どうして私には両親が居ないのだろう。この世界は幼い私に試練を与えた。産声を上げ生を受けた瞬間は覚えていないのだが、ここ数年徐々に前世の記憶を取り戻しつつある。
私は名字家に引き取られた。ここは一般家庭とは異なる。私を実の孫の様に可愛がってくれていた祖父が組長なのだ。政宗の父親は若くして母親と共に交通事故で他界した。
祖父は政宗を若頭と考えていたが、彼の兄が猛反対し元々継ぐ気のなかった政宗は私を連れて家を出た。
顔も見ぬ政宗の兄とやらがゆくゆくは名字組を仕切るのだろう。

「俺はさ、お前に嘘はつけないんだわ」

兄は優しく頭を撫でながら続けた。

「生い立ちや境遇が違っても俺達は家族だ。血の繋がりとか関係ない。兄妹だ」

政宗の兄が若頭になると、定期的に遊びに行っていた実家に顔を出す事も無くなった。



何時もより明るい空が視界に入り、時計に目をやると起床予定時間はとうの昔に過ぎていた。
学校は間に合うが朝食の支度がピンチである。慌てて着替えキッチンに向かうと既に良い香りが広がっていた。

「おはよう。よく寝れたか」

似合わない可愛いエプロンにフライパンを握った政宗は、上機嫌に菜箸を指揮者の様に踊らせている。

「ごめん。寝過ごした」

「たまには良いって。いつもお前が作ってくれてんじゃん。ちと焦げたけど飯食ってから学校な」

政宗の作った目玉焼きは確かに白身は焦げてガリガリだ。目玉焼きは絶対半熟派だけれど、それなりに美味しかった。
今日は政宗は仕事が休み。滅多にないこの機会を優先したいが、お前は学校に行け。と言うばかりだ。たまにはサボっても良いではないか。この年代の勉強は覚えているので問題では無いのに。そんな事、政宗は知らないので言うわけにもいかないが。

「鍵空いてたから勝手に入っちまったわ。髪切ってくんね?いい感じに」

身支度を整えていると、政宗の友人の声がした。佐野真一郎だ。この人と関わる様になってから兄の仕事場にはガラの悪いお兄様達がたまに来店する。
前まではお姉様達が多かったのだけれど。

「来るなら事前に連絡しろよな。直ぐ来れる距離じゃないだろ」

「ツーリングしたかったんだよ。妹ちゃんは学校か。気をつけてな」

「今晩は兄ちゃん特製カレーだかんな。腹空かせとけよ」

忙しなく飛び交う言葉に仕方なしにはーい。と間延びした返事をして学校へ向かった。
少し前を歩く同じクラスの子達の話が耳に入る。〇〇ちゃんは誰が好きだとか、誰と誰が付き合っているだとか、もうどこまで済ませただとか。
やはり、どうしても自分の同年代は子どもに見える。自分も同じ子どもなのだけれど。
この頃ってウンチって単語だけで笑い転げる年頃だ。それなりに演じるとすれば、この単語でゲラゲラと笑ってみせないとだな。と真っ青な空を眺めた。



「あんたさ、政宗くんの何なわけ?」

綺麗に髪を巻いてバサバサな睫毛で飾った女は、目を見開いている。
何と言われても妹なわけで、それ以上でもそれ以下でもない。
政宗が定期的にメンテナンスしてくれているおかげで綺麗に纏まっている髪をこの女は掴んだ。

「政宗くんに色目使ってるんでしょ」

ぐいぐいと引っ張られ頭皮が悲鳴を上げそうだ。違うと言っても興奮状態で聞く耳を持たず、女は更にヒートアップするばかりだ。似合うと選んでくれたスカートも、容姿も存在も全否定。
何かもう面倒だ。なる様にしかならないのだ人生は。

「嫉妬は見苦しいよ。政宗が選んだのは私。それだけの事」

女は一瞬フリーズしたのち、言葉にならない叫び声を上げ走り去った。
遊ぶ女はもっと吟味してほしい。女誑しな所どうにかしてほい。
同級生の子達より発達が良く、背丈もそれなりだ。化粧だって覚えているし、落ち着いている。なんたって中身は立派な大人である。
妹には見えないのは仕方がない。本当の子どもらしく振る舞うのが無理なのだ。

そうだ、髪を切ろう。かっこいい女になって先程の女でさえも丸め込めるくらいイケメンになろうではないか。可愛いよりも綺麗目な部類に入る顔立ちを生かす時が来たのだ。

「え、髪切んの…何で、めっちゃ綺麗に伸ばしてんのに」

帰宅早々ばっさり髪を切ってくれと頼むと政宗は動揺していた。

「男からなめられなくて、女の子からは怖がられない感じで短く切ってよ」

何かを察したのか、良いよと政宗は長い髪の毛にハサミを入れる。はらはらと床に散ってゆく髪は傷みなんて知らないように艶やかだ。
スッと頭が軽くなり、短くなったんだと実感する。少しでも変わりたくてカラーも入れることにした。

「どうよ」

鏡を見るとさっぱり短くなった自分が居た。思ったよりばっさりいったが前下がりな髪型は中性的で悪くない。

「名前にはこれも似合うな。ちなみに後ろは軽く刈り上げた」

これからはパンツスタイルに変更しよう。ユニセックスなこれならもう政宗を好きな女達から絡まれる事も少なくなるだろう。

「かっこいい?」

想定してなかった回答なのか、きょとんとしてから政宗は笑いながら答えた。

「あまりの美少年で嫉妬するわ」

くしゃりと笑う顔は十も上に見えない可愛らしいものだった。
ゆくゆくは独立した政宗の店でネイリストとして働きたい。最短での資格獲得と今後のプランを練らねばならない。


 
 


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