今までに見たことのない人種だ、と彼を一目見た時に思いました。一目惚れのような都合のいいものではなくて、体全体が噴き出すように自分に警告を発していたのです。きっとそれに彼も気付いていたのでしょう。坂田なんとかと書かれた墓をするりと撫でて、私の方を向いてニンマリと笑いました。まるで私に自分の美しさを見せつけるようなその動作に、右手でしっかりと握りしめていたはずの柄杓がからんと落ちました。
「……銀時の知り合いか?」
低いのに甘い、不思議な声だ。そう思っただけで、彼の言っている言葉はよく分かりません。私が参りに来たのは、彼が撫でた墓の左隣の兄の墓でした。私の反応から、違うのか、と短くぽそりと呟いて、彼は背を向けました。鮮やかな紫の着物が、やけに眩しく感じます。なんだか久しぶりに色に触れた気がしました。
慌てて落とした柄杓を拾い、彼の横をすり抜けた先にある兄の墓に、少しぬるくなってしまった水をかけました。彼は動こうとしません。きちんと確認したわけではありませんが、私の動作をじいっと見守っているようです。
「白詛か」
更に低くなった声が、忌々しそうに私に再び問います。合わせていた手のまま、視線だけ持ち上げて「そうです」とだけ答えました。
私の兄は白詛で死にました。兄だけではありません。父も母も姉も、誰も彼もが防ぎようのない病気でぱったりと苦しみながら死んでしまいました。もしかしたら、彼の墓参りも白詛のせいなのかもしれない。立ち上がりながら確認した坂田なんとかさんの下の名前は、最初、私に知り合いかと問われた名前と同じでした。
「お前は怖くないのかよ?」
白詛が? それとも、貴方が?
聞き返せないまま、着物の袖を整えました。包帯をぐるりと巻いて、片方だけこちらを見た目は答えなど必要としていないようで、渇望しているようにも見えました。
「怖いですよ」
「そうは思ってねェ口ぶりだけどな」
「自分が死んで悲しみそうな人は、全員看取りましたから」
彼の口に再び笑みが浮かびました。ほんの短い息継ぎの間に、近くの木に止まった蝉が歌い始めました。強い日差しを遮るものは何もなく、首筋につうと汗が伝います。
「つまりお前は、誰にも看取られずに死ぬってことか」
「そうなるでしょうね」
どうして彼は嬉しそうなのでしょう。置いたままになっていた桶を手にぶら下げて、再び彼の横をすり抜けてしまおうとした瞬間、彼の顎に添えられていたはずの手が私の手首を掴みました。思っていたよりも熱い体温に触れたことで、体中が脈を早くします。咄嗟に見上げた視線は彼の片目にやすやすと捕まってしまい、私は暫し後悔しました。
「俺と来い」
「名前も知らない方とご一緒できるほど、身軽ではありませんゆえ」
「アンタ、もう一人きりなんだろ。これ以上無いほど身軽じゃねェか」
「……でも」
「俺が看取ってやるっつってんだ」
視線はもう、絡み合うのをやめてしまいました。彼が見つめるのは私の力の無い手の先、私の目に映るのは底抜けに青い空の色だけです。轟音をたてて行き交う宇宙船の姿の無い空は、随分久しぶりな気がしました。兄が死んだ日も、父と母が死んだ日も、空は鬱陶しいほどたくさんの宇宙船が腹を見せて飛んでいましたから。
「貴方を看取る方はいらっしゃるの?」
「んなもん必要ねェさ」
彼の掠れ声が耳をくすぐります。兄や坂田さんだけでない、たくさんの知らない人のお墓に見守られながら、彼は私の頬に口付けました。遠くでごろごろと遠雷が鳴りはじめます。ああ、夕立が来てしまう。彼が空を見上げ、私の手を強く引いて早足で歩き始めました。だからあの時逃げれば良かったのだと諦めたように脳みそが弱々しく、もう一度警告を鳴らそうとして、やめました。