「トリックオアトリート」

らしくもない言葉を口にした。いつもなら馬鹿らしいと流すであろうイベント。

「珍しいね」

はい、と手渡されたのはチョコレート。まだあるよと鞄の中から次々と出てくるお菓子にため息がでた。

「お酒の入ったのしか持ってないんだ。ごめんね」

たしか、以前そのような話をしてきた気がする。ウイスキーやワイン、日本酒などがチョコレートに入ったのが好きだと。ちょうどこの時期から店頭に並び始める。目についた種類を全部買ったであろう量が目の前に積み上げられた。

一粒だけ口に運んで噛むと、どろりと中からブランデーが溢れた。舌先がじわりと痺れる。
いまいち酒の美味しさが分からない。目の前のこの人は洋酒を好き好んで飲む人だ。大人になれば美味しく感じるのだろうか。

「お菓子がなかったら、どんな悪戯してくるつもりだったの?」

やっぱり美味しいと、二粒めへと伸びた手を掴まえた。

「口でも塞いでやろうと思ってました」

彼女の手の甲に唇を押し付けた。本当にらしくない。彼女とキスがしたかった。

「トリックオアトリート」

まさか彼女が言うとは思ってなかった。もちろん何も持っていない。どんな悪戯がくるのか。もしや、と期待する自分に笑った。

「柔らかいね。肌すごく綺麗で羨ましい」

伸びてきた両手は頬にある。そこまで力は入れられてない。ぷにぷにと感触を楽しむように摘んだり伸ばしたり、完全に遊ばれている状況に落胆する。

「もう十分でしょう。辞めてください」

ごめんごめんと言いながら手は辞めない。次第に近づいてくる顔は凄く楽しそうにしている。
目の前いっぱいに彼女の顔。泣きたくなるくらい優しいこの笑顔が好きだ。恵くん、と名前を呼ばれどくりと心臓が高鳴る。

「大人になるの待ってるよ」

額に押し付けられた柔らかさが酷く心地よかった。

「覚悟しといて下さい」






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