新人研修なんて、俺の柄じゃないことを押し付けてきたのは珍しく近藤さんだった。総悟に色々教えてもらえな、なんていつもの笑顔で新人の頭を撫で回してるのを見ながら、心底面倒くさい顔をしてたのを、土方に鼻で笑われた。勿論、すぐにバズーカを撃ち込んでやったが、そんなんじゃ俺の鬱憤は晴らせない。それを見たのか見てないのか、少し頬を赤くした新人が細い声でよろしくお願いします、なんて言うから、冗談じゃねぇとバズーカを投げ捨てた。
「あ、あの、沖田隊長、自分は何をすれば」
「知るか。自分で考えろ」
「では、隊長にお供しても、よろしいですか……?」
「勝手にしてな」
しかも、よく見たら新人は女だったから驚きだ。道理で、可愛い顔してると思った。いつから真選組は女子の入隊を許しはじめたのかは知らねぇが、鬼の副長も丸くなったもんだと感心してしまった。
女は背の丈は俺と同じくらい有るのだが、圧倒的に細い。腰からぶらさげたゴツい刀が不釣り合いだ。全く何を思ってこんなむさ苦しい集団になんて、思考が振り回されているのも気に食わない。人見知りが激しいのか、単に癖なのか、短い髪の毛をしきりに手で触っている。
「あ、外、出るんですか?」
「なぁ、」
「、はい?」
「言ったよな、勝手にしろって」
「……ごめんなさ、い」
それから俺の気になるべく障らないように、しかし置いていかれないように後ろを付いてくるようになった。常に後ろに気配を感じているっていうのは、良い精神状態では決して無い。わかんねーのかな、仮にも剣士だろ。横目で腰で派手に揺れる刀を見る。
「その刀、お前の?」
「あ、はい、父から譲り受けました」
「へえ、」
どっかで見たことある気がしたけどなぁ。俺の言葉に困ったような顔をしたまま笑うのは、何でなのか。互いに心中は読めないから、探るのはひとまずやめる。
そもそも、今のご時世、堂々と帯刀してるのなんて幕府側だけなんだから、見たことがある刀でも不思議じゃない。市場が表向きは減ったわけだし、流通してる刀は多分把握してるはずだ。名前までは興味ないからわかんねーけど。目を合わせずに、髪をいじり始めた白く小さい手を見ながら、まぁ、こいつに興味を持つことはもう無いだろうなと漠然と思った。
「土方さーん、土方ー」
「朝早くから上司を呼び捨てとはいい度胸だな、総悟?」
「あの新人なんですけどねィ、もう飽きたんで引き取って貰えません?」
「ふざけんな、世話係はお前だろ」
「そんなこと言わずに、頼みまさァ」
あいつがまだ起きてきていないことを確認してから、思ったとおり朝早くから書類に目を通してる土方の所に直談判しに行くことにした。最も、俺の訪問には少々驚いたようだったが、書類から顔を上げることなく一蹴しやがった。
もともとうまくいくとは思ってなかったけど。障子に挟んでいた顔を外してもなお、こっちを向いてるのはつむじだけだから、未練無く障子を閉める。パン、という良い音がしたので、背を向けてからちょっと立ち止まってみた。
案の定、土方さんは俺の名前を呼ぶ。
そう、俺はこの先の言葉が聞きたかった。
「アイツはつまらねぇか?」
「そりゃ、面白くは無いですねィ」
「……恐らく、今だけだ。そんなこと言ってられんのは」
長年の付き合い故か、俺の扱い方を心得ていらっしゃる。だから気に食わないのがいつまでもわからない上司を無視して、朝練に励む真面目な隊士達のかけ声をなるべく聞かないように自分の部屋に戻った。
新人について分かったことといえば、字が綺麗なこと、走るのが遅いこと、色んな人に好かれること。それから、警察としては一流だが、人斬りとしては全く無能なこと。
俺と馬が合うわけが無かった。
流れのままに、1番隊に所属されたのはいいものの、剣士としての入隊ではなかった。真選組の先鋭部隊の、いわば人斬り以外の全てを任されていた。
俺にとってそれは、必要の無い枷に過ぎず、そのせいで何度か対立した。
それでも、こいつは1番隊に居続けた。
1番隊にいるということは、前線に立ち続けるということ。最も危険な戦場に、常に身を置く覚悟があるということ。
人を一人も斬れないこいつが、初めて会った日から変わることなく、ひょこひょこと着いてくるのが、俺をどうしようもなく苛立たたせた。
こんな平和ボケした街の鬱屈された不満や不安がめいっぱい吐き出されたような廃墟に赴いた時に、俺の限界はようやく訪れた。
今まで理性や隊長という立場で抑えられていたのだろう。敵と隊員が残らず死に、俺と俺が守ったコイツだけになった時に、俺は当たり前のように刀の切っ先を女の白い首に向けた。そして、こうなることを知っていたかのように、いつもの過剰に怯えた目を俺にしっかりと向けたのだ。
「その目が、ずっと気に食わなかったんでィ」
見慣れた制服が、血だまりの中で肉塊を覆っていた。それを背に、一滴も血を浴びることなく昨日まで笑いあっていた者達の死を踏んで立つ女は、一瞬だけ大きく目をみはった。
それから、今まで見たことの無いほど、嬉しそうに笑った。
思わず鞘を握る手に力を込めた。
「私を殺すんですか? 隊長」
何を、言えばいいか分からなかった。気味が悪かったと言えばそれまでだが、俺は刀を下ろすことも首に突き立てることも、出来ずにいた。
「できませんよね、そんなこと。隊長、優しいんですもん」
「…………テメェ、今までのは演技か? そんなスラスラ喋れるなら、初めっからそうして欲しかったな」
「演技なんて滅相もないです。でも、嬉しいな」
突然、女の白い手が剣の切っ先を握った。
あっという間に、いくつもの肉を断ち切った刀の先からは新しい血がぼとぼとと垂れていった。ここで思い切り引くと、指が落ちる。しきりに髪を撫でていた、いやに白い指が床に転がるのを想像して、気分が悪くなった。
「気に食わなかったなら、もっと早く言ってくれれば良かったのに」
「……剣から手を離せ」
「私、沖田隊長のこと、ずっとずっと殺したくてたまらなかったんです」
相変わらず笑っている。
血をこぼし、血だまりに立ちながら、人を斬れないはずの女は、嬉しそうに笑っている。
その次の日、女は行方をくらませた。
土方さんが言うには、あの女は過激攘夷派のスパイだったらしい。すぐに捕まえても、舌を噛み切るだろうから、いっそ仲間にしてやろうという魂胆だった。案の定失敗したが。
勿論、人の良い近藤さんは知らない。
本当は俺が面倒見ようと思ったんだが、女がお前の下に付きたいと譲らなかったのだという土方さんの言葉を聞いて、あの女の苛つく所作の全てが故意であったことに気付いてしまい、思わず寒気がした。
あの時のことは、俺と女しか知らない。
きっと俺は刀を見る度、血を見る度にあの薄ら寒い笑顔を思い出す。
次会ったら本気で殺してやろう。胸の底で消えないチリチリとした怒りと一緒に、使い物にならなくなった刀を捨てた。