よく言えばアンティーク。悪く言えばボロい。知らない天井に一瞬時が止まる。ハメを外したのだろうか。ワンナイトの単語が頭をよぎる。寝ているベッドはセミダブルで自分一人だけ。相手は居ない。シャワーでも浴びているのだろうか。
「おや、起こしたかな」
声のする方へ視線を向けると、白髪で腰の曲がった老人が見える。慌てて飛び起きると、すっと血の気が引くような感覚が襲い、ぐらりと身体が揺れた。
「大丈夫かい?まだ本調子じゃないんだろう。ゆっくりしなさい」
この老人とワンナイトはあり得ないだろう。状況を整理しなければ。何も分からないこの状況を把握しているのはこの人だけだ。聞きたい事は山ほどある。普段なら話す順序を組み立ててから口に出すけれど、今はそれどころではなかった。
「おじいさん、聞きたい事が…」
おかしい。自分の発した声の低さが。ここまで低く無かったはずだ。口元へ無意識に運んだ手の違和感にも気付いた。すらりと長い指ではあるが節々がしっかりしている。爪は短く綺麗に切り揃えられており、綺麗な男の人の手のようだと感じた。
部屋の隅に置かれた姿見が視界に入り、慌てて向かうとそこには想像とかけ離れた姿が映っていた。
「男じゃん…」
ゆるいウェーブのかかった茶髪の青年は自分なのだろうか。ぺたぺたと触ってみても感覚は正常だ。ごくりと生唾を飲めば喉仏が上下した。
「信じられないかもしれないが…」
老人はゆっくりと話し出した。
♢
驚いた。社会人だったはずの名前は気がつくと知らない部屋に寝ていた。これだけでも信じがたいが。部屋に訪れていた老人は後見人の祖父で、名字名前は15歳の少女であった。重要なのは過去形である。この部屋は名前が1人で暮らしていたのだ。幼くして両親を亡くし、それでも逞しく生きようと日々頑張っていたと祖父は語っていた。祖父に迷惑をかけたくなく治験のバイトに行ってこのような結果らしい。
第2の人生がスタートした事に驚き、次は男の子としてリスタート。やけにリアルな夢を見ているみたいだ。
何かあったら頼れと祖父は残して帰った。地方に住む祖父は中々こちらまで来る事は難しい。いつでもおいでと渡された住所のメモは手帳に挟んで本棚へしまった。
通帳を確認すれば数百万記帳されていた。これだけでは心許ない。早急に職を探さねばならない。本来ならば高校生であるが…
そう言えば治験のバイト先から貰ったであろう封筒をひっくり返すとばらばらと色々なものが散らばった。ぽろっと飛び出した学生証はちゃんと男の表記だ。中には契約書も入っている。小さな研究所の名前の書かれたそれは薬の効果はおおよそ20年と書かれていた。小さく注意書きで必ず元の性別に戻るとは限りませんとある。
「まじかぁ」
名前はどこか吹っ切れたように笑った。戻った時の事はその時に考えよう。今は男として1から始めよう。世間が認めるイケメンかはわからないが、自分好みの顔立ちである。この生活も楽しめそうな気がする。ガチャリと鍵をかけ雲ひとつない空の下を歩き出した。
入学式まで数日、必需品の買い出しとバイト探しで名前は忙しくなりそうだ。