身上明細書
相浦 維重(変更前:あいうら ただしげ)『基本情報』
愛知出身。男。花が開いたような役者顔。中性的な雰囲気と、些か童顔であるからか年齢よりも若く見られがちである。白い肌と目の下に薄っすらとある
表情の変化が乏しい見た目に相応しい冷静さと猜疑心の持ち主だが、自身が『守りたい』と判断した者には後先や利益を度外視して保護する面も。善にも悪にも「やられたらやり返す」という意識が強く、頭に血が上ってしまうと周りのことが見えなくなるため喧嘩時には数人がかりで制止しなければならないこともしばしば。
好物は味噌煮、苦手なものは「暗所であり閉所でもある場所」。
『入隊記録』
早くに父親を失い、母親と祖母に育てられるも貧しい家庭環境に堪えかねて第三師団に入隊。
「家族に楽をさせてやりたい」という思いからの行動だったが、短気な性格が災いして『違反者』だったため給与は雀の涙ほどであった。そんな折に「北海道は儲かる」との噂を聞き、第七師団に転属したい旨を申告。自身を買ってくれていた上官の手助けもあり、何度目かの嘆願の末に異例の転属が認められる。第三師団を後にする日まで、自身の肌の白さと、第七師団の通称号が「熊」であることから「白熊」の渾名で揶揄われた。
第七師団でも相変らず『違反者』ではあったが日露戦争・二〇三高地で大きく貢献した功績を認められ「一等卒」に進級。しかし上官数人への暴行が原因で「二等卒」に降等し、懲罰の一環として鶴見の小隊に移動させられた。その後も営倉(懲罰房)で過ごす時間の多さから『最底辺』の渾名で呼ばれ続けるが、
『特筆事項』
幼少期に母親の不注意によって熱湯を被ったことで大火傷を負い、上半身の前面(特に鎖骨から鳩尾辺り)が焼け爛れている。傷自体になんの影響もないが「体に染みついた習慣」らしく、上半身に包帯を巻く行為は現在も続いている。
度々起こる「幻聴」と「記憶障害」に悩まされ、一時期は「不眠症」まで患ったものの、現在は症状が落ち着いた様子。とある条件下において喘息に似た症状を訴えることがある。
普段からは考えられないほど強い訛りで話している場面が数度目撃されているが「記憶にない」と言い切るため、その詳細は不明である。
