不可逆の関係、彼は私の喉を押しながらそう言った。「どういう意味?」アメリカやイギリスよりもうんと遠い国から来たカミュは、日本語を沢山知っている。難しくて綺麗な言葉ほど、カミュが口にするのが相応しい。もっとも、私には意味がわからないことが多いんだけど。

「ヘンゼルとグレーテルという話を知っているか?」
「知ってる、お菓子の家が出てきて、魔女をやっつける話」

なんというか、カミュが好きそうな話、途中のお菓子の家が出てくるまでは。枕に散った絹の糸のような髪の毛が暗闇の中でしんしんと光るのを見ていると、首にかけられた指に、時折強く力を込められる。断続的に食い込む指から、そのリズムから、カミュが私に何か伝えてくれる気がして、もっと続けばいいのにとすら思ってしまうから不思議だ。

「魔女にとってヘンデルとグレーテルは、菓子の家という罠にひっかかった愚かな子供であり、決して奴等のために菓子の家をつくった訳ではない」
「でも優しい魔女だったら、お菓子の家くらい何回でも作ってくれるんじゃない?」
「盗み食いをした子供を甘やかすのは、優しさか?」

開けっ放しの窓から見えるのは、暗闇にぽつんと浮いた月だけ。それ以外はよくよく目を凝らさないと何も見えないから、時々、自分がおとぎ話の主人公みたいに思えてくる。王子様は意地悪ですぐ怒るけど、誰よりも美しくて強い塔の主。自分の肌を惜しみなく晒して私の体を心ごと暴く権利を持った、この世でただ一人の人間。

「カミュの魔法は優しいんだけどね」
「……お前のための力では無くともか」
「それでも、私は幸せ」

外の世界へ出て行くことを拒否したのは、私の方だ。カミュに与えてもらうものはとても多くて、私の力ではとても返しきれない。だから、要らないものは皆捨てた。そして残ったのは私一人だった。捨てて残った私でも、カミュが拾ってくれれば、それで充分だった。

「カミュは私のものじゃないけど、私はカミュのものなんだから」

だから、綺麗な瞳に躊躇いを映さないで。透き通った氷の目を、私のために陰らせないで。私の祈りに気付いたのか、首にかけられていた手が離れていった。

「愚かだ、お前は」

呆れた訳でも悲しむ訳でもない、ただ淡々とした響きのカミュの言葉がたまらなく愛おしかった。不可逆の関係、そう彼は言ったが果たして閉じ込めているのは本当にカミュなのだろうか。全てを差し出したのは、本当に私? 溢れ出した疑問は暖炉に突き落として丸焼きにしてしまおう。私とカミュを閉じ込めている塔にかかった甘い魔法が解けてしまわないように。長い指が私の髪を一房弄んで、それから頭を優しく撫でた。温かい手のひらに誘われて、私は今日も優しい眠りの中に落ちていく。





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