一度でもこんな風に燃え上がってしまうと、火を消す段階が大変なんだろうな。頬杖をつきながら、前の席の男子がアルコールランプに手際よく火を点すのをぼんやりと見ていた。青い炎は細くまっすぐと、私の目の中で揺らいでいる。使用済みのマッチが机の端に投げ出され、実験は速やかに次の段階にうつった。しかし試験管の液の色の変化をプリントに書き記す私の目は、忙しなく炎を上げる下で尚も沈黙するアルコールに浸った白い縄を見ていた。


「あれ?もしかしてお前、俺との面接すっぽかしちゃうつもり?」


白衣の裾が、温度の低い炎のような夕焼け色に燃える。一体、国語の授業にどんな実験が用意されているというのかは知らないが、私の担任の銀八先生は当たり前のように白衣を纏っていた。様々なことに興味を持つことに放棄した瞳は、それでいてぶれることはなく、今まさに帰ろうとしている私を丸々おさめている。


「ほんとに今日でした?」
「HRでも言っただろーが、お前返事したぞ?」
「あー、聞いてなかったです」
「許しませーん。ほら、お前の後にも生徒入ってんだから、こっち来い」


あまりにも自然に、先生の冷たい左手が私の右手を拐った。瞬間、胸の下で心臓が暴れ狂う。やめてという無言の叫びを届けるには、皮一枚は遠すぎた。誰もいない廊下を進む、二つの足音。私、こんなにこのひとと二人になりたくなかったんだ。再認識には十分なほど時間をかけて、先生は歩く。この無言の空間には沢山のイメージが浮遊していた。それは誰も知ることは無い。他の先生も生徒も、私達以外誰も。国語科準備室の空室の札を慣れた動作で裏返し、私を部屋に招き入れる。ガチャン、と後ろ手に鍵を閉めながら、先生の余った手が私の頬を静かに撫でた。浮遊していた記憶の断片が背筋をかけあがり、幾度も繰り返されたその動作の続きを私にさせようとする。そんな私を嘲笑うように、先生の手はぱっと離れた。触れるときの簡単さをもって、続きなんて存在しないかのように。


「……期待しちゃった?」
「バカじゃないの」
「うん、先生バカだからさ、まだお前のこと諦めらんねぇの」
「…………ふざけないで」
「ふざけてなかったら、元に戻ってくれる?」


私は知っていた。どんなに激しく燃える火も一様に火種は小さく、それ故か、消すのがとても簡単だと。再び顎にかかる先生の長い指も近づいてくるがらんどうな瞳も、充分その火種になりうることを。


「……面接は」
「サボろうとしたくせに」
「教師でしょ」


無理矢理取った距離に、私の個人情報が書かれた紙が舞う。目がそれを追っている隙に、再び距離は無くなっていた。抱きしめている先生の腕が、まるで鎖のように巻き付いて私を逃がさない。


「だから何?」


もがくことすら許されない私を、ただ炎の残像がゆらりゆらりと炙っていく。沈んでいたはずの火のついていないまっさらな縄は消えていて、そこに残っていたのはただの意思の残っていない灰だけだった。


(その炎は消えることは無い)
(細く長く、漂い続ける)


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