皮肉なことに、私の目には不思議なものが沢山見えた。それがどう皮肉なのかというと、こんな特技を私に求めてくる大人は一人もおらず、例え明日あなた死にますよ。と言っても、酷い力で頬を打たれるだけだった。もっとも、次の日にその人が死んだとしても、私の待遇は変わらない。何故なら私が打たれたことを、誰も覚えていないからだ。
もしこの力を活かせられれば、お金はいくらでも手に入っただろうし、怖い大人に怯えなくても良かったんだろうなぁと他人事のように思う。実際にそんなことは無いので、私は知らない子どもがぎゅうぎゅうに詰め込まれた偽善施設の隅っこでポテトチップスをぱりりと齧るのだ。
「嘘つきは泥棒の始まりなのよ」
どこから摂取したのかわからない上等な油で満たされた職員はいつまでも引き取り手の無い私に、深刻そうに何度もこう言い聞かせた。彼女の頭の中で泥棒の私が何度捕まっても一向に構わない。
でもね加藤さん、貴方の右脚の脛から油が漏れてるから長くないよ。きっとオイル切れで歩けなくなるね。
優しい私は本当のことは言ってあげないから、いつまでも嘘つきのままだ。
「面白いなァ、お前」
そんなことを言われたのは産まれて初めてだった。声の主を見ようと振り返ったが、誰もいない。おかしいな、確かに聞こえたのに。立ち止まった私の目の前を、得体の知れないひょろひょろのキノコを瞼に生やした侍と、朱色の狸の子供が足首に三匹くらい纏わりついた女が通り過ぎたが、どちらも違う気がする。
「お前の目に俺はどう映る?」
声が近付いてきた。確かにそこに人がいる気配がするのに、何も見えない。私の手首を、何かが掴んだ。それは確かに五本の指で、剥き出しの腕には着物の裾が当たっているはずだ。頼まれたお使いついでに買ったまだ封を切っていないお菓子がガサリと汚い音を立てて落ちた。
「もしかして神様ですか? それとも、吸血鬼とか……」
こんな神様が煙草臭いとは思わなかったけれど。目を未だに彷徨わせている私の、恐らく真横に立っている男がおかしそうに笑った音がした。その音の方をじいっと見てみるが、私の目には何も映らない。
「俺が見えねェのか。いいな、益々面白い」
「面白い?」
「ああ、面白いな。でも俺ならもっと面白いものを、お前に見せてやれる」
一緒に来い、と聞こえたと同時に腕が引っ張られてもつれた足が袋菓子が踏み潰した。もしかしたら、今まで他人事の様に思っていた夢が叶おうとしているのかもしれない。しかし、またもや皮肉なことに余計なものばかり見えてしまうこの目では、救世主であるはずの男の姿を見る事ができないのだ。
「あなた……一体何者ですか」
私の目に映りはしても、映らない人などいない。いなかった、今までは。
「なァに、しがない透明人間さね」
嘘つきは泥棒の始まりだと、今よりも腑に落ちた時は無いだろう。もっとも、始まり、ではないかもしれないけれど。あの施設は、私がいなくなっても今日の夕飯の前には皆で祈りを捧げるんだろう。今日ばかりは私も、真面目に手を合わせてアーメンと唱えても良い気がした。