赤ずきんちゃんは夜を行く
ヘルサレムズ・ロット。
かつて紐育だったその街は一夜にして異界との境界線となり、世界の覇権を握る混沌の地へと成り果てた。
そんな街に昼も夜もなく、24時間休む暇もなく人も人ならざる者も音を奏で光を放つ。常にパーティのように騒ぎ、祭りのように生き物が行き交うこの街に、“休息”の言葉はきっと似合わない。
そしてその言葉が似合わないのはここの住人も同じである。
ある名も無き男は、ヘルサレムズ・ロットの喧騒から遠い細い路地をただひたすらに歩いていた。裏の裏を縫うようなその細く歩きにくい路地を行く様子は、どこか目的地があるような歩み方には到底見えなかったが、その眼光は鋭く、目的地はなくとも何かを探しているように見えた。
「・・・・・・行き止まり」
もういくら歩いたか知れない。路地の終わりを突き付けられ、思わず母国語で独りごちた。
これだけ探し歩いても見つからないとなれば、あの噂は噂のまま、存在することのない都市伝説だったのだとため息をつくしかない。男は小さく息を吐いた。
表通りに戻ろう、この街では自分のような力のない人間がいては死んでしまう道もある・・・それも理解して、それでもそのリスクを背負ってでも探したい存在だったのだが、これ以上は体力と命の無駄だ。
男はそう考え、踵を返す。もと来た道をその視界に収めて足を一歩踏み出した。
―――その時だった。
「帰るの?」
耳元で囁くような声がした。
男は瞬時に振り返るもそこにあるのは壁だけだ。きょろきょろと辺りを見渡していると、またしても耳元で声が聞こえた。どうやら笑っているようだ。こっちよこっち、と鈴の鳴るような甘く軽やかな声で囁く。男は視線をビルの屋上へとやる。・・・いた。
月の光を浴びて、その“探しもの”は真っ直ぐに立っていた。上半身を覆う赤いフードを頭にかぶり、顔には狼のマスク。艶やかなセミロングの黒髪は低い位置で2つに結んでいるのか首の横から2つの束となり風になびいている。銀白色のワンピースに黒のショートブーツという服装は、確かに都市伝説の中に出てきた服装の1つと一致している。
「私のお客様よね?ずっと探していたんでしょう」
男は声を出すことが出来ず、それでも意思を伝えようと首を上下に動かす。
それを見届けた赤いフードの少女は、5階ほどもあるビルの屋上から飛び降り、音もなくふわりと男の目の前に着地した。男は、その少女らしからぬ行動にほんの少し後ずさる。少女はそれに気付いてくすりと笑った。
「やだ、捕って喰ったりしないわよ。あなたの依頼を聞き届けるために近づいただけ」
「・・・あ、あんたが、噂の、情報屋・・・“リトル・レッド”、なのか」
「えぇ、そうよ」
男は目を見開く。やっと会えた。本当にいた。よかった。助かった。
様々な思いが男の胸中を駆け巡る。その割合を大きく占める喜びで目尻が湿りそうだった。一方少女は狼のマスクでその表情は読めない。それどころか先ほどから直立不動のまま動かない。全く一切の感情を相手に悟らせる気はないようだ。
「お喜びのところ悪いけど、そろそろ仕事に入ってもいいかしら」
「あ、あぁ・・・すまない・・・!」
「構わないわ。・・・それで、私に何を教えてほしいの?」
「娘の居場所を、教えてほしいんだ」
男の話をまとめると、一週間前に親子喧嘩をした後から娘が帰って来ない、連絡もつかない、娘の友人や彼氏に聞き込みをしたものの皆「知らない」「わからない」の一点張りだと言う。警察は年頃の娘の家出ごときで取り扱ってくれず、先日男の棲む生活区域で派手な爆発事件が起こったこともあり、とにかく娘の行方が心配だということらしい。
少女は顎に手をやり、少し考える。
尋ね人の依頼は、比較的よくある内容だ。中でも親が子供の行方を尋ねるものが大半を占める。こういう時の対応として次にすることは決まっていて、探してほしい人物の名前や写真、動画、特徴などを聞き出していく。
ここまでくると、男は目の前の少女が本当に娘を探してくれる情報屋と信じてくれたらしく、態度と言葉遣いが丁寧になり始めた。今や藁をもすがる思いであるようだ。
「動画もあります・・・先月行った、娘の誕生日パーティの様子です」
見せられた動画に引っかかる音があった。たどたどしい言葉の中に、はっきりとネイティブの発音が混じる。それは英語ではなく、アジア圏の言葉だった。
「あなた、ジャパニーズ?」
「は、はい・・・まだここが紐育だったころに移り住んできましたので。それで、この時は娘の友達が日本語でお祝いしてくれたんです」
「ということは、娘さんは日本語が流暢に喋れるってことよね?」
「ええ、はい。妻も日本人ですし、自宅では日本語も喋りますので・・・」
そこまで聞きだしたところで、少女は膨大なデータベースに検索をかけた。
この街で飛び交う言語はほとんどが英語だ。次いで多いのは異界の言葉。つまり、この2つ以外の言語はとても目立つのである。そのように飛び出したものは、情報屋としても拾いやすい“材料”だ。
やがてそれらしきデータを見つけ出した。尋ね人の名前、居住区、動画で聞いたものと同じ声、そして日本語。
「・・・いくつか確認させて。あなたの家のご近所に、他にジャパニーズはいるかしら?」
「いいえ、あの辺で日本人は見たことがありません」
「では娘さんの通う学校には?」
「さぁ・・・少なくとも私の聞いている話の中に出てきたことはありませんが・・・」
そこまで聞いてはっきりした。これでこの依頼主へと渡す情報はまとまった。
後は、この情報に値する“報酬”を提示するだけ。
少女はほんの少し悩み、少しだけ口角をあげた。もちろん、マスクのおかげで男には見えていないが。
「・・・わかったわ、あなたの娘さんの居場所が」
「!本当ですか!」
「えぇ。もちろん、ただでは教えられないわ」
「わ、わかってる・・・!私に払えるものなら何でも払う・・・!」
男は狼のマスクを真っ直ぐに見つめた。その軽やかな声には不釣り合いな恐ろしい獣のマスク。
アンバランスな目の前の光景に、男は知らず知らずのうちに拳を震えるほど握り締めていた。
「スイハンキ」
「・・・は?」
「スイハンキをもらえる?ジャパニーズ“ゴハン”を食べるにはそれが必要だと聞いたわ。あ、あとコメも欲しいわね」
「す、炊飯器・・・ですか・・・」
さきほどまでのシリアスな空気はどこへやら。男はあっけにとられ、開いた口がふさがらない。
別に新品じゃなくても構わないわ、使えれば古くても構わない、と少女が畳みかける。
「どうする?私に報酬を払う気はあるのかしら?」
「あ、あぁもちろん!・・・だけど、本当に炊飯器でいいんですか?」
「いいわよスイハンキで。だってあなたの娘さん無事だもの。お金をもらうような大事の情報でもないし」
それじゃあ契約成立ね。
少女はそれだけ言うと、どこから出したのか手持ちのメモ帳にさらさらと何かを書いていく。
ほどなくして書き終えたのか、その紙を一枚破って男へ差し出した。そこには読みやすい字で1つの住所と名前が書かれていた。
「その女の家に娘さんはいるわ。でも殴り込んだり突入したりしないであげて。穏便に、玄関から行くのよ」
「わかった。・・・それで、炊飯器は・・・?」
「メモの裏に書いてある通りに。娘さんの無事がわかってからで構わないわ」
次の瞬間、少女は高く飛びあがると、一番最初と同じビルの屋上に降り立った。
いつの間にか月が雲に隠れ、もうその姿はシルエットしかわからない。けれど確かにそこに存在する都市伝説に、男は深く頭を下げた。そうして次に顔をあげたとき、もうそこには何もなく、ただ肌寒い路地裏へと戻っていた。
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それから一週間後、緑豊かな公園のベンチで優雅にランチをしている女がいた。頭にはグレーストライプのキャスケット帽をかぶり、膝の上には可愛らしいランチボックスが乗っている。
(日本語でひとり言呟いてたからそうかな〜とは思ったけど・・・あんな依頼で炊飯器もらえてラッキー)
実を言うと、日本語での呟きが無ければあの男の依頼を引き受ける気はさらさらなかった。だが、その呟きを拾ったことで1つ賭けに出てみたくなったのだ。聞いてみれば男の依頼も大したことはなく、案外あっさりと娘の無事も分かったところで、こんなに簡単にお米が食べれるとはちさとも思ってなかった。
(あ〜〜おにぎりサイコーー!)
日本の味を噛み締め頬を緩める少女の夜の顔を知る者は、この公園にはいない。
2017.11.01.
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