攘夷浪士の連続爆発テロが新聞の紙面を賑わせ、もう一週間が経つ。いつどこで起こるか分からないテロに対して警戒を重ねても、網の目をかいくぐるように起こってしまう。そのせいで、わかりやすく真選組は疲弊しきっていた。犯人の顔は未だに割れないのに、被害は大きくなるばかりなのだから当然だ。
爆発テロ対策本部と表に張り出された畳の間には、いつも通り局長と副長の正面に隊士がずらりと揃っていた。どの顔も寝不足のせいか、クマが刻まれていて不健康だ。それは局長、副長も変わらない。いつもよりも煙草臭い土方はふうーっと大きなため息を吐き、口を開いた。

「喜べ、爆破テログループの本部が割れた」

途端、動揺と歓喜の波が広間にどっと押し寄せる。隊士達に静止をかけ、再び言葉を続ける土方の目には、ギラギラと隠しようの無い獰猛な光が宿っており、土方の言うことが本当だと言葉以上に確信をもって語られる。

「うまくいけば、恐らく今夜中には別動隊が捕縛するはずだ。しかし、連中のやり取りを傍受した結果、明日の昼間、再びテロが企てられているらしい。こればっかりは、その場に行ってテロを未然に防がなきゃなんねえ」
「そこでだ、明日の朝から全員私服で配置についてもらうことにした。不審な行動をとった奴は即、検挙だ。お前らも疲れていると思うが、あとちょっとの辛抱だ。気合い入れるために、今日は早く休め! 以上!」

土方から続きを任された近藤の激励に、野太い隊士達の了承がかえってくる。どことなく嬉しそうな返事と共に、ぞろぞろと解散していく黒服の中で最も華奢な影を、慌てて近藤が呼び止めた。くるりと振り返ったその隊士の目の下にもまた、他の隊士と同じように深刻なクマが刻まれていた。



「何で私だけ居残りですか、早く寝たいんですけど」

不平が我慢できないのは、疲れのせいだろう。そう信じたい。隊士の出払った大部屋は、異常に広い。機嫌の悪そうな土方さんが、返事の代わりに地図をばさりと広げた。それはついさっき、明日の配置場所を説明するために使われた地図にまちがいない。隊ごとに色分けされたカラフルな地図を見下ろしながら、これがどうしたんだろう、と首を傾げた。

「本来なら4番隊であるお前の配置場所は川辺となるんだが、お前だけはここに変更することにした」

ここ、と指差されたのは爆破予告されている公園の北側で、時計台の下だった。私の記憶が正しければ、ここは恋人達の聖地と呼ばれ、待ち合わせとしてある程度有名なスポットだ。

「……何でよりによって私が、ここを?」
「いくら私服とはいえ、俺達が一人でここらをウロついてるのは怪しいだろ。その点、お前なら何の問題もねえって訳だ」
「いやいや、問題ありますよ……」
「そうだぞトシ! いくら隊士とはいえ、こんな場所に一人で立たせるなんて、俺は断固反対だからな! 危なすぎる!」

どうやら近藤さんは反対派にいるらしい。確かに真選組のガラの悪さを考慮すると、土方さんの言い分も一理ある。けど、もし私一人しか居ないところでテロが起きたらどうするんだろう? 近藤さんの心配を差し置いてあからさまに舌打ちをかます土方さんに、半ば脅されるような形でイエスと言わされた後は泥のように眠り込んだせいで、時計台の下で自分の認識の甘さを悔やむことになった。





なるべく普通の女に見えるような格好で、という指定通り女らしい服装をしてみたせいか、久しぶりにフルメイクを施したおかげかわからないが、やたらと見知らぬ男に声をかけられる。さすがに、愛想笑いでかわすにも限界があるほどに。仮にも恋人達の聖地でナンパなんて許されて良いのか。 しかし、自分が爆破テロの警戒のために立っていることを思えば何も言えない。
途中で何度か任務中なのか休憩中なのかわからない同僚が目の前を横切っていったが、全員私と目を合わせることすらせず、楽しそうに喋りながら通り過ぎていった。こんな時に異性に対して不慣れなの出さなくていいから! ていうか何でお前らクレープとか鯛焼きとか片手に見回ってんの? 何を警戒してんの? ねえ? どのみち私の無言の抗議は誰にも届かない。

改めて、辺りを見回してみる。そろそろ爆破予告の昼下がりだ。手を繋いだカップルは増える一方で、私が立っている時計台は彼らにとってはすでに無用だからか、見向きもされない。せっかくの勝負服をまさか、こんなことでおろすことになるなんて。ぼんやりと春の太陽に頭のてっぺんを焦がされながら、ため息を吐く。いつになったら私の春は訪れるのか。目の前を通っていったカップルを、知らずのうちに目で追ってしまう。あ、あのワンピース、この前買おうとしたけど、可愛すぎてやめたのだ……。何だか、とてつもなく惨めだ。私もクレープの一つや二つ、買ってしまおうか。目線を漂わせていると、運悪くいかにも頭の軽そうな男と目が合ってしまう。案の定、男は私の方へまっすぐ歩いて来た。うわ、またか。最悪だなほんと。

「あれ? 君ひとり? マジかわいいね〜 よかったら俺と遊んでよ〜」
「すみません、待ち合わせしてるんで」
「もしかして彼氏? ええーいいじゃん? じゃあ彼氏が来るまで!ね!クレープおごるからさ」

少しだけ魅力的な提案を織り交ぜながら、なかなか引き下がらないナンパ男に、こめかみが痙攣し始める。こいつをテロリストということでしょっぴいたらダメかな? 彼氏が来るまで〜と横に並ばれてしまって、どうにか逃げる口実を絞り出そうと頭を回転させ始めた所だった。誰かが、時計台に向かって歩いてくる。男の相手をしながら、横目でそちらを見遣る。そして、思わず二度見をしてしまう。見たことがないくらい、レベルの高いイケメンだった。まるで雑誌から抜け出して来たような、完璧な体型、服、そして顔。最近、視力が下がって来た目を細めると、そのイケメンがにっこりと笑った。ん? ちょっと待って、あの顔、どこかで見たことが……。私のことはさておいて、男はあっという間に私の目の前に立って、「お待たせ」と爽やかに笑った。絶句するナンパ男と、別の意味で絶句している私を交互に見た後、その人は私の肩を自然に抱いて、ナンパ男に向き直った。

「で、アンタ、俺の女に何の用?」

あっという間にナンパしてきた可哀想な男は、しどろもどろになってどこかへ行ってしまった。
その背中を見送って、さっさと私から距離を置いて、上げていた髪を手でかきあげながらため息を吐いた男ーーもとい、真選組副長の土方十四郎、をまじまじと見る。確かに、今日の任務はほぼ総員であたる故に、真選組であるとバレてはいけない、と言われていた。顔の割れている幹部クラスになると、その変装は気を遣ったものになるだろう。昨日の作戦会議では、大変だなぁと他人事のように聞いていた。そんな私の脳裏に、土方さんはどんな変装をするんだろう?なんて疑問が浮かぶ訳もなく。もし浮かんだとして、私の想像の範囲内では、せいぜい、いつぞやのトッシーだ。変装によって、こんなにも化けるなんて、誰が想像しただろう。

「ジロジロ見んな。気色悪ィ」
「えと……はい、あ……すみません」
「……何だその反応」

妥当だと思うんですけど、という反論は無理矢理のみこむ。綺麗な顔なのは知っていたし、女に引くほどモテるのだって、いやというほど見て来た。しかし、まさかここまでとは……。真選組に入って三年と少し経ってようやく、副長の恐ろしさに芯から身を震わせることになった。

「さっきの男、ナンパか?」
「みたいな感じです」
「確かに女っぽくとは言ったが、気合い入れすぎだろ。そんな格好してたら、声かけてください〜っていってるようなもんじゃねえか」
「そういうもんですか?」

少なくとも、気合いに関してはアンタにだけは言われたくないとも思ったが、これも言わずに我慢した。これは容姿について言及しても良いのだろうか? 一瞬迷ったが、なんだかいつもと様子が違う副長に上手く話しかけられない。見た目だけじゃない、何だか居心地が悪そうだ。そうこうしている間にも、何人か隊士が目の前を通ったが、私達に気付いていないのだろう。相変わらず視界に入れようともしない。

「とにかく」

突然、土方さんが大きな声を出した。足元を歩いている雀を目で追っていたが、そのせいで現実に引き戻される。慌てたせいで思わず土方さんの顔を直視してしまい、更に慌てながら目をそらす。

「テメェはたった今から、ここで待ち合わせをしているクソ女から、俺の彼女という設定で動け。こんなペースで変な奴に絡まれてたら、任務に支障きたすだろ」
「……見てたんですか」
「何をだ」
「私が、変な奴に声かけられてたの。こんなペースでって、今言いましたよね」

珍しくむき出しの額に、はらりと一房、長い前髪が落ちた。いつもより緩んでいる目が、ゆっくりとこっちをむいて、慌てて逸れる。沈黙が肯定なのは言うまでもない。それから次の言葉を探している様子の土方さんを、こちらも見ては逸らし、逸らしては見てしまう。

「…………総悟がな」
「あー……、理解しました」

この一言で全ての謎が解けてしまった。というか、沖田が噛んでいるのだったら詳しく話を聞くまでもない。なんだか疲れきったように見えた土方さんの顔には、よくよく見ると昨日と同じ疲労の跡が濃く刻まれている。どうせ、昨日もろくに寝てないんだろう。自分で綿密に立てた計画も、こうも簡単に崩されてしまうとそりゃ、ため息もつきたくなるだろうな。

「お前、何にやけてんだ。ほら、行くぞパトロールだ」

ほら、と言いながら差し出された手にきょとんとしていると、土方さんが私の手首を簡単に捕まえた。突然のことに、ふりほどこうと手を引いたが、強い力で握られていてそれは叶わなかった。偽装とは言え、副長と、手を繋いで歩くことになるなんて。イケメンと手を繋げてラッキーという気持ちと、いやでも副長だしな……という複雑な気持ちが入り乱れている私のことなんて見向きもせず、土方さんはいつの間にか普段通りの真剣な目付きに戻っていた。大切な任務中なのだから当然なのだが、あまりにも行動と目付きがアンバランスで笑ってしまいそうになる。

土方さんと手を繋いで歩く公園には、不思議とカップルしかいない。大量に配置してあるはずの隊員が、一向に姿を見せないのは何でだ。今、ばったり遭遇しても果てしなく面倒なことになりそうだから、好都合ではあるけど。

「お前は、いつもあんな感じなのか?」突然、土方さんが口を開いた。
「何がです?」
「だから、ナンパをよくされんのかって聞いてんだよ!」

なんで、そんなことを副長が聞くのか分からない。からかっているような口ぶりでもないし、むしろどこか苛立っているようにも見える。ニコチン不足だろうか、それともいつものマヨ不足か。ぱっとしない女とカップルを演じないといけないから、不満なんだろうか。自分がちょっと顔が整ってるからって、失礼な。勿論いつもはナンパどころか、道すら聞かれないのだが、すんなり教えるのもなんだか惜しい気がする。

「クレープおごってくれたら、教えてあげましょう」
「調子乗んな」





結局、日が暮れても予告されていたテロは行われなかった。それもそのはず、土方さんが私の様子をうかがっていたらしいまさにその時、公園の南に位置する本来私が居たはずの河原で、妙に大きな荷物を抱えた男が通りかかり、その場で爆弾は押収され男は即検挙となったらしい。現場近くにいた局長の計らいで、犯人を屯所に連行した後は、全員非番となったらしい。土方さんや、皆と離れた場所にいた私には、沖田から連絡が入ることになっていたそうだが、本人曰く、「わすれていた」らしい。
つまり、私が度々目撃していた同僚達は、正真正銘の休みを謳歌していただけで、サボリではなかったという。この報告を聞いた後、私と土方さんは一通り冷やかされ、沖田にいつ撮ったのか2ショット写真をばらまかれ、土方さんが怒り狂うという流れを一通りこなすことになった。

「俺のプロデュースした土方さん、どうでした?」
「あー、すごいイケメンだったよ」
「……それだけですかィ」
「それだけって、副長は副長じゃん」
「こりゃあ土方さんも前途多難ですねィ」

とりあえず沖田は意味深な笑みを浮かべて楽しそうにしていてむかつくので、次の休みにでも密かに神楽ちゃんと進めている沖田総悟暗殺計画を実施しようと固く心に誓ったのであった。



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なま子さま「土方十四郎」 
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はんじろうさま「甘め」




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