「この恥さらし」

無名ながら呪術師の家系であった我が家に、才能を持たずに生まれた私はこの言葉を何度も聞いた。
父親は準一級呪術師だと聞いていた。母親も呪術師で、父よりも劣るが才能はあったらしい。そんな二人の子だからこそ、周りからの期待も大きかった。
ところが、生まれたのは術式を自覚するであろう四〜六歳なっても呪霊が見えない、感じる事すら出来ない、小動物さえ怖がる臆病な子どもだった。

「あなたの種が悪いのよ」

「お前が他の男と作ったんだろ」

罵り合う夫婦喧嘩は毎日の様に続いた。親は子どもを宝物のように扱うと思っていた。とても愛されてると思えなかった。学校の同級生の話は、まるでおとぎ話の世界だ。
顔を合わせる度に言い争う姿も、幼い頃から飲まされる苦く苦しい薬も、術式や呪霊も何もかも面倒で、解放されたくて、高校入学と同時に家を出た。寂しさなんてちっともない。

「ねぇ、私酔っちゃったかも」

レディキラーで有名なカクテルを飲んで、酔ったふりをする。こんな可愛い酒では酔わないのだけれど、任務遂行の為、可愛い女を演じる。

「近くのホテルに部屋をとってあるんだ」

本来ならば、こんな誘い文句には『明日の朝お早いのですね』なんて皮肉めいた返事をしている。

「夜はまだまだ長いしね」

耳元で吐息混じりに囁かれ鳥肌が立った。早く終わらせてしまおう。

「あっ……」

よろけるフリをして男の胸へ飛び込む。頬を赤らめ、濡れた瞳で見上げると男の喉がごくりと上下した。このまま奪ってしまおう。広く開かれた胸元から目が離せないでいる男の唇に、自ら唇を押し付けた。ロマンティックなんてない。ただの搾取だ。

口付けによって相手の呪力を奪える事に気付いたのは家を出てすぐの頃だった。
霊感が強いと言っていた彼氏は、いつも何かに怯えていた。私には見えない何かに。
恋人同士となればやる事は決まっている。その流れで自覚した。今まで見えていなかった、感じていなかったモノを。
視界に映った化け物を拒絶するように手をかざすと、吹き飛んで消えた。
彼はその日から、何も見えなく、感じなくなり、ごくごく普通の生活を送るようになっていた。私が彼から力を奪ったからであろう。
それから私はこれを生業にした。人から呪力を奪い取る。依頼があれば呪術師もだ。

「誰なの……」

ここ最近、ずっとだ。自分のターゲットが何者かに殺されている。はっきり言って迷惑である。仕事にならないのだ。遺体はどれも綺麗で、こめかみに銃弾がひとつ、胸を刃物で一突きなど相手に抵抗する隙さえ与えない。あまりの鮮やかさにとてつもなく恐ろしい相手とブッキングしている事を痛感する。
女と言う武器を最大に使って勝負することしか出来ない私は、今後の依頼はこの手練と被らない事を祈るしかない。
また、同じ番号だ。ここ最近ある番号から着信が入る。依頼は仲介人を挟んでいるので直接来る事はない。あまりのしつこさに折れ、電話を取ることにした。

「はい」

「やっと繋がった。お母さんよ。貴女の事を調査していたら、術式に目覚めたと知って必死に探してたのよ」

電話に出たことを激しく後悔した。縁を切った母親からの電話と分かっていれば出る事はなかった。

「今すぐ戻りなさい。これでうちも安泰だわ」

能力があると分かったらこれだ。心から軽蔑する。もう二度と関わる事はないだろう。通話を切ろうとした瞬間、耳を疑う言葉が聞こえた。

「呪物を与えていたのは間違いじゃなかったわ」

呪物……。心当たりがあるものが頭に浮かぶ。まさか、幼少期からずっと……。

「薬と称して貴女に貴重な呪物を与えていたのよ。その苦労が実ったの」

頭を鈍器で殴られた気分だ。ぐらぐらと脳が揺すぶられ気持ちが悪い。不快な声が更に追い討ちをかける。

「婚約者も用意しているから早く戻っ……」

力の限り地面へ投げつけると携帯の画面はひび割れブラックアウトした。不快な声はもう聞こえないはずのに、脳内でこだまする。
怒り、憎しみ、悲しみも何もかも疲れた。
今は死んだように眠ってしまいたい。

相変わらず体調は優れない。少しでもすっきりしようとオーダーしたエスプレッソは味がしない。まるで水を飲んでいるみたいだ。

「よお」

急に背後から声をかけられ振り返ると、艶やかな黒髪の男が立っていた。知らない男は不敵な笑みを浮かべている。いつの間に背後に居たのだろう。全く気配を感じなかった。
 流れる様に隣の席に座ると『同じもんを』とコーヒーをオーダーした。

「お前を家に連れ帰る」

男は味わって飲む事をせず、ぐいっと飲み干す。
次に気がついた時には、既に店から出ていて俵のように担がれていた。

「え、ちょっと」

少しの間、記憶が無い。この男に何かされたのは確実だ。悔しい事に全く分からなかった。

「もう目が覚めたのか」

懐かしい景色が流れる光景に、カフェでの言葉を思い出した。あの家に連れていかれる。ぞわぞわと背筋を這う不快感。なんとかこの場から離れようと全力でもがく。

「大人しくしとけ。折るぞ」

何をと聞くほど馬鹿ではない。言われた通りに大人しくする。
力ではこの男には叶わない。あの家と関係があるならこの男も、呪術師だろう。呪力さえ奪ってしまえば隙を見て逃げることは可能かもしれない。

「自分で歩けるから降ろして」

「信用ならねぇな」

「逃げたりなんかしないから」

渋々降ろそうと屈む男の唇めがけて自分の唇を押し付けた。これでいつものように奪ってしまえばいい。

「何しやがんだ。このアバズレ」

がしりと顎を捕まれ、ぴくりとも動く事が出来ない。おかしい。いつものように呪力を奪う事が出来ない。

「残念だったな。俺には効かねぇよ」

悪戯な笑みを浮かべ、今度は男が噛み付いた。優しさなんて一欠片もなく荒々しい口付けは徐々に激しさを増す。口内を荒らすように動く舌に捉えられ逃げられない。
ずるりと力が抜け、重力に従い崩れ落ちると男は満足そうに口元を拭った。

「自分で歩くんだろ」

ついに来てしまった。敷地内へ踏み入れようとする足は鉛のように重い。脳内では子どもの頃に飽きる程聞いた夫婦喧嘩が再生される。

「早くしろ」

痺れを切らした男に半ば引きずられるように連行される。

「遅かったじゃない」

最後に見た日より老け込んだ母親が目の前に現れた。

「依頼通り傷一つねぇ」

「約束通り報酬は二倍よ」

自分の事なのにどこか他人事に感じる。報酬金を受け取る男をぼんやりと眺める。

「何よそれ。仕舞いなさい」

男はいつの間にか刃物を持っていた。脇差しのような物を母親に向けている。

「ここを滅ぼせば、また金が入るんでね」

この男は最初からこれが狙いだ。その中で、ついでに私を連れてきたのだ。
ただならぬ気配を察知して飛び出た父親と応戦する男は余裕そうだ。目に見えて分かる力の差に母親は青ざめている。

「貴女も、戦いなさい」

どんと背中を押され、ぷつりと何かが切れる音がした。自分でも何の音かは分からない。ただ、笑いが止まらない。込み上げてくるものを抑えきれず笑い続ける。

「ねぇ、協力するから連れてって」

母親の金切り声と父親が何か言っているがどうでもいい。目の前の男に集中する。

「嫌いじゃねぇな。お前みたいな女」

 どくりと音を立て心臓が跳ねた。




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