前にこっそり私にだけ、土方さんが教えてくれた悩みごと。
どこに行っても万事屋さんに会うから、外に出たくない。なんて、聞いてすぐに私が大笑いしてしまったから、機嫌損ねてこの話はそれきりなんだけど。
寒すぎる冬がようやく明けて、散歩日和が訪れた。待ってましたとお気に入りの着物に羽織を合わせて、春用に買っておいた下駄を引っ掛けてみると、それだけで気分は桃色だ。今日はどこに繰り出そうか、気軽に誘える友達がいないことは目をつぶって、屯所の裏口からこっそりと抜け出した。

やっぱり浮かれていたのは私だけじゃないらしい。店頭の商品は若草色と桃色が揃って綺麗に映えてるし、道行く人達の服装も心なしか明るい。人並みを縫うように歩いていると、白くてフワフワな猫の後ろ姿を見つけてしまい、そのまま考え無しに短い後ろ足についていった。ようやく距離をつめることに成功し、お日様の匂いのする背中に頬ずりできるというすんでのところで、カシャ、という音が響いた。私は暴れようとする猫の背中を両手で捕獲したまま、音のした方に首だけ向ける。
両側に長屋の並ぶひと気のない路地の端で、私の進もうとしていた方向へ立ち塞がるようにのっぺりと立ち止まる音の正体を確認した瞬間、私は小さく叫び、その反動で猫はするりと触感だけを残して去って行った。

「な、何当たり前のように撮ってるんですか!!」
「道の向こうから無邪気に猫を追いかけてくる貴女の姿が見えたので、これは真選組のファンとして是非、写真に収めておくべきかと思ったのですが……」
「だからそのファンっての、嫌味でしょ! 私、嫌味は上司からので足りてるんでやめてもらえます!」
「とんでもない、貴女含め凡人というのはエリートの計算をご破算にすることに関して素晴らしい能力を持っていますから。今だってまさか、貴女のような成人女性が野良猫を追いかけるなんて、はしたない事をするなど考えもしませんでしたが……素晴らしい写真が撮れたことに感謝しますよ」

完全に気の抜けている一人の休日を他人に見られてしまった。しかもよりによって、佐々木異三郎にである。今まで会った人の中で"全てを総合して苦手な人間ランキング"の上位に常に踏ん反り返っている、エリートエリートエリートの佐々木異三郎に!!
しかも見られただけではなく、携帯電話のカメラ機能によって一瞬を永遠にされてしまったのだ。思い出を形にされたのだ。
最悪だ、最悪すぎる。歌い出したいほどに羞恥心と悲壮感に満ち溢れている私に反して、当の本人は相変わらず喜怒哀楽の消え失せた顔をしている。世界中に売れるキャラクターには表情が無いというルールがあるらしいけど、私は絶対に認めない。これだったらまだ、沖田さんの笑顔の方がいい。何てったって、確実によろしくないことを考えているってわかるから! 話は逸れたが、とにもかくにも

「写真、消してください」
「お断りします」
「何でっ!!」
「エリートは暇じゃないんです。今も任務中なのですがねこう見えて。それでは」
「えっ、あっ!」

言いながら隣をすり抜けたエリートの後を追いかけようとして、向きを変えようとした瞬間、今日は休日で今は着物を着ているということを思い出した。そうだ、せっかくの休みを他人に潰される訳にはいかない。改めて気合を入れて、ここがどこかをGPSに聞いてみることにした。



そして、冒頭の悩みに戻る。
休日をことごとく潰してしまい、どうしてこうなったのかと絶賛自室で反省中である。
副長、あの時は笑ってごめんなさい。
行く先々で嫌いな人に遭遇するって、こんな辛いんですね……。
体育座りで膝小僧の隙間に顔をめりこんで大きなため息をついた。
結局、猫を追いかけるオフショット盗撮に始まり、ふらりと立ち寄った万事屋でも会い、そこから出た甘味処でも会い、背中を見送った後にちゃんと逆方向に進んだ先にある映画館でも会った。
しかも、私の気の抜いている時に、さも当然のように横にいらっしゃるのだ。
ていうか、仕事中って言ってなかったっけあの人? 何で映画観に行ったり、本屋で立ち読みしたりしてんの? 金持ちなんだから、家で読めば良いのに! ちがう!
あの能面のような顔が頭から離れない。なんだこの休日! もう次の休みの日は屯所から一歩も出ないぞと心に固く誓っていると、机の上に放置していた携帯が短く鳴った。
知らないアドレスからのメールのようだ。未開封のまま消そうかと思ったが、少し気になって中を開けてしまった。

「今日のデートは楽しかったお(^_-)-☆
 次はいつにしますか?
 決まったらメールしてネ」

「なっなななななんじゃこりゃああああ!!!!」

このクソ悪寒の走るメールの最後には、本日のベストショットという文字と、幸せが無駄にほとばしっている、我ながらぶん殴りたくなるような顔で目つきの悪い猫を追っている盗撮写真が添付されていた。
叫び、怒りに震えた自身とは裏腹に、手は冷静に届いたばかりのアドレスを迷惑メールリストにぶち込んだ。
にも関わらず、段々と分間隔の短くなる着信音に恐怖を感じた私は、半泣きで三徹目の副長に「エリートが怖いから一緒に寝てください」と頼みに行ってキツめのゲンコツを食らうというおまけ付きの、全くもって散々な休日だった。



ALICE+