「これって、夢だったりする?」
「残念ながら、現実だと思う」

私の返しが不服だったのか、くたくたな半纏越しに肩を掻きながら、銀時は大きなため息を吐いた。深夜にぴったりな抑えた声量で交わされる会話は、押入れの中で寝ている神楽ちゃんのため。秋にようやく足を踏み入れた10月の初め、冷たい風は私が薄着だと何度も指摘する。膝下まであるワンピース一枚では、ダメだなんて面倒な季節だ。寝起きだからかいつもより更に重そうな目蓋をじいっと見て、それから小さい声で「ごめん」と付け足した。バカで世間知らずな私だって、TPOを弁える大切さくらい分かっている。

「外、出るぞ」

くいっと銀時が顎で指したのは、たった今神経すり減らして静かに登ってきた階段。

「これ渡したらすぐ帰るつもりだったし、眠いだろうからいい」
「お前ほっといて寝とけってか?」

嫌味なくせに、優しい男だ。子供や犬にするように、私の頭をくしゃりと撫でて、空いた方の私の手を攫った。それは女に対する、というよりも、迷子の子供に対するそれに近かった。彼の指はごつごつしているくせに、柔らかい。

本当は祝うつもりは無かった、今となっては言い訳にしかならないけど。
友達でも恋人でもない微妙な立ち位置の男、もとい元攘夷志士の誕生日を知ったのは、手伝いで任されていた書類整理でのことだ。「生まれ年は不明なのに、誕生日は分かってるの」と雇い主の沖田さんに言うと、「旦那のこと、気になるんですかィ?」なんてからかわれて、それきりにしていた。

それからカレンダーが何枚かめくられ、10月になった時、見覚えのある数字が私の頭で立ち止まった。この二つの数字が交互に並んだ、嘘みたいな日に産まれた嘘みたいに強い男がいる。白い鬼と呼ばれ、戦場を光のように駆け抜けたという坂田銀時がこの日に産まれたのは、なんだか当然のようで奇跡のようでもあった。

「これ、何、手作り?」
「あり得ない」
「俺にしてみりゃ、丑三つ時に祝いに来る方があり得ねえけどな」
「……じゃあ、何時に来れば良かったの」

もしも銀時のことを大切に思う人がいれば、12時ぴったりに祝うだろう。朝、昼、それから夜。紡いだ縁が蜘蛛の巣のように、銀時を一日中絡めて離さないはず。だったら私は、いつその隙間に滑り込める? 彼が何歳になったのかも知らない私は、銀時に「おめでとう」をいつ伝えれば良い。

「こんな時間にお前がいないって気付かれたら、家中大騒ぎになるだろうが」
「平気」
「あのなぁ……」

何か言いたげに銀時は私の方に顔を近付けたかと思えば、呆れたように続きをため息で誤魔化した。銀時の家から少し歩いた所にある、小さな公園には、家に帰れない酔っ払いも浮浪者も、やけに騒ぐ不良達もいない。私と銀時だけだ。この街に似合わず、静かな夜更けに浸るように銀時はベンチの背もたれに体重を預ける。

「一つだけ、教えといてやる」
「何?」
「こういうことはな、好きな奴のためにやるもんだ。どうでもいい男の誕生日……しかも深夜におしかけてケーキ渡すなんざ、期待すんなっていう方が無理な話だろ」

照れたようにそっぽを向いたくせに、膝の上に乗せられた白い紙袋はしっかりと手に持っている。煌々と月明かりに照らされる銀時を眺めながら、ゆっくりと言われた言葉を咀嚼する。

「要するに銀時は、私の返答次第では先に進むということ?」
「……いや、まぁそうと言えばそうだけど。そもそもお前、依頼主の娘だし。ってか今何歳だよ? 未成年に手出すってヤバくね?」

先と言っても私は、友人でも恋人でもない、ただの不思議で無関係な大人だと認識しているから、すでに前も後ろもはっきりしない。ここから何かが変わるなら、また手を引いて連れて行ってくれたら良い。目を伏せて、私がここに来た目的をすっかりと見失っていたことに気付いた。
月の光が強すぎて、星の瞬きは見えない。東京の夜空が澄み渡るはずもなく、ただ暗闇が漠然と広がるだけだ。銀時の手にそっと自分の手を重ねてみる。これはきっと、肯定になるだろう。私が彼を深夜二時にケーキを持って訪れたのは、銀時に好意を寄せているからというストーリーが今、出来上がってしまった。銀時の手が裏返って、指と指が絡み合った。

私はただ、本当に銀時がこの日に産まれたのか、自分で確かめたかっただけなのに。随分と今更な私の否定を封じ込めるように、彼は私を見つめる。その瞳に映る私は、意思を持たないまま漂う亡霊のようだった。

「良いのかよ、ホントに」
「未成年の依頼主の娘でよければ」

返事を聞いて、こぼれた笑みを隠すことなく、始まったばかりの10月10日が、私を音もなく連れ去った。



2014.10.10



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