「大事にしたい女が出来た」

何を言ってるのだろうか。目の前の男はいつもと変わらない表情で。こちらは理解するのに時間がかかる。ただ分かるのは禪院甚爾が自分の前から消えるであろう事だけだ。

「意味が分からない」

私は何だったのか。この前だって二人では狭いベッドであんなに愛し合ったじゃないか。ベッドサイドの引き出しに準備してあるモノは、あるのを知っいて使わないくせに。己の欲望に愚直で、それを全て受け止めてきた。

「あいつの為だけに生きる」

甚爾の思い描く未来には私は存在しない。ずしりと重くのしかかる現実に、ゆらゆらと視界が揺らぐ。本気になったのは私だけ。分かっていたはずだった。
ヒモ気質な甚爾の事だから他に女が居るんじゃないかと。それでも帰る場所はここで、一番近くに居たのは私だった。いつの間にかその場所は変わったらしい。

「もし、子どもが出来たと言ったら」

一瞬、甚爾の表情が揺らいだ。困った様な優しい顔で『産んで欲しい』と。こんな事を言う人じゃなかった。きっと、関係ないと突っぱねる男だったはずだ。たらればの話をしても意味がないのは分かっている。

「悪かった」

謝る事を知らない男が、ある人と出会ってこんなに変わるものなのか。私達の間に出来た分厚い壁の存在をひしひしと感じる。
ぽたりとフローリングに雫の落ちる音がして、泣いていると自覚した。その時にはもう遅く、壊れた水道の様に溢れて止まらない。

禪院甚爾を愛していた。願わくば彼を変えるのが私なら。涙を流す以外できない私を、甚爾はなんとも言えない表情で黙って見ている。

「来世では一緒になって」

聞いた事もない優しい声で返事をされ、その場に膝から崩れ落ちた。




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