「君のためなら死ねるよ、俺」
「そんな言い方、駄目よ。私のために死にたいって言って」
それは言えないっスよ。下がった眉毛が誰にも見えない所で、面白くてたまらないという風に震えた。それは拙い演技ではなくて、"我儘な私"に向けられた表情である。そのことに気付いた理由は、自惚れではない。
何もかもが後付け予定のブルーシートをバックにして、私と黄瀬涼太は気が遠くなるほど立ち座り、時に声を荒げたり寄り添ったりしている。脈絡の無いシーンを重ねた先に出来上がるのは、何ヶ月が後に放送される記念ドラマだという。本業のように綺麗な顔で止まっておくことを要求されないこの仕事は、私にとっても彼にとっても辛いのは間違いないだろう。互いにそんなことを嘘つきな顔に浮かべる筈はないけれど。
「後、ラストシーンで今日は終わりなんスから、黙って監督の言うこと聞きましょーよ」
「だってそんなの面白くないじゃない」
暴漢から私を救って重傷を負った黄瀬涼太に、私が泣きながら理由を問う。それから冒頭の台詞を言ってから、告白と、フリだけのキス。台本はそうなっている。
こんなありきたりな展開も人気モデルのキスシーンも、視聴者が求めているとは思えない。しかし、それを指摘するには私は若すぎる。
「なんだっけ背景、忘れちゃった」
「えっと……ラストシーンは大きな橋の上、って、台本には」
「ありがと。どっからどこまでが橋なのかはわかんないけど」
相変わらず薄い青と濃い青しかない背景を睨んでいる私を宥めすかすように肩に手を置かれる。
そういえば、彼は高校の部活も忙しくてスケジュールが埋まっているのだと、今日スタジオに入る前にマネージャーが言っていた。
確かに巧妙に隠された笑顔の裏には、言いようのない焦りが見える気がする。私の目を見て首を傾げる嘘臭さを鼻で笑い、監督にとびきりの笑顔を向ける。
監督の些細な動きによって、スタッフはそそくさと配置につき、小さな画面の中でブルーシートが橋になる。橋のどの辺りかわからないまま、顔は綺麗に守られたボロボロの黄瀬涼太の顔を、指示の通り覆い隠す。
▽
夜の街は、空気が一層澄んでいる分、重たく感じてしまう。スタジオから出る時に手渡された、馬鹿みたいに大きなサングラスを畳んでカバンの中に放り投げる。その奥でスマホが明るく光っているが、確認した後の手間を思って無視することにした。踏み出す度にカツカツと音を立てるヒールの踵を気にするように、数歩先を歩いていたマネージャーが振り向いて、私の後ろを見て声を漏らした。
「ひとり?」
挨拶も振り向きもせずにそう声をかけると、前から知っていたように躊躇いもなく肩を並べた黄瀬涼太の横顔に、マネージャーは訝しんだ顔のまま一人で帰ってしまった。
「アンタのこと数えなきゃ、ひとりっスけど」
年は二つ離れているのに、全然可愛げがない。スタジオの最寄り駅からは歩いて帰れる距離ではあるが、このまま派手なモデルが二人、街を歩いていいとは思えない。その思惑に気付いたのか、おかしそうに笑った黄瀬が何で楽しそうなのかはわからなかった。
「さっき、連絡したんスけど」
「あぁ、まだ見てない」
細長い指が、私の肩にかかったカバンを指差した。そういえば、確認するのが億劫に思って見ていないふりをしたのだった。それを隠そうとするほど、この男に興味は無い。残念ながら。
「知ってる。メールに書いてある所に来てくれません?」
「嫌だって言ったら?」
「言わないよ、アンタは」
「すごい自信」
返事はなかった。その代わり、じゃあ待ってるからと言い残してあっという間に夜の闇に紛れた。あんなに派手なネオンでも、見逃すとすぐにいなくなってしまう。そんなことを思いながら、スマホの電源を入れる。着信とメールが一件ずつ、知らない番号だった。そういえば、いつ彼に連絡先を教えたかな。ぼんやりと考えながら、メールを開く。中には、ホテルの名前と部屋番号が書いてあった。その下には一行だけ。
『あの台詞を言い直させて』
少し悩んで、スマホを再び鞄に放る。それから私の足が向かったのは言うまでもなく、我儘な私の底まで見透かした彼の元である。
「そんな言い方、駄目よ。私のために死にたいって言って」
それは言えないっスよ。下がった眉毛が誰にも見えない所で、面白くてたまらないという風に震えた。それは拙い演技ではなくて、"我儘な私"に向けられた表情である。そのことに気付いた理由は、自惚れではない。
何もかもが後付け予定のブルーシートをバックにして、私と黄瀬涼太は気が遠くなるほど立ち座り、時に声を荒げたり寄り添ったりしている。脈絡の無いシーンを重ねた先に出来上がるのは、何ヶ月が後に放送される記念ドラマだという。本業のように綺麗な顔で止まっておくことを要求されないこの仕事は、私にとっても彼にとっても辛いのは間違いないだろう。互いにそんなことを嘘つきな顔に浮かべる筈はないけれど。
「後、ラストシーンで今日は終わりなんスから、黙って監督の言うこと聞きましょーよ」
「だってそんなの面白くないじゃない」
暴漢から私を救って重傷を負った黄瀬涼太に、私が泣きながら理由を問う。それから冒頭の台詞を言ってから、告白と、フリだけのキス。台本はそうなっている。
こんなありきたりな展開も人気モデルのキスシーンも、視聴者が求めているとは思えない。しかし、それを指摘するには私は若すぎる。
「なんだっけ背景、忘れちゃった」
「えっと……ラストシーンは大きな橋の上、って、台本には」
「ありがと。どっからどこまでが橋なのかはわかんないけど」
相変わらず薄い青と濃い青しかない背景を睨んでいる私を宥めすかすように肩に手を置かれる。
そういえば、彼は高校の部活も忙しくてスケジュールが埋まっているのだと、今日スタジオに入る前にマネージャーが言っていた。
確かに巧妙に隠された笑顔の裏には、言いようのない焦りが見える気がする。私の目を見て首を傾げる嘘臭さを鼻で笑い、監督にとびきりの笑顔を向ける。
監督の些細な動きによって、スタッフはそそくさと配置につき、小さな画面の中でブルーシートが橋になる。橋のどの辺りかわからないまま、顔は綺麗に守られたボロボロの黄瀬涼太の顔を、指示の通り覆い隠す。
▽
夜の街は、空気が一層澄んでいる分、重たく感じてしまう。スタジオから出る時に手渡された、馬鹿みたいに大きなサングラスを畳んでカバンの中に放り投げる。その奥でスマホが明るく光っているが、確認した後の手間を思って無視することにした。踏み出す度にカツカツと音を立てるヒールの踵を気にするように、数歩先を歩いていたマネージャーが振り向いて、私の後ろを見て声を漏らした。
「ひとり?」
挨拶も振り向きもせずにそう声をかけると、前から知っていたように躊躇いもなく肩を並べた黄瀬涼太の横顔に、マネージャーは訝しんだ顔のまま一人で帰ってしまった。
「アンタのこと数えなきゃ、ひとりっスけど」
年は二つ離れているのに、全然可愛げがない。スタジオの最寄り駅からは歩いて帰れる距離ではあるが、このまま派手なモデルが二人、街を歩いていいとは思えない。その思惑に気付いたのか、おかしそうに笑った黄瀬が何で楽しそうなのかはわからなかった。
「さっき、連絡したんスけど」
「あぁ、まだ見てない」
細長い指が、私の肩にかかったカバンを指差した。そういえば、確認するのが億劫に思って見ていないふりをしたのだった。それを隠そうとするほど、この男に興味は無い。残念ながら。
「知ってる。メールに書いてある所に来てくれません?」
「嫌だって言ったら?」
「言わないよ、アンタは」
「すごい自信」
返事はなかった。その代わり、じゃあ待ってるからと言い残してあっという間に夜の闇に紛れた。あんなに派手なネオンでも、見逃すとすぐにいなくなってしまう。そんなことを思いながら、スマホの電源を入れる。着信とメールが一件ずつ、知らない番号だった。そういえば、いつ彼に連絡先を教えたかな。ぼんやりと考えながら、メールを開く。中には、ホテルの名前と部屋番号が書いてあった。その下には一行だけ。
『あの台詞を言い直させて』
少し悩んで、スマホを再び鞄に放る。それから私の足が向かったのは言うまでもなく、我儘な私の底まで見透かした彼の元である。