀に並々と注ぐ。
「できましたよーっと。あ、わりぃ起こしちまったか?」
「ううん、平気」
布団にくるまったまま目線だけこちらに向ける女が発しかけた「ありがとう」は空咳にかき消された。彼女の肌は透けるように白く、とても健康そうには見えなかった。ただの風邪だと、まだ思っているのだろうか。銀時は笑顔を浮かべたまま、彼女の枕元に近付いてそっと頬を撫でる。サイドボードに置いた卵粥を寝起きの瞳が捉えたので、欲しいのかと問うと微かな頷きだけで返事をした。
「ああ、起きなくていい。口まで運んでやるから、こぼさねぇように大きく開けて」
自分の言葉に大人しく従う彼女は黙って口を開けた。そこに少しずつ粥を運ぶ。まる雛の餌やりだ。思わず浮かんでしまった笑顔に気付いたのか、彼女の目が不安げに揺れた。
「どうした? もう腹一杯になったのか」
「ううん」
「じゃあ、おいしくなかったとか? 流石に毎日卵粥じゃ飽きちまうよな」
「銀時、明日も、いっしょにいて……おねがい」
自分の言葉を遮って紡がれた彼女の声は震えていた。みるみるうちに溢れる涙が頬を伝い、枕元に黒いシミをつくる。銀時のことを警戒する彼女はもうどこにもいないのだと、銀時は確信した。
「当たり前だろ。明日も明後日も、いつだって俺はお前と一緒にいるよ」
自分が出せる中でとびきり優しい言葉でそう言い聞かせながら、銀時は叫び出したいほど喜びに震えていた。ようやく、ようやく自分の願いは果たされた。そのことが嬉しくていつの間にか彼女の手を力一杯握りしめていた。彼女が痛そうに顔を歪めたので、慌てて手を離す。少量ずつではあるが、最後まで食べきった彼女が再び深い眠りへと落ちかけていたのを、引き止めるように甘い声で名前を呼ぶ。閉じかけていた瞼がもちあげられ、瞳に銀時を曖昧に写す。そうだ、これでいい。彼女の目に映るのはこれから先、自分だけなのだから。銀時は笑みをより一層深くした。
「銀さんの愛情たっぷりなホットミルク。冷めねえうちに飲んでくれる?」
*** 10000 hit req
ゆりさま「坂田銀時」
×
高倉さま「依存気質なヤンデレ風味」
家に帰った時に誰かが出迎えてくれるというのは、なかなかに良いものだ。明かりのついたキッチンからは空っぽな胃を刺激する匂いが漂ってくる。やっぱり合鍵を渡しておいてよかったと何度目かわからない感想を抱きながら、「ただいま」を返す。疲れ切っているせいか、自分の声じゃないみたい。パンプスのストラップを雑に外して、足を引きずりながら廊下を進む。ゾンビみたいな私を横目で見て、銀時は「お疲れさん」と笑う。
「最近よく来るね」
「なんだ、来ちゃいけねーのかよ」
「いけない訳じゃないけど、こんな頻繁に家を空けて神楽ちゃんは大丈夫かなって。夜兎っていっても女の子なんだし」
「他人の心配する暇あったら、テメェの心配した方が良いんじゃねえの。ほら、お前だって女の子なんだし?」
心配されることなんて何も、言いかけた私の目の先にあるのは、既に日付の変わったデジタル時計。結局、今日も終電2本前の電車で帰ることになった私が言えた台詞じゃ無いかも。ため息を吐いてソファーに沈む。見計らったように目の前にはあったかいご飯が出てきて、当然のように隣に銀時が腰掛ける。何も言わずに肩に頭を乗せると、子供にするみたいに頭を撫でられた。気持ちよくて目を閉じる。このまま眠ってしまいたい、けれどせっかくのご飯が冷めてしまう。頭に手を乗せたまま箸に手を伸ばす。今日のメインディシュは肉と野菜の炒め物。ごはんとお味噌汁に、お登勢さんから分けてもらったお漬物までついている。凝ったメニューでは無いけれど、仕事終わりの私には到底作れない。本当にありがたい、念を込めたいただきますに銀時は照れ臭そうに頭を掻いた。
「銀時の手料理が家で待ってると思えば、何時まででも働けるよ」
「俺としては、早く帰ってきて欲しいんだけどな」
「努力はします……」
「へーへー、分かったからさっさと食え」
随分な返事を食らいながらも、言われた通りにさっきからやけにうるさい腹の虫に正直になってみる。女子らしくない量を一気に口に運ぶ私を横目に、ダルそうにテレビの電源を入れる。まるで私の反応など興味の無さそうな顔が、何を考えているのかは相変わらず分からなかった。
「今日、泊まってくの?」
「いンや、明日朝から仕事入ってっから、はいどーぞ」
「へえ珍しい。なにこれ、ホットミルク?」
「お前がこれ飲んで寝るの見届けてから帰るとするわ」
「お母さんみたい」
「バーカ、だったらお前は親不孝娘だよ」
お風呂上がりでタオルをかぶったままの頭にキスをひとつ落として、銀時は笑った。少し照れくさくて、誤魔化すように手渡されたホットミルクに口をつける。甘くて温かくて、足のつま先からみっちり溜まっているはずの疲れがフワフワ溶け出して、どこかへ行ってしまいそう。
「ねえ銀時、また来てね?」
今日はよく眠れそう。優しい指先が髪をタオルで包み込むのに身を任せながら、目を細めながら幸せのため息を吐く。
「もちろん」
***
それからも銀時は毎日のように私の家に足を運び、晩御飯を作り、お風呂上がりの私にホットミルクを差し出してくれた。まるで通い妻だ、思っただけで口には出さない。今忙しい仕事も、締め切りが来れば少しはマシになる。定時では帰れなくとも、せめて私が夕飯を準備できるくらいに帰れたら。それだけを支えにただひたすら目の前の仕事を捌いていった。
「もしもし、銀時? ごめん、今日は部署の締め切り明けで飲みに行くから、夕ご飯は」
「あー了解了解、遅くなりすぎんなよ。明日も仕事だろ」
「分かってるよ、ちゃんと日付変わるまでに帰ります〜」
電話を切ってすぐ、目敏く同僚が彼氏?と聞いてくる。照れ臭さと、ほんの少しの誇らしさで頷いてスマホの画面を暗くする。今月を乗り切れたのも、ミスがいつもより少ないと部長に褒められたのも、全部銀時のおかげだ。ぐうたらでものぐさで賭け事の好きなどうしようもなかった、出会った頃の銀時を思い出しながら、同僚の後について会社を後にした。
日付けが変わる前に帰るなんて言ったのはどの口か、押し込まれるように乗り込んだタクシーから降りてすぐに見た腕時計はもうとっくに12時を過ぎていた。あーやっちゃったな、久しぶりに。浴びるようにお酒を飲むのはよく考えたら本当に久しぶりで、最近はお酒を飲むどころか寄り道すらしない。まぁでも、家で手料理が待ってるわけだし、幸せの証拠かも。足音控えめに階段を上り、鍵を差し込む前にいつもの癖でドアノブを捻ってしまう。しまった、今日は銀時は居ないのに。頭がミスを悔やむより前に、扉は、がちゃりと音を立てて開いてしまった。え、うそ、鍵は。
「おかえり、やっぱり遅いんじゃねぇか」
「…………銀時?」
「オイオイ、なんだ?その顔は。そうですよ、銀さんですよ〜?」
ガチャン、扉はやけに音を響かせて閉まった。気持ちよく回っていたはずの酔いが一気に体から立ち去ってしまう。どうして、どうして? 明かりのついた自分の部屋と、いつも通り文句を垂れながら出迎えてくれる銀時。心臓がばくばくと胸の内側で主張する。冷たい手に引かれて、浴室に連れて行かれる。「シャワー浴びながら倒れんなよ」そう言いながら、銀時はタオルを差し出した。客用にと奮発したそのタオルを彼に差し出していたのは、私だったはずなのに。なんだかぼうっとしながら、シャワーに打たれる。なにか、考えないといけないのだろうけど、それが何なのか分からない。ただどうして、と繰り返し問う頭に無理やり蓋をするしか、今の私に出来ることはない。
「なぁ、なんか怒ってる?」
「ううん、そうじゃなくて」
「じゃなくて、なに?」
お風呂上がりの私に向き合う銀時はただいつも通りで、何を考えているのか、よく分からない。慎重に言葉を選びながら口を開く私を急かすわけでもなく、次の言葉を紡ぐのを死んだ魚の目で眺めている。
「銀時には、いつも感謝してる。私がちゃんと仕事できてるのも、銀時のおかげだし、本当に頼りっぱなしで申し訳ないなって、思ってる」
「なんだ改まってそんなことか」
「そんなことって、」
「深刻そうな顔してっから、てっきり浮気でもしてきたかと思っちまったじゃねえか」
銀時がニンマリと笑みを浮かべた。まるで試すようなその口ぶりに、動揺する。そんなことする訳無いのに、こうしてたまに寄り道しただけで浮気なんて口にするくらいには銀時は私のことを信じていない。それだけでたまらなくなって、返す言葉を見つけられなくなる。銀時は、するりと私の視界から逃げたかと思うと、電子レンジの中からマグカップを取り出した。お気に入りのマグカップからは湯気と甘い香りが立ち上っていて、ああ確かにご飯は必要ないといったけど、これはいらないと言わなかった。他人ごとのような思考の鼻先に突きつけられるむせ返る甘い匂いを軽く指で押し返す。
「後で飲むから置いといて」
「冷めちまうだろ、いらねぇの?」
「いらない訳じゃないけど……」
少し考えるような素振りを見せたかと思うと、銀時は一気にマグカップを煽った。それからそのまま私の後頭部を掴んで無理やり口付けた。強引なキスに驚いていると、少し開けた口の隙間からみるみるうちに生ぬるい液体が注がれてくる。抗うこともできない私の口に無理やり牛乳を注ぎ、それだけでなく最後の一滴まで舌を絡めて残さず飲ませた銀時は、なんとも言えない満足気な顔で笑っていた。
「よく飲めました〜」
「……は、吐きそう」
「大丈夫大丈夫、今日はこのまま寝ちまえよ。明日も仕事だろ、起こしてやっから」
「銀時は?」
「お前見送ってから帰ることにするわ」
ぐらり、猛烈な眠気に襲われ、目が開けられない。つかれてたのかな、ひさしぶりに、のんだから。座っていたソファーに意識ごと沈んでいく私を抱きかかえる二本の腕が、何故だか私を逃がさない檻のように思えたことも、朝にはすっかりと私の頭から抜け落ちていた。
***
旦那は俺と同類だと思ってやした。
沖田の呆れたような言葉を脳内に反芻させながら、卵粥をぐるりとかき混ぜる。
「前にも言いやしたけど、この薬は常飲すれば抜けるのになかなか時間と手間がかかる代物でさァ。誰に飲ませてるかなんて知りませんけど、ほどほどにした方がいいですぜ」
「んなことは分かってんの。でも、まだピンピンしてっからさ、ほんとに効くのかな〜って疑ってるくらいなんだけど。もしかして食べ合わせで効果薄れるとかある? ダメだよ? ちゃんと説明してくれなきゃ」
「そんなぬるい薬じゃねぇですから、食べ合わせなんて心配しなくても、1カ月も続けさせれば1年は床に伏せることになりまさァ」
「それ聞いて安心したわ」
「あ、食べ合わせで思い出しやしたけど。牛乳とだけは合わせんでくだせぇよ。あの薬は動物の体液と混ざったら取り返しのつかないことになりますから……って、これ、前も言いやした?」
「おう、前にも聞いた。分かってる、ちゃあんと覚えてるって。いつもありがとな」
眼前で渋い顔を浮かべた沖田の顔を思い出してようやく銀時は、同類とはどういうことだという思考に辿り着く。毒物についての知識を得たのはあくまで自己の悪戯心を満たすためだと以前に言っていたのを思い出す。同類とまではいかないが、確かに自分と沖田は似ているところはいくらかある。しかし、自分にあって沖田には無いものを銀時ははっきりと自覚していた。薄い肌の下で絶えず蠢く孤独だ。銀時は親の愛を知らない、一度手に入れた愛は自分の手で断ち切ってしまった。無償で自分に絶えず降り注ぐ愛を知らない孤独な男は、同時に愛の注ぎ方も知らなかった。自分のことを好いてくれている女が、他人にも笑顔を振りまいている。自分の知らないところで、喜び、悲しみ、笑っている。当たり前のことなのに、どうしても許すことができなかった。湯気の立ち上る粥を匙で掬い、味を見る。少しだけ口元に笑みを浮かべたまま、白地に花の散ったお椀に並々と注ぐ。
「できましたよーっと。あ、わりぃ起こしちまったか?」
「ううん、平気」
布団にくるまったまま目線だけこちらに向ける女が発しかけた「ありがとう」は空咳にかき消された。彼女の肌は透けるように白く、とても健康そうには見えなかった。ただの風邪だと、まだ思っているのだろうか。銀時は笑顔を浮かべたまま、彼女の枕元に近付いてそっと頬を撫でる。サイドボードに置いた卵粥を寝起きの瞳が捉えたので、欲しいのかと問うと微かな頷きだけで返事をした。
「ああ、起きなくていい。口まで運んでやるから、こぼさねぇように大きく開けて」
自分の言葉に大人しく従う彼女は黙って口を開けた。そこに少しずつ粥を運ぶ。まる雛の餌やりだ。思わず浮かんでしまった笑顔に気付いたのか、彼女の目が不安げに揺れた。
「どうした? もう腹一杯になったのか」
「ううん」
「じゃあ、おいしくなかったとか? 流石に毎日卵粥じゃ飽きちまうよな」
「銀時、明日も、いっしょにいて……おねがい」
自分の言葉を遮って紡がれた彼女の声は震えていた。みるみるうちに溢れる涙が頬を伝い、枕元に黒いシミをつくる。銀時のことを警戒する彼女はもうどこにもいないのだと、銀時は確信した。
「当たり前だろ。明日も明後日も、いつだって俺はお前と一緒にいるよ」
自分が出せる中でとびきり優しい言葉でそう言い聞かせながら、銀時は叫び出したいほど喜びに震えていた。ようやく、ようやく自分の願いは果たされた。そのことが嬉しくていつの間にか彼女の手を力一杯握りしめていた。彼女が痛そうに顔を歪めたので、慌てて手を離す。少量ずつではあるが、最後まで食べきった彼女が再び深い眠りへと落ちかけていたのを、引き止めるように甘い声で名前を呼ぶ。閉じかけていた瞼がもちあげられ、瞳に銀時を曖昧に写す。そうだ、これでいい。彼女の目に映るのはこれから先、自分だけなのだから。銀時は笑みをより一層深くした。
「銀さんの愛情たっぷりなホットミルク。冷めねえうちに飲んでくれる?」
*** 10000 hit req
ゆりさま「坂田銀時」
×
高倉さま「依存気質なヤンデレ風味」