こんなにも甘いものばかりとっていたら、きっと銀ちゃんは骨の髄まで甘いのだろう。勿論味わったことはないけれど、勝手にそう思い込んでいる。新八くんに「そんなことないよ」と苦笑いされてしまい、神楽ちゃんにも笑われた。「銀ちゃんなんかに夢見すぎアル」なんて、6つも年下の子に言われるハメになるなんて、思わなかった。


「銀ちゃん、リモコン」
「ん」
「……これ板チョコじゃん」
「やるよ、それ」
「ありがたいけど、結野アナの天気予報始まっちゃうよ?」


この一枚が、豚の始まり。わかってはいるんだけど、隣でやべーとか言いながらいちご牛乳片手にあたふたしてる銀ちゃんの姿を見ていたら、まぁいっかと気持ちが弛む。銀ちゃんは私が太ってもいいの?と当分前に聞いたことがあるけれど、痩せすぎだからちょっとは肉つけろなんて言われてしまった。そんなことは無いと思うけど、自分の好きな甘いものを分けてくれるなんて、素直じゃない愛情表現だ。相変わらず。





「え?二人って付き合ってないんですか?」
「ったくこれだから童貞は困るよね〜。あのね新八君、いつ俺がアイツと付き合ってますなんて言ったのよ? ん?」
「でも、なんかそういう空気っていうか、いい感じの距離感っていうか、ねぇ神楽ちゃん?」
「知るかヨ。興味無いネ。銀ちゃん、あのアポロチョコ食べてイイ〜?」
「お前は酢昆布でも食ってろ」

先輩が万事屋ではたらくようになった経緯は、銀さんしか知らない。僕が銀さんに出会う、少し前から働き始めたとしか聞かされていない。

最初の頃は、幼なじみかと勝手に思っていたが、付き合いは案外浅いみたいだった。銀さんも謎の多い人で、踏み入っていいのかわからないような空気を曖昧に漂わせているけれど、先輩もまたそうだった。

僕たちは先輩の基本的なこと、例えば、料理は洋食しか上手に作れないこととか、掃除が雑だったりとか、そんなことしか未だに知らないのだった。ただ、よく二人で甘味処に出かけるので、そういう仲だと勝手に解釈していたのだが、間違っていたらしい。

依頼もなくて暇なので、少し埃のかぶった棚の中を整理をしていた。銀さんは相変わらずドラマの再放送をつまらなさそうに見ていて、神楽ちゃんは外に遊びにいっている。先輩が外出している時は、夕方になってからフラリと帰ってくることが多いので、たまに入れ違いになってしまう。

その時の彼女はなんというか、すごく疲れていて、いつもすれ違わなくても香る甘い匂いがしないのだ。それから銀さんに、茶封筒を渡してから夕飯は何かと尋ねる。先輩が一仕事終えて来た時の夕飯係は銀さんと決まっているらしい。いつもは何かと理由をつけて僕や神楽ちゃんになすりつけるくせに、この時だけは持ち前の要領の良さを惜しみなく発揮して美味しい夕食をつくってくれる。

きっと銀さんは、先輩のことが好きなんだ。
ぱたぱたとハタキを振るいながら、なおもそんな事を考える。素直じゃ無いから、付き合ってはいないだけであって、だってそうじゃなきゃ一つ屋根の下で若い男女が一緒に住めるわけがない。そうだ、そうに違いない。勝手に納得してから、銀さん、と呼びかける。声を出すのも面倒なのか、んーー?と、間延びした返事が聞こえてきた。

「僕ちょっと暇なんで、消耗品の買い出し行ってきます。何かいるものってありました?」
「あーー、石鹸とかトイレットペーパーとか?」
「わかりました、一応ストック見てから行きますね」
「頼んだ。それからな新八」
「なんです?」
「帰りにアイス買って来て。箱入りの奴」

手招きされたので近づくと、見慣れた茶封筒が銀さんのたもとから表れた。中身を見るとお札が数枚入っている。行ってきますと口に出した時はすでに、銀さんの興味は僕からテレビに移っていて、おーと気の抜けた声で送り出された。

結局スーパーに行く前に本屋に寄って、雑誌を立ち読みして時間を潰すことにした。誰も仕事をしていないのだから、罪悪感は微塵もない。お通ちゃんの載った1ページを探すために、のろのろとページをめくっている間に、ふと店の外を行き交う人達を見てしまった。ページを繰る手が止まる。

ガラス一枚隔てた向こうに、先輩が歩いていた。名前の知らない人達に埋もれることなく、確かな光を放った先輩は、僕の知らない顔をして知らない男の腕にまとわりついていた。言葉を飲み込もうとしたが、うまくいかなかった。きっと、嘘でしょう?と言いたかったんだと思う。

過剰な化粧で顔を彩り、綺麗な黒髪をさらさらとなびかせ、短すぎる丈のスカートで細い脚を惜しみなく見せつけていた。少女のように笑う、僕の知っている無垢な先輩はどこにもいなかった。買う予定だった雑誌を平積みの上に重ね、慌てて外に出る。二人は僕に気付くことなく、隙間をぴったりと埋め合わせながら街の底に消えて行った。もしかしたら見間違いかもしれないと一瞬でも期待したい僕を嘲笑うように、先輩の嘘臭い笑い声が遠い距離をもってして、確かに聞こえた。



ようやく体を横から縦にした時には、もう日は大分暮れかかっていた。新八に夕飯をねだろうと見回したが、家に人の気配は無い。そういえば今日はアイツの出かける日だったなとなんの印もないカレンダーを目を凝らして見てから、ぼりぼりと頭をかき、漸く立ち上がった。そろそろ誰か帰ってくるだろ、外に出てぼんやりと往来を見下ろす。柄ではないが、なんとなく一人でだだっ広い部屋にいる気分でも、思い切って外に出かける気分でも無かった。予想通り、新八が大きな袋を二つ下げて道の向こうから帰ってくるのが見える。新八は俯いていて顔は見えない。結局階段の下まで来て、少し狼狽えながら俺にただいま戻りましたと小さい声で言っただけだった。

あぁ、何か見てしまったんだな。俺の直感は博打以外だとよく当たる。とりわけ、このわかりやすすぎる眼鏡のことになると、その倍率は跳ね上がる。しかし、それが何なのかまではわからない。少し丸まった小さな背中について、家に入る。人が増えたのに、依然として中は静かなままだった。

「夕飯の材料、何がある?」
「えっ? あ、夕飯ですか? そういえば、今日は銀さんの番でしたね。ちょっと、見てきます」
「おう、頼むわ」

挙動不審というか、心ここに在らずというか。
恋でもしたのかと顔を盗み見たが、浮かれている様子も無い。ただ、動揺の跡があるだけだった。家出る前は、そんなことなかったのにと思い返しながら、ジャンプに顔を埋める。

何を聞いた? 何を見た? 聞かせたくないものも、見せたくないものも沢山ある。ならいっそ突き放せば良いのに、それも出来ない。立ち入らせたくないんじゃない。縄張り意識は元々薄い方だ。しかし、傷付かせたく無いなんて、今更。言葉にも映像にもできない後悔が、頭をよぎる。

「昨日の残りと、野菜も少しありました。これなら多分炒め物ぐらいは……、銀さん?」
「何かさ、見ちゃったの?」
「…………は、何言って」
「だってお前、ひでぇ顔してる」

本当にそうとしか形容できない、酷い顔だった。



両足を底無し沼に突っ込んだまま歩いているようだ。
水よりも重くてドロっとしたものが、足にまとわりついて酷く重い。その感覚のまま人波から外れないように歩を進めるのは、なかなかに困難だ。
別れ際にお金を渡してきたオジサンが、私のことをゴミのように見てくれたからだろうか。あんなに私を熱のこもった目で見ていたのに。肉欲って恐ろしい。鉄板の上で肉汁をたっぷりと垂らしながら切り分けられる焦げ臭いハンバーグを唐突に思い描く。今日のご飯は何にしてもらおうかな。

「ただいま」
「おー、おかえり」
「遅くなったね、ごめん」
「もう米は神楽の腹の中だからな」
「だろうと思った。寝ちゃってる?」
「んー、そりゃあな。何食べたい?」
「銀ちゃん」
「あ?」
「うそうそ、サッパリしたものと甘いものがいい」
「はいよー」

銀ちゃんは聞こえないふりが、とてもうまい。どう処理してるのかわからないけれど、過剰な反応がないというだけで、全然違うことはよくわかっている。とってもありがたいなぁ、と思いながら、さっきまで銀ちゃんが寝転んでいたソファーに体を埋めて目をつむる。不思議とさっきまでの不快感は、どこかにいってしまっていて、ついてしまったため息は幸せによるものだ。ここにいれば全て忘れられる。何も知らない同士だからこそ、私と銀ちゃんは一緒にいられる。

いい匂いが鼻をくすぐる。どこでこんな料理を覚えたんだろう、誰かに教えてもらったんだろうか。気にはなるだけで、聞きはしない。できた、とぶっきらぼうにかけられた声に、弾かれるように立ち上がって、箸と茶碗を取りに行く。フライパンの中でつやつやしているスパゲッティを見つけて、そういえば米は無いんだったと茶碗を棚に戻した。

「いただきまーす」
「ハイ、召し上がれ〜」
「銀ちゃんもどうぞ」
「いや、俺は」
「食べてないでしょ、わかるよ」
「……いただきまーす」

暗い部屋に、テレビだけがやけに明るく光っていて、申し訳程度の音を鳴らしている。深夜を回ってしまえば通販が元気良く宣伝しているばかりで、チャンネルを変える気は二人ともなく、ぼんやりとオーダー通りに出てきた、さっぱりとしたパスタを静かに咀嚼する。

「そういやァ、お前明日、アレな。いつものバアサンの」
「もう? この前手伝い行ったばっかなのに。まあいいや、何時?」
「10時」
「早っ! ええ〜、じゃあ、新ちゃん連れてっていい?」
「……ぱっつぁんは、ホラ、アレだからさ明日は」

空気が少し、淀んだ気がした。突然現れた違和感を掻き消すように、慌てて喋り始める。

「アレ? なんかあんの? あのばぁちゃん、新ちゃんのこと気に入ってて、ちょっと遅刻しても見逃してくれるのに……」
「アレはさ、休みだよ、休み。しゃーねーから、俺が一緒に行ってやるわ。ちゃんと起きろよ」

フライパンの中に少し残った麺を、さっさとかきこんで立ち上がる銀ちゃんに、嫌な予感がした。

「銀ちゃんさー、何焦ってんの?」
「焦る?」
「言わなくてもいいけどさ、やめてよ、そーいうの。気になるじゃん」

よせばいいのに、言ってしまってはもう戻れない。
本当は、私が言う資格なんてないのに。銀ちゃんは、いくら私が汚れても、何も言わないのに。それでも、二人の沈黙に答えはなく、テレビがひたすらに空回りしているだけ。

「じゃあ言うけど」

いつもは、悪かったなと返ってくるのに。知らない切り出し方に、食器を洗いかけの背中を思わず見てしまった。不安と、期待をごちゃ混ぜにした何かが焦りとともにうねりをあげて、私の中を駆け上がる。この続きを、わたしは知らない。

「結婚する?」

だから、知らないんだってば、そんなの。
両目からボロっと涙がこぼれるのを見て、銀ちゃんがニヤッと笑った。





出会って少し経ってから、コイツが俺の食生活に何も言わなくなった頃だったか。ぼんやりとテレビを見ながら、「銀ちゃんは、きっと骨の端まで甘いんだろうねぇ」とため息をついたときに、俺はきっとこいつと一緒になるんだろうなと思って、飲んでいたいちご牛乳をぶっきらぼうに渡した。

俺のことを何も知らない、俺も何も知らない。というのは少々語弊があって、俺の細やかな人脈のおかげで、こいつの情報は動かずとも幾つかは手に入った。もともと知っていたことや、知らなかったこと。きっと、知られたくなかったものも。それでも、俺はこいつを幸せにしようなんて殊勝なことは考えず、ただ一緒にいようと馬鹿みたいに思うだけだった。それで充分だと思っていた。

「銀さんは、知ってたんですか。先輩が、あんなこと……してたの」
「そりゃあ、お前よりはな」
「だったら!」
「でも、俺が知ってることをアイツは知らねェよ」

ああ、時が来たな。
新八の顔を見ながら、またもやそう思った。知ってることを知られないまま、ずっとこうして過ごしていけるとは思っていなかった。だったら、知ってても知らなくても、こいつがもう酷い目にあわないようにすればいい。それができるのは、きっと俺だけだ。

「アイツはなぁ、バカな親の借金の肩代わりで、小っせぇ頃から身売りしてきたんだと。それが嫌で実家からは逃げて来たけど、金は返さなきゃいけねぇ。もうアイツの借金だからな。ほんとは遊郭なんかに行けば、一発で返せる額らしいが」
「そんなの、ひどすぎる。あんまりです」
「…………軽蔑したか?」
「いえ、ただ、驚いただけです。僕もその、姉上の事もあるし、理解はあります」

嘘じゃないと言いたいのか、俺の目を真っ直ぐに見上げてくる。ほんとは怖いくせに。こういうところが気に入ってるから、言わねェけど。

「よし、じゃあ今日はもう帰れ。解散!」
「は? まだ夕方ですよ?」
「そんな顔で、アイツの飯食えるのかよ」

何も心配すんな。俺の言葉に、銀さんがそう言うならとアッサリと帰りやがった。これは想定外だったが、童貞特有の、色んなフィルターを通しすぎて本物を見逃す、という事態にはなっていなかったみたいで安心した。

一人になってから少し考えてみたが、考えるまでのことは特に無かった。俺にできることといえば、ひとつしかない。考えるのをやめたところで、派手に扉を開けて神楽が帰って来た。

「結婚するかなぁ……」
「えぇ?! 銀ちゃんみたいな甲斐性無しから、そんな言葉が聞けるとは、想定外アル」
「お前、難しい言葉色々知ってんのな」
「センパイが教えてくれたんだヨ。センパイは、たくさんのことを教えてくれたアル。頭が良いネ。でも、銀ちゃんのことになると、センパイ大バカ。だから大丈夫、幸せになれるヨ」
「もっともらしいこと言いやがって、」
「私からの餞別ネ。黙って受け取るヨロシ」

全くどうしてコイツはこんなに懐がデカイんだ。けろっとした顔のまま、白米をみるみるうちにかきこんでいって、しまいに炊飯器を抱えて食べ始めたが、今日だけは放っておいた。神楽よ、こういうのが餞別というんだ。センパイは教えてくれなかったのか?
よく食べて、よく寝るとよく育つと信じてなのかは知らないが、神楽が寝たのは夜10時だった。それからあいつが帰るまで待つのが苦痛なのは、俺しか知らない。

アイツはきっと、地獄を見てきたような顔で玄関の前に立つだろう。それからひとつ、大きな深呼吸をして、できるだけいつものような顔で、なんてバカなことを考えながら、「ただいま」とわざと明るい声で言うんだろう。

それから、飯が何がいいなんて聞いたら、銀ちゃん、なんて言うんだろうな。特に疲れてる時にだけそう言うのは、きっと本人は気付いてない。気付かなくてもいい。飯を食べた後に、アイツが俺の前で泣いてくれれば、それだけで。
それだけで俺は、お前とずっと一緒にいられる。




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