名字政宗が死んだ。
偶然立ち寄った人気のない路地裏で男に襲われていた女を見かけ、助けた。その時は何事も無く終わったが、数日後、その男含めた武装したグループに政宗は襲われた。政宗は喧嘩は強い方ではなかった。大勢に囲まれ、バットや鉄パイプなどで襲われれば打開する策もなかったであろう。

政宗がこの世を去ってから3ヶ月、なにもやる気が起きず店も閉めていた。名前は散らかった自室を見て、ひとつため息を付いた。片付けよう。そして、2人の大切な店も綺麗にせねばと。手始めに長らく開けていなかったカーテンに手を伸ばすと、眩しい世界が視界に入る。泣くだけ泣いたのだ。もう前に進まなければならない。

美容師の政宗とネイリストの名前で立ち上げたサロンは、あの日のまま時間が止まっていた。政宗のこだわった内装は至る所に埃が積もっている。床は最後に掃くとして、照明や棚など上の方から掃除を始める。
ひたすら夢中に名前は作業を進める。どのくらい集中していたのか、名前が手を止めた時には店内はほぼ綺麗になっていた。

「失礼します」

ガチャリとドアを開け男が店内に入ってきた。上品にオーダーメイドのスーツを着こなし眼鏡を掛けた男は名前の前で立ち止まった。

「営業はしていませんよ。再開は未定です」

何も知らずに来店したのか、政宗の客であろう男に名前は素っ気なく言い放った。男はにっこりと笑みを浮かべている。

「迎えに来ましたよ。ボス」

見ず知らずの男が迎えに来る意味も、ボスと呼ばれる意味も名前には分からなかった。処理できず、考えあぐねていると男はふっと笑った。

「早く行きましょう」

名前は何となく察した。この男は自分に政宗を重ねているのだと。自分と同じ様に心に深い傷を負っている。名前の知らない政宗を知っているこの男に、激しく興味が湧いた。

「行っても良いけれど、私は政宗では無いよ」

「知っています。彼の最後の肉親である名前さんに会いに来たのですから。目元がそっくりで直ぐ分かりましたよ」

血の繋がりも無く、肉親と呼べるほど近くもないけれど、政宗に似ていると言われ名前は嬉しかった。
さあ、と外へ促す男に従うと店の前にはフルスモークの車が停まっていた。こんな所に目立つ車を停めて…。なんて思いながら名前は店に鍵をかけた。

「私の事はA介と。やり取りはこのアプリを経由して下さい。身に危険が及べばこのアプリは即消去で。カモフラージュに何気ない日常会話はこちらで」

車に乗るや否や、手渡された携帯の説明が始まる。A介は楽しそうに説明している。警察に捕まりそうになったら消せと言われ名前は苦笑すると、その辺の大学生みたいな男とルームミラー越しに目が合った。

「A介さんは法律にも詳しいし頭もいいんすよ。まじ憧れです」

名前は何となくそんな感じがした。ファーストコンタクトからそうだ。運転手の男が興奮気味にA介の活躍ぶりを話しているが、要約するとA介はインテリヤクザだ。その彼が名前をボスと呼ぶならどうする。何かとんでもない事に巻き込まれているのではと名前は頭を抱えた。

「私は彼が名字組の頭になれば一生ついて行くつもりでした。彼にその気なんて無かったのですが、それでも良くしてくれて…」

ぽつりぽつりと話し出したA介の表情は曇っている。そろそろ着きますよー。と間延びした声が聞こえると、A介はスイッチを切り替えたかの様に元に戻った。

「一仕事して来ます」

何やら立派なビルの前で停車した。これから
A介が何をするのかも分からず、遠くなる背中を眺め名前は後部座席で悩んだ。

「あの、悪いんですけど次の仕事あるんで…」

「あ、ごめん。気を付けて」

そそくさと降りれば大学生らしき男はハザードで合図をして消えて行った。見知らぬ地で1人。景色を眺めるのも数分で終わり、近くを探索するのも気が引ける。どうするかとパーカーのポケットに手を入れれば店の鍵とライターがカチャリと音を立てた。

「喫煙所あるかな…」

A介の消えたビルの近場のそれらしきスペースへ名前は足を進めた。
ガラス越しに揺れる木を眺めながら一本手に取り、火をつけ深く吸い込む。ゆっくり吐き出し紫煙をくゆらす。
A介は政宗の知り合いなのは分かった。そして今現在はどの組にも属していない事も。そこまで考えたがもういいかと名前は放棄し、結局する事もないので3本目の煙草へと火を付けた。

「先客いんのかよ」

苛立ちを含んだ声がする方を見ると、変わったメッシュカラーの髪をきっちりとセットした男が立っていた。質の良いスーツのポケットに手を入れ、がさがさと探る。目的の物が見つけられず男は溜息をついた。

「まじ最悪」

煙草を忘れたのか更に苛立ちが増す男に名前は煙草を箱ごと差し出した。銘柄が違えば吸いたく無いかもしれないがヤニ切れならば仕方あるまい。今すぐにでも補給したいであろうと考えたのだ。

「アメスピかよ…」

少し残念そうな顔をした男は、悪いなと煙草を一本引き抜いた。すかさずライターを顔の前に差し出す名前に男はふっと笑った。

特に話す事も無ければ気まずい。そろそろ退室しようと、じゅっと火を消して名前はドアに手をかけた。

「お前さ…」

ガチャリと勢いよく空いたドアに2人は一瞬驚いた。名前は硬直し、男は言葉に詰まった。ドアを開けたのは少し息を上げたA介だった。

「こんな所に居たんですね。帰りますよ」

何も言わずに帰るのも気が引け、男に軽くお辞儀でもして帰ろうかと振り返ると、あからさまに不機嫌な顔をした男が目に入った。男は名前は視界に入っていないのかA介を睨む様に見ている。それとなく会釈し、名前は喫煙所を後にした。

最後の煙を吐き出した男は、先程から鳴り響く携帯を怠そうに取った。

「総会屋に先越された。株主総会に出席していた田中って男について調べてくれ」



 


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