狂ったような夏が過ぎ去り、残ったのは静けさと形だけの平穏だけだった。
紅葉が始まりかけている力無いモミジの木の影に蝉の死骸が散らばるのを縁側に座ってボンヤリと眺めていると、夏が終わってしまった寂しさがじわりじわりと足元から上ってくる。空の青さはどこまでも淡くなり、やがて白になってしまうことを私はいつまでも許すことができない。
「なーんだ、ここでしたか」
「何か用事です?」
「俺は用事が無いと、喋りかけたらいけませんかィ」
つっけんどんな私の反応に、薄ら笑いを浮かべながら無許可に隣に座ってきたのは、私の夫が居た隊の隊長だった。
夫を失ってから真選組に自由に出入りすることを許された私に、不器用な武士達は昔からの友人のように振る舞ってくれる。
その中でただ一人、私から距離をとったまま近付かない男がいた。その理由は、近藤さんの優しさとも、土方さんの情けとも違う。
一際馴れ馴れしいのに、絶対に私の中には入って来ない。興味が無いという素振りを見せながらも、横目で追ってくる。それが、この沖田さんである。
「いいえ、滅相もない。もっと話したいくらいです」
「それは良かったでさァ」
「真選組の皆さんとお話しする機会も、もうあまり無いでしょうから」
「……金持ちの娘も大変ですねィ」
「もう娘だなんて年じゃありませんけど」
夫が亡くなるのを待っていたかのように、父が用意していた縁談を勝手に取りまとめたのはつい先週のことだった。
今度こそ家のために嫁いで貰うのだと、母も息巻いている。まるで、夫など最初からいなかったようだ。私のワガママが許されたのは、一度だけ、それもたったの二年きりだった。
「ひとつ、良いこと教えてあげましょうか」
澄んだ黒目が、モミジの葉を捉えた。微かに風に揺れる薄い葉脈が、何故だか良く見えた気がした。
「アンタの夫を殺したの、攘夷浪士なんかじゃありやせんぜ」
「……乗り込んだ時に多数に囲まれてっていうのは」
「それでも、生きてたさ。まぁ、虫の息には違いねェが。血吐きながら、アンタの名前をうわ言みたいに呼んでた。何度も」
そこまで話して、沖田さんが笑みを浮かべた。頭に広がっているであろう血の海が、あまりにも穏やかな笑顔から染み出しているようにも感じた。
私は、何も言えなかった。
何と言っていいかわからなかった、の方が正しいだろう。
そんな私の方を見た沖田さんが、これでお終いと言いたげに立ち上がった。
「それだけでさァ。次はどうかお幸せに」
「待ってください! だったら何であの人は」
その後、私が真選組に足を運ぶことは、無かった。
優しく穏やかな夫の元で、何の不自由もなく過ごす代わりにか、あの日からいくつも年を重ねた今でもまだ、まだ赤くなっていないモミジを見るとドキリと心臓が跳ねる。
もう前の夫の顔も良く思い出せないが、あの沖田さんの笑顔を忘れることも、幸せを願ってくれた理由を考えることも、いつまでもできないまま、私も夏の死骸になって秋に転がるんだろう。
紅葉が始まりかけている力無いモミジの木の影に蝉の死骸が散らばるのを縁側に座ってボンヤリと眺めていると、夏が終わってしまった寂しさがじわりじわりと足元から上ってくる。空の青さはどこまでも淡くなり、やがて白になってしまうことを私はいつまでも許すことができない。
「なーんだ、ここでしたか」
「何か用事です?」
「俺は用事が無いと、喋りかけたらいけませんかィ」
つっけんどんな私の反応に、薄ら笑いを浮かべながら無許可に隣に座ってきたのは、私の夫が居た隊の隊長だった。
夫を失ってから真選組に自由に出入りすることを許された私に、不器用な武士達は昔からの友人のように振る舞ってくれる。
その中でただ一人、私から距離をとったまま近付かない男がいた。その理由は、近藤さんの優しさとも、土方さんの情けとも違う。
一際馴れ馴れしいのに、絶対に私の中には入って来ない。興味が無いという素振りを見せながらも、横目で追ってくる。それが、この沖田さんである。
「いいえ、滅相もない。もっと話したいくらいです」
「それは良かったでさァ」
「真選組の皆さんとお話しする機会も、もうあまり無いでしょうから」
「……金持ちの娘も大変ですねィ」
「もう娘だなんて年じゃありませんけど」
夫が亡くなるのを待っていたかのように、父が用意していた縁談を勝手に取りまとめたのはつい先週のことだった。
今度こそ家のために嫁いで貰うのだと、母も息巻いている。まるで、夫など最初からいなかったようだ。私のワガママが許されたのは、一度だけ、それもたったの二年きりだった。
「ひとつ、良いこと教えてあげましょうか」
澄んだ黒目が、モミジの葉を捉えた。微かに風に揺れる薄い葉脈が、何故だか良く見えた気がした。
「アンタの夫を殺したの、攘夷浪士なんかじゃありやせんぜ」
「……乗り込んだ時に多数に囲まれてっていうのは」
「それでも、生きてたさ。まぁ、虫の息には違いねェが。血吐きながら、アンタの名前をうわ言みたいに呼んでた。何度も」
そこまで話して、沖田さんが笑みを浮かべた。頭に広がっているであろう血の海が、あまりにも穏やかな笑顔から染み出しているようにも感じた。
私は、何も言えなかった。
何と言っていいかわからなかった、の方が正しいだろう。
そんな私の方を見た沖田さんが、これでお終いと言いたげに立ち上がった。
「それだけでさァ。次はどうかお幸せに」
「待ってください! だったら何であの人は」
その後、私が真選組に足を運ぶことは、無かった。
優しく穏やかな夫の元で、何の不自由もなく過ごす代わりにか、あの日からいくつも年を重ねた今でもまだ、まだ赤くなっていないモミジを見るとドキリと心臓が跳ねる。
もう前の夫の顔も良く思い出せないが、あの沖田さんの笑顔を忘れることも、幸せを願ってくれた理由を考えることも、いつまでもできないまま、私も夏の死骸になって秋に転がるんだろう。