「それなりに身なりを整えましょう」

風呂だって毎日入っていると言うのに、A介という男はまるで名前が汚いかの様に言い放った。外出を渋る名前を引っ張り出し、連れ回した。
美容室では、佐藤様のお連れ様ですから腕によりをかけてと丁重に扱われ、ショップでは特にこだわりのない名前にA介のセンスで色々と買い与えられた。どれも質の良いものばかりだ。

「流石に気が引けるよ」

「私達の上に立つお方ですから、それなりにして頂かないと困ります」

結局は甘えてしまい名前はA介の好意として全てを受け取った。伸びてバランスの悪かった髪の毛は政宗が切ってくれていた髪型と寸分の狂いもなく再現されている。
沢山のショップ袋の中身を着る事もなく、いつも通りパーカーにスラックスとラフな格好に落ち着いてしまい、機会があればと全て仕舞った。

A介から渡されたスマホに通知が来たのが視界に入り、確認するとこの前車を運転していた大学生風な男からだった。【助けてください】この文章と現在地のマップが添付されている。確認すると近くだったので名前はそのまま向かう事にした。

「あ、来てくださったんですね」

案外けろっとしており名前は来た事を少し後悔した。そんなの気にする事もなく男は続けた。

「この家の子、うちの店で働いてるんですけど昨日から音信不通なんすよー」

この男、K太郎と言うが大学生では無く経営者だった。この様な事ならA介なら簡単に解決してしまいそうだが、今は仕事が立て込んでいるらしく頼れない。そこで名前に連絡したらしい。出るかなーとインターホンを押すと1人の女が出てきた。

「どちら様ですか」

「初めまして。ヒメちゃん居る?連絡取れなくて困ってるんだよねー」

出てきた女は同居人らしく、少し苛立ちを含んだ声で知らない居ないの一点張りだ。彼女から死角の名前はK太郎と目が合うとジェスチャーで訴えた。話を繋げておけ、時間を稼げと。どうやら伝わったらしくK太郎は名前へとウインクを飛ばした。

「ヒメちゃんも可愛いけど、君も可愛いねー。名前はー?」

K太郎の時間稼ぎが始まり、外観を見て回るとトイレの窓が少し空いているのに気付いた。幅的にも高さ的にも問題なさそうだ。名前は外から窓を開け、室外機を踏み台に窓から侵入した。部屋は何部屋かあり、どれが彼女の部屋か分からない。焦りつつも慎重に行動していると、奥の部屋の扉のイニシャルに気が付いた。ゆっくりドアを開けると、そこは可愛らしい女の子の部屋。
何か手掛かりがあるはずだとあたりを見渡すが、特にめぼしいものがない。
ふと目をやったゴミ箱が気になり、捨てられた名刺を拾い上げ、ポケットに仕舞う。そろそろ時間的にもまずい。名前は部屋を後にし脱出を急いだ。

「もう、しつこいんですけど。ヒメは居ません。帰って下さい」

痺れを切らした女の子にK太郎は焦っていた。もう稼ぐだけ稼いだのだ。もうこちらの言葉に聞く耳は持たず、ドアと鍵を閉められてしまった。

「ボスー。どこですかー」

辺りを見渡しながら小声でK太郎は名前を探した。ちゃっかり車に乗って居た名前を見て慌ててK太郎も車に乗った。

「まさか侵入したんですか。ヒヤヒヤしましたよ」

「とりあえず帰ろう」

そうっすねー。とK太郎は車を発進させた。先程まで名前が侵入していた家のカーテンの隙間から動き出す車を男がじっと見ていた。

「お前、あの男知ってるか?」

塞がれた口で女は上手く返事は出来ず、全力で頭を左右に振った。
軽く確認済の施錠されたこの家に手慣れた手付きで部屋に侵入してきたあの男は、この前の総会屋の連れだ。あの頃とすると幾分顔色が良さそうだった。
軽く調べたが半グレ集団のリーダーがアイツだとしか分からない。目障りなら消すのみ。珍しく他人に興味が湧き、少し惜しい気もして男は笑った。



「この子から手を引いた方がいい」

仕事を片付けたA介にK太郎はすぐさま相談した。名前の持ち帰った名刺を見た途端、A介は顔を歪めた。

「K太郎の店の子は梵天と関わりがある」

「それはまずいな。稼ぎ頭だったのに仕方ないっすねー」

名前は2人の会話がいまいち分からなかった。ただ勢いで不法侵入した件はA介には知られないようにせねば。K太郎に釘を刺しておかねばならない。

「そういえばボス侵入したんすよ。しかも上手くてビビりました」

思ったそばからK太郎、お前って奴は…
引きつる笑顔のA介とは目も合わさず名前は明後日の方を見た。本日の営業は終了しました。もう何も聞こえません。


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