雨宿りなんて幼稚な言い訳を咄嗟に口走ってしまった自分の必死さに、思わず笑みを浮かべてしまう。彼女は気付いただろうか。私がメールを送ってしまえば、立ち所に迎えの者が来てしまうこと、彼女の面倒を見ている坂田さんに電話をかけたら、すぐに駆けつけてくることを。私から逃げ出す術は無数にあり、あなたは今、それを選ばないといけないということを。彼女は、気付いただろうか。手を引いて駆け込んだ立体駐車場では、激しい雨に邪魔されることのない沈黙が永遠のように横たわっていた。それを引き裂くのは、雨音にかき消されたようなあなたの声以外に無い。
「佐々木さん、連絡つきました?」
「いえ、恐らく家の方も突然の雨に忙しくしているのでしょう。そちらは如何ですか」
「携帯の充電が……」
「それは困りましたね」
困っているらしい演技などする必要は感じなかった。もう誰も入れることはないと漠然と感じていた心の中に、こうもすんなり入り込まれるなど。まったく、本当に困った話だ。普段は抑え込んでいる感情の起伏が、胸の内で暴れ回る。それを表に出すことなく鎮めるのがどれだけ大変か。横顔に視線を落とすと、間もなくして目が合う。眉の上で揃えられた前髪を伝って落ちていく雨粒に手を伸ばしそうになるのがバレないように、携帯の電源をそっと落とした。
「雨が弱まった頃を見計らって、どこかお店にでも入ってしまいましょうか?」
「でもこんなずぶ濡れだと、お店に迷惑でしょうし……」
「いつまでもここに濡れたまま立っていては、風邪をひいてしまいます」
「それは、そうなのですけど」
「大丈夫ですよ、私に任せてください」
女性の扱いなど長けているどころか、苦手な部類だ。上っ面だけであしらうには限界があり、かといって胸の奥に眠っている若かりし自分をさらけ出す程の勇気はない。自分はとっくに悪者に落ちてしまったのだから、もうそのまま進めばいい。見計らったように雨足が弱まり、側に立つ彼女が小さく、あ、と声を発した。口元に添えられていたか細い指先を攫うように握りしめ、強引に引き寄せた。彼女の体重では抗うことはできないだろう、そのまま相変わらずの雨空の下に飛び出した。この足がどこへ向かうのか、この後自分がどうなるのか、きっと彼女は考えてもわからない。ただ滑稽なことに自分を守る二本の腕を信じて、雨の中を突き進む。逃げなかったのだから仕方ない。他の誰でもない、己に再び言い聞かせ、ただひたすらに足を動かした。早く彼女の唇を撫で、衣服の隙間に滑り込みたいと欲望に駆られる両の手が携帯電話の電源へと伸びるのは、恐らくすべてが終わった後だろう。再び激しくなってきた雨が二人の足音を消すのを想像して、佐々木は雨にしとどに降られながらも、にっこりと笑みを浮かべたのだった。