真新しいランドセルを背負った同級生達が、楽しそうに会話を弾ませ学校へ向かう。
三度目の大きな欠伸をした万次郎は、少し先に停められた黒塗りの高級車に目が止まった。
中から人の降りる気配はない。通学路の異様な光景に万次郎は、目を逸らす事が出来なかった。
結局何事もなく、その車はゆっくりと動き出し、学校の校門を通り過ぎた。どんどん小さくなるシルエットに好奇心が勝り、学校などどうでも良くなった万次郎は車の消えた方へと走り出した。

「ポチ、私の言う事聞いて」

追い付いた。全速力で追い掛けた車は遊具も無く、ごく稀に老人が散歩するくらいしか人の利用のない寂しい公園に停車していた。
声の主は万次郎と同じ様にランドセルを背負っており、自分と同じ小学生なのがわかる。

「送迎はしなくて良いって言ってるでしょ。今日は仕方なく送られてあげたけど、学校の近くは話が違う」

「いや、しかし…お嬢…」

柄物のシャツにリーゼント頭の男は、お嬢と呼ばれた女の子にはっきりしない態度を取っている。

「私の言う事にはハイかイエスだけ。それとも犬らしくワンって言いたいの?」

じっと男を見つめ、男の両肩に手を置いた。見つめ合う二人の空気は異質で、ますます見入ってしまう。
すっと女の子が動いたかと思うと、次の瞬間には男が地面へ転がっていた。それは一瞬の出来事だった。蹴り上げた足を地面に戻すと一言。

「ポチ、伏せ」

なぜか男は目を輝かせ地面にうつ伏せになった。それを確認した女の子は男の上に座りそのまま後ろから男の首をか細い腕で締め上げた。

「何度も言ってるでしょ」

お嬢と嬉しそうに声を上げる男を万次郎は理解が出来なかった。何であいつ女にやられっぱなしで喜んでいるんだと。

「金輪際、送迎は必要ないから。私は今から学校に行く。ポチは帰って」

ひらひらと手を振って消える女の子。その後ろ姿を見送り渋々と帰る男。いつも遅刻ばかりしていたが、今日は早くに登校してラッキーだと万次郎は思った。
けれど、もう一時間目の授業は始まっている。給食だけ食えればいいと万次郎はゆっくり学校へ向かった。

後に判明したのだが、あの子がしていたのは足払いとヘッドロック。
そしてソレをされて喜ぶあの男はイイ趣味してるってやつらしい。



「お嬢様みたいな格好の髪の長い女知らない?」

給食を食べ終えた万次郎は同じクラスの女の子に適当に話しかけた。

「お嬢様みたいな子かぁ。あ、隣のクラスの名字さんじゃないかなぁ」

この前の女の子は自分より身長が高かった。その為、万次郎は高学年だと思いそちらのクラスばかり探しに行っていた。思わぬ落とし穴である。

「ありがと」

そうと決まれば行くしかない。万次郎は隣のクラスへと走り出した。休み時間もう終わっちゃうよと聞こえたが、関係なかった。

この前の女の子らしき人物は窓側の席で静かに読書している。周りの奴らは名字さんに何の用事だろうと騒ついていた。

「お前さ、」

「もう休み時間終わりますよ」

ぱたりと本を閉じて顔を上げた。独特な雰囲気を放つ彼女に、万次郎は言葉に詰まった。

「次、音楽室なの。ごきげんよう」

万次郎の事など気にする事もなく、教室を出ていった彼女にますます興味が湧く。見えなくなった後ろ姿に放課後こそは捕まえてやると意気込む。今日一番に夢中になった万次郎だった。



名前はなかなか掴みどころがない女だった。登校中、休み時間、下校時間、どの時間に捕まえても、ごきげんようと軽くあしらわれる。

「そんな避けなくていいじゃん。お嬢様はヘッドロックとかしねーだろ、普通」

「ちょっと」

名前は万次郎の手を取り足早に歩き出した。取り乱した姿が面白くて万次郎はげらげらと笑った。

楽しそうに遊ぶ子供達の声が遠くから聞こえる。この時間帯に誰も立ち寄る事はなく、体育館倉庫裏には万次郎と名字名前の二人だけ。ぱっと手を離すと名前は振り返った。

「見てたの?」

いつもの澄ました表情とすると、少し気まずそうな顔は万次郎には新鮮だった。そっかぁ。と少し考える素振りを見せる。

「私ね、お嬢様に憧れてるの。お嬢様はあんな事しないよね。だから見なかった事にしてくれないかな。みんなには知られたくない」

「別にいいよ」

あっさりと了承した万次郎が意外だったのか、名前はぱちくりと目を見開いた。
万次郎は嫌だった。こんなに面白い女が他の誰かに知られる事が。今だけは自分だけが知っていれば良い。そして、自分だけのもので良いと思った。

「言わない。だから、今日からお前は俺のもんだ」

それはつまり友達の意味なのか。はたまた少女漫画の様な展開のお前は俺の女な意味なのか。名前は前者だと解釈した。マイキーと呼べと言われたのでそう呼ぶ事にする。

「オー!マイキー」

「は?」

「何でもない。呼んだだけ」

名前の友達第1号は「やっぱ変な奴」と心底楽しそうに笑った。

 

 


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