心が折れる音を聞いた事があるだろうか。
私が心が折れた時には無音だった。
バキッやポキッと鳴ると思っていたけれど、私の音は違ったらしい。

避けられない呪いの類。奇声を発しながらこちらへ向かってくる。
私はまがりなりにも呪術師だった。
あの頃は努力すればどうにでもなると思い、高専の授業も真摯に向き合っていた。
周りはめきめきと力をつけ、才能を開花する。
その中で私は大きな分厚い壁にぶち当たった。
努力だけではどうにもならない己の限界だ。
任務先で予想外に格上の呪霊に遭遇し、命からがら生き延びた時には痛感した。もう無理だと。

「何をしているんですか」

急に目の前に影が出来たかと思うと、がっしりとした身体にスーツを纏った金髪の男が立っていた。
そうだ、私は呪霊と対峙していたのだ。

「なぜ戦わないのですか」

そう言って、男は拳一つで呪霊を片付た。
瞬きをしていたら見逃していただろう。
まるで私を知っているように話す口調が引っかかり、昔の記憶を掘り起こしてみてもピンとこない。

「すみません。ありがとうございました」

感謝の意を述べて頭を下げるも、なかなか相手の反応はない。呆れた様子を感じ、頭を上げると男はサングラス越しにじっとこちらを見ていた。

「覚えていませんか」

なんと、男は後輩の七海健人だった。
綺麗と可愛いの間に生きていた後輩は、今はもうすっかり立派な男。変わらない髪質も、鋭くなった瞳も、言われてみればあの頃の七海の面影がある。
懐かしい気持ちと共に、どくりと苦い感情も込み上げ自然と笑顔は引きつった。

「気付かなくてごめん。想像以上にいい男になってたものだから」

「それはどうも」

七海に見つめられると、どうも逸らす事ができない。そのままでいると『戦わないのですか』とまた問われた。
死のうと思っていた訳ではない。ブランクも含め、ギリギリ勝てる相手だったと思う。

「昔みたいには戦えないかな」

下手くそな笑顔をしていたのだろう。
なんとも言えない顔をした七海に、ちくりと胸が痛んだ。

「助けて」

叫び声と助けを求める声が聞こえ、空気が張り詰める。すかさず声のした方へ七海は走り出し、その背中はどんどん小さくなっていく。
私の足が止まっている間に、七海の背中はそろそろ見えなくなりそうだ。
声は子どもの声にも聞こえた。
そういえば、最初の任務で助けた人も子どもだった。
あの時のありがとうにどれほど救われたか。
なぜ、大切にしていたものを忘れていたのだろう。私は何をしているんだ。そう思った時には走り出し、七海の背中を追っていた。

「はっや……」

猛スピードで駆ける七海を追う事しかできず、着いた頃には七海が祓い解決していた。
体力の衰えとヒールの高さを恨みながら息を整えていると、すっと目の前に手が差し出された。

「戻って来ませんか」

私は自分にできる事をすれば良いのだ。

「……そうだね」

才能やセンスに悩んでも仕方がないと七海の手を握れば、ぎゅっと握り返された。
呪術師を頑張ろうと思ったきっかけを大切にし、もう一度やってみよう。
それにしても、七海は長い間手を取っている気がする。何か意図があるのだろうか。

「離さないの?」

「離しません」

七海の考えがいまいち分からない。
返事に困っていると七海は『冗談です』と手を離し歩き出した。

「鈍った身体にはトレーニングが必要ですね」

ぐさりと痛い事を言う七海は心なしか楽しそうにも見える。懐かしい思い出が一気に蘇り、歳を取ったと時の流れをひしひしと感じる。

「青春時代に戻ったみたい」

「それなら、甘酸っぱい体験もしてみますか」

あの頃を思い出させる可愛い七海に、じわりと心が暖かくなり、返事をする代わりに手を取った。
人の世に道は一つということはない。道は百も千も万もある。とある幕末の志士を思い出した。

おかえり、青春。




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