たまたま風邪が悪化して、なんとなく学校を休んだ日に決まってしまった文化祭の出し物に異議なんて、あったところでどうしろと。
志村が困った顔で何度も謝りながら渡してきた紙には、撮ることになった短い映像作品のあらすじと配役が書いてあった。丁寧に並んだ字を見る限り、志村が書いたんだろう。先生のお気に入りは大変だ。配役は先生が決めただの、台本が出来上がるのは一週間後だのと、いつもより早口でまくしたてる志村に適当に相槌を打ちながら、藁半紙に目を通す。
しかし、どう考えてもおかしい箇所が一点あった。
ヒロインの名前が私になっている。
疑問点を指摘して事実を確認するのがこわいので、何度も読み返してみたがどうやら私の目の錯覚では無いらしい。
最後に、「じゃあ、頑張ってね!」と爽やかに肩を叩いてきた志村を追求する気にもなれず、風邪が尾を引いているのかふらりとする頭を抱えながら、とりあえず考えるのをやめようと席につき、昨日配られたらしいプリントを整頓することにした。
しかし、いくら考えないようにしても、そう簡単に頭から離れない。
その場に居なかった人の意見を無視して、誰もやりたがらない所にぶち込むなんて、アリなんだろうか? いや、でもこのクラスはありえないことが頻繁におこるため、”普通”というのは通用しない。
ということは、やっぱりそうなのかもしれない。
ヒロインがいるといえば、当然主役がいる。
そういえば、と、主役のところに名前のあった土方を横目で見ると、げっそりとした顔でため息を吐いていた。


▽▽▽


「はいカット〜」

担任がだるそうに手を叩いた瞬間、私と土方のため息が周囲に響く。
なんでクラスの出し物にこんなに担任が出しゃばるんだとか、そういうツッコミは恐らくタブーだ。スマホで録画していた志村と山崎が監督である先生に撮ったばかりの映像を見せている。
普段なら立ち入り禁止の屋上は存外居心地が良いものの、きつめの風に吹かれながらあくびをしている私と、柵にダルそうにもたれている土方の間にはなんとも言えない気まずさが漂っている。
主人公の友人役として出演している沖田は山崎にちょっかいかけて遊んでるし、エキストラのゴリラ役の近藤もウホウホ言ってるしで特に親しい人も居ない私は、もう帰れるかなと表紙がくしゃくしゃになった台本を閉じて丸めた。
先生が私と土方の名前を呼ぶ。
ようやく解散かと集まった私達に先生の浴びせた言葉は期待していたものとは違った。

「お前らさ、ナメてんの?」
「あ?」土方の眉間にシワが寄る。
「これ見てみろや、ほら、目死んでんじゃん。どこの世界に主人公とヒロインの目が死んでる映画があるんですか〜?」
「いや、先生に言われたくないわ」
「今回の作品のテーマは何だゴリラ言ってやれ」
「ハイ!俺とお妙さんのラブラブヒストリーでーす!」
「あら、誰と誰がラブラブなのかしら?」
「お妙さん!!背骨はそっちの方向には曲がらないから!!」
「どうせなら俺が風紀委員の悪事を15分に渡って暴いてやりまさァ、主に副委員長の」
「それが許されるならお通ちゃんのライブ映像を」

要するにこうだ。
先生はクラスの出し物なんてと、いつも通り適当に済ませようとしたのだが、理事長に何らかのお灸を据えられ、誠意を見せろと念を押されてしまったので、珍しくやる気なのだ。
クラス一丸となって考えたのが、「少女漫画みたいな甘酸っぱい青春」がテーマの短編映画の上映だそうだ。
私の記憶の中では、ホームルームで案がまとまった試しがないはずだが、教師のやる気次第でこうも違うのか。
先生のジャンプ脳と国語力で作られた15分程の短い映像作品の台本は、存外悪くなかった。
しかし、これを自分が演じるとなると別だ。
まず、映像の短さ故に、登場人物が極端に少ない。女はエキストラ除き、何故だか私一人だ。更に短編だからとナメてはいけないほど、台詞が膨大にある。それは主役の土方も同様だ。そして見事にトリッキーなアホや作品を破壊しかねない危険人物は、雑用係に回されている所を見るとあくまで先生の狙いはクラス団結などでなく、己のボーナスアップであるということがよく分かる。清々しいほどに。

「おい聞いてんのかヒロイン」
「聞いてる聞いてる。先生のボーナスで、私達をケーキバイキングに連れてってくれるんでしょ?」
「お前の耳が役立たずなのは残念だが、今日から早速やってもらうからな」
「やってもらうって何を」
「だから、居残り練習だっつってんだろーが!!」

とうとう銀八がキレた。糖分が足りないだの何だの言いながら、これにて解散という運びになった。さっさと姿を消した担任に続くようにぞろぞろと帰っていくクラスメイトに続いて、当然のように帰ろうとしている私の腕を、誰かががっしりと掴んだ。

「テメェは居残りだろ」

その腕は主人公役の土方のもので、思わず睨んでしまった目がすくみ上がる程の三白眼で睨み返されてしまった。思えばこれが、役以外での初めての会話だった気がする。

「は? マジで言ってんの?」
「こう毎日毎日、だらだら長引かれてもうざってぇだろ。俺らが練習したらそれで終いなんだからよ」

そうだった、土方って真面目なんだった。
広げられている台本には自分の台詞にはきっちり蛍光ペンで線が引かれ、力説されているような気がした。
それが風で何度もたぐられるのを見ながら、私は鞄を力なく地面に降ろした。


△▽▽


今まで話した事が無かったのは、単にきっかけが無かったとかそこらへんで。
土方はなんだかんだとモテてたし風紀委員だし、いつも人に囲まれてるようなイメージだったから、私から話しかけようなんて気を起こす事も無かった。同じクラスにいながら、違う時間軸で生きていたといってもおかしくない。
それが当たり前のように二人で会うようになってから、お互いの事を少しずつ知っていく羽目になった。
最初の頃は気まずかった沈黙も、今は気付く前にどちらかが破るので気にならない。おかげでマヨネーズを見れば土方を思い出すことになってしまった。一度だけ、私が好きだと言った事のあるキャラクターのキーホルダーをくれたことがあった。恐らく土方もそうなんだろう。そして知れば知る程に、仲良くなってしまうのもまた必然なのかもしれない。

「しっかし、主人公ってば似てるよね土方に」
「ったりめーだろ、アイツが俺達モデルに書いたんだから」
「銀八って、教師よりこっちのが向いてんじゃない」
「……言えてる」

主人公はある日、立ち入り禁止の屋上で、差出人も宛名も無い手紙をで発見する。
中身を見ると、ラブレターのようだ。なんとなく気になった主人公は裏に返事を書き、元あった場所に置いておく。そしてまた次の日行ってみると、そこに返事がおいてある。
二人は奇妙な文通を続ける内に、主人公は文通相手の事が気になってしまう。
しかし、手紙に書かれるのは彼女の片思い相手とうまく話せないなどの悩み事ばかりだ。
彼女の恋を応援する事に耐えられなくなった主人公は、手紙を破って捨てる。
なんだかんだとその彼女が片思いしていたのが、主人公だったという発覚してハッピーエンド。

ざっくり説明すると、こんなところだろうか。
これだけだとヒロイン全然出てこないじゃんと思いがちだが、実は彼女は主人公の隣の席でそこそこ仲の良いクラスメイトという設定なので、結構台詞はある。
全然頭に入らない台詞を眺めながら、健気に主人公に恋してるヒロインが、モデルにされたにしては自分とあまり似てないことに、改めて違和感を感じる。

「じゃあ私、こんな風に見られてんの?」
「少なくとも、アイツにはな」
「いやぁ、わかってないわ。第一、私だったら手紙なんか絶対書かない」
「そうか? 俺は結構お前っぽいと思ったんだけどな」

個別練習が進むにつれ、監督からのダメ出しは減った。
反比例して冷やかしは増えたが、いつでもセクハラだと校長に訴える準備はできている。

個別練習を終え、土方は飲みきった缶コーヒーを屋上を出てすぐにあるブリキのゴミ箱に捨てる。しかし、かこん、と音をたてて外に弾かれてしまった。それをわざわざ拾う土方の姿を見ながら、何度目か知らないため息を吐いた。

「この調子だったら、いつまで経っても銀八に文句言われ続けるかも」
「お決まりのこれだろ、 『なんかさァ……雰囲気がちげーんだよね』」
「似てる!!」

話してみてわかったのは、土方は私と同じで人見知りの不器用だってことだ。
打ち解けてしまえば、なんてことはない。しかし、打ち解けたと言っても結局は2週間かそこらの仲なので踏み込めない場所はお互いにある。そこをうまく避けながら、私達は薄く浅く、どうでも良い会話を重ねるのだ。


△△▽


「そういえば土方って彼女いんの」
「テメェは?」
「彼女?いるわけないじゃん!」
「いや、付き合ってる奴がいんのかって」
「んー……いない」
「何だその間は」
「もし土方に彼女居たら、こういうの嫌がるかもっていう」
「気遣いか」
「……わるい?」
「いんや、ただ、意味はねえけどな」

ってことは、いないのか。てっきり居るもんだと思ってた。そう呟くと、俺も。と短く返された。
一応両思いという設定なのに、本物の私達は冷めたもんだ。
帰り道で右と左に別れる手前のファストフード店に居座り、ポテトを口に運びながらそんなことを思った。
思うのだ、私だって。台本上の私達も、ここで二人、たわいない会話をするんだろうか、とか。

「明日さ、最後のシーン先に撮るとか言ってなかった?」
「晴れたらっつってたろ」
「じゃあ雨だったら見送りか、キスシーン」

ぶ、と土方がシェイクを吹いた。汚っ!とのけぞる私に、紙ナプキンで口を拭きながら、そんなのあったなと割とげっそりした顔で言ってきた。失礼な奴め。

「てか、フリだろ、フリ!」
「フリにしてもマヨ臭いのはごめんだからね」
「お前こそ、今日みたいに唇切れたとかって血ダラダラ流してんじゃねーぞ」
「突然ホラー展開ぶち込んだのに関しては、素直に反省してる」

けらけらと笑う私の頭の中で、ずんと重い何かがまた質量を増した。
それが気付かれないように、笑う。
文化祭までは後、1週間とちょっと。撮影も大詰めにさしかかっている。きっとこれが完成したら、こうして二人話すことはないだろう。考えないようにしてもダメだ、こればっかりは。
楽しそうに笑う土方を見ていると、勘違いしてしまいそうになる。
私達は、そういう役なんであって、そのために二人で居るんだって。
例え、私が手紙を書いたとしても、土方は私のことなんて好きになってくれないのだから。


△△△


文化祭の手伝いを中途半端に免除されたせいで、思いっきり暇を持て余すことになった。当然のように友達を含め、クラスメイトは試写会のスタッフを忙しそうにしている。
1人で祭りを満喫する気には到底なれなかったが試写会の手伝いを今更するのも嫌だったので、人ごみをかき分けかき分け、校舎内をぷらぷらと歩き辿り着いたのは屋上だった。
屋上の扉はいつもは鍵が閉まっているのに何故だか開いていて、夕日に導かれるようにカメラの回っていない屋上を確かめるように歩いた。

もしかしたら、なんて思ってるんだろうか。
早くなる心臓を潰したくなる衝動に駆られた。
そんな訳、無いのに。あれはお芝居で、全て終わった今となっては。

給水タンクのふもと、”私”が手紙を最初に落としてしまう場所。
祈るような気持ちでそこを確かめる。何を期待してるんだろう、私は。
案の定、探しても何も無い。そりゃそうだと安心する裏で、やっぱりと泣き出しそうな自分も居る。
座り込んで、フェンス越しに遠くへ響く文化祭の騒々しさをぼんやりと聞き流す。なんだったんだろう、あの日々は。立ち上がってしまうと外に黒髪を探してしまいそうで、こわい。

「『お前だったのか、手紙』」

不意に背後から聞こえた台詞に、反射的に振り向いた。

「……『ってことは、貴方だったんだ。返事くれてたの』」

もはや体に染み付いた台詞が、意思とは関係ない所で言葉を紡ぐ。
昨日の晩ご飯すら思い出せないのに、不思議なもんだ。

「そんな嫌そうな顔で言う台詞じゃなくね? もっと喜べや。まぁ、土方くんじゃなくて残念なのはわかるけどよ」
「カメラが回ってたら、善処します」
「いっちょまえに言うようになったじゃねえの」

振り向いた先に居たのは、主人公でも土方でもなく、監督だった。
確か今は上映中のはずだけど、休憩でもしにきたんだろうか。怪訝そうな私にお構い無しに隣に腰掛けてから、2枚のDVDを手渡してきた。聞かなくてもそれが何かくらいはわかる。

「女優とまではいかねぇが、なかなか良い演技してたよお前」
「先生も素人の割にはいい脚本だったね」
「配役もばっちりだったし」

これも分かって言ってるんだろう。今更ながらこの教師、性格悪すぎる。流石にこうなることまで分かってたのか聞く勇気はないけど、なんとなく、そんな気がした。
先生の吐き出した煙をぼんやり追ってると、青春だねぇと先生もぼんやりと言った。

「それさ、土方くんに渡しといてくれや」
「……気遣いのつもりですか」
「渡すのが面倒なだけだ。深読みすんな」

吸い殻を携帯灰皿にねじ込んだ先生に、つられて立ち上がる。
いつだったかの放課後のように、スタスタと扉を目指す先生を追いかけても、掴んで止めてくれる腕はもうない。
泣きそうになったのを我慢しながら、惨めな程震える声で、先生を呼び止める。

「何で、私なの」
「……完成したの見りゃ嫌でも分かる」

それだけ言って、先生は居なくなった。
手紙なんてどこにもない屋上で練習する相手も居ない私は、どこに行けばいいのかわからないまま取り残されてしまった。一刻も早くここから去りたいのに、まだ”もしかしたら”と思っている自分が、足を動けなくした。ぽたり、ぽたりと灰色のコンクリートに、染みが出来た。
わかってる。
これからどれだけ言葉を重ねても、土方と私の関係はクラスメイトのままだということも。
わかってるのに、動けない。
遠くで聞こえた拍手が向けられたのは、こんな惨めな私ではない。
どれだけ待っても、土方はここには来ない。私に手紙が書けないように。
レンズの外の私がヒロインじゃないことくらい、見なくてもちゃんとわかってるよ先生。

ようやく歩き出した足は、屋上の扉を開けてすぐに置いてあるゴミ箱を目指していた。
ゴミ箱の底で回収される事の無い缶コーヒーが沈黙している。その上に躊躇うことなく、DVDを二枚落とす。
泣き顔も笑顔も告白も、カメラで切り取られた私は映像の中で殺してしまうの。
煤けたゴミ箱の底で眩しいくらいに白く光るDVDを一瞥してから、屋上の扉がもう二度と開きませんようにと静かに目を閉じた。





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