「どうぞ」
ワインはもっぱら白だ。しかも甘口ばかり飲んでしまう。目の前に出された赤ワインを飲み切る事ができるか不安になる。
「ありがとうございます」
グラスを揺らして香りを楽しみ、ゆっくりと口に含むと渋味が広がった。フルボディなだけあってコクがあるのだと思う。
残念ながら赤ワインを語れるほどの知識は私にはない。
「口に合いませんでしたか」
ここの家主である七海健人は心配そうな表情でこちらを見ている。こんな顔をさせたいわけじゃない。
七海の部屋に初訪問するきっかけとなったのは、任務終わりの車の中だった。
「いいお肉が手に入りました。一緒にどうですか」
思いもよらぬ誘いにハンドルを握る手は強くなる。ひそかに想いを寄せていた相手からの誘いだ。嬉しくないわけがない。
「私でいいんですか」
「もちろん。いつもお世話になっているので」
じわりと手に汗をかきハンドルから手が滑ってしまいそうだ。
心臓もばくばくと音を立て七海に聞こえてしまわないか不安になる。
「今夜、うちでどうですか」
驚き過ぎてブレーキを踏んでしまった。
反射的に踏んだブレーキで車はぐんと揺れ、急停車した事に七海は何事かと驚いた。
「ど、動物が……」
いっぱいいっぱいで、やっとのこと出た言い訳は虚しく終わった。
口に合わないかと心配する七海に何か言わなければと焦る。彼が作ってくれたローストビーフは絶品で、ソースも手作りだ。
この料理に合うようにワインもチョイスしたはずだ。何もかも完璧な料理に文句の付けようがない。
私が赤ワインを味わえる人だったならこんな事にはならなかったのだ。
「とても美味しいですよ。ありがとうございます」
「そうだといいのですが」
長い綺麗な指でグラスを掴みワインを飲む七海はさまになる。美しい絵画を眺めている気分だ。
ずいっと七海が顔を寄せ、至近距離に美しい顔が広がる。その光景に口がぱくぱくと動くだけで声は出ない。まるで金魚のようだ。顔も赤くなっているかもしれない。
「ワイン、無理していませんか」
ばれていた。苦手な事を感じさせないように飲んでいたはずだった。あっさりと見破られた事により罪悪感が胸に広がる。
「実は白ワインしか飲めなくて」
「そうですか」
顎に手を当て考える仕草をする七海を見て、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。楽しめる女じゃなくてごめんなさい。
「少し待っていてくださいね」
去り際に頭を撫でた七海の手の感触に、今度は違う感情で胸の中が埋め尽くされる。
今日は心臓にとって慌ただしい一日だ。きっと過労死するかもしれない。
「これならどうでしょう」
目の前に置かれたグラスは赤い色をしている。
しゅわしゅわと泡を立てている事から炭酸が入っているのだろう。
「赤ワインのカクテルです」
赤ワインをジンジャーエールで割ったお酒らしく、飲んでみると思っていた以上にあっさり飲めた。
これなら楽しく飲めるに違いない。
「美味しい」
「キティ。子猫でも飲めるお酒だそうです」
目を細めて優しく笑う七海に胸が騒がしく、どうしようもない。
この人はきっといい旦那になるだろう。その横に居るであろうまだ見ぬ嫁に嫉妬する。その感情に蓋をするようにグラスを握った。
「いくらでも飲めそうです」
食器を下げる七海を手伝おうと立ち上がるとぐらりと視界が揺れた。
酔いが回っている。飲み過ぎてしまった。倒れるのだけは避けなければとその場に座り込んだ。
「大丈夫ですか」
「ついつい飲み過ぎました」
七海は座り込んだ私と目を合わせるようにしゃがむ。ぐっと距離が近まり酔いの火照りとは言えないほど身体が熱くなる。
「男の家で酔うのは危険ですよ」
七海の香りを近くで感じ、するりと頬を撫でられ、心臓は悲鳴を上げる。
「七海さんだから……」
もうこのまま伝えてしまおうか。酔った勢いに任せ、普段言い出せない二文字の言葉を酒の力を借りて。
「私も貴女だから上げたんですけどね」
期待してしまう発言にごくりと喉が鳴る。もう言葉は喉元まで来ている。後は声に出すだけだ。
「……七海さんっ……」
七海の人差し指に唇を塞がれ、続きは声にならなかった。
指に全神経が集中する。指一本それだけなのに、もの凄く情欲的に感じる。
「愛しています」
私もだと目の前の唇に自分の唇を押し付ける。
少し驚いた顔をした七海が可愛いくて、ぱくりと唇を啄んだ。
「続きは寝室で」
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