夢を叶えるために
夢を見ていた。家族が一人、また一人と引き裂かれていく――いつもの悪夢を。これはきっと神様や仏様が「しっかりしなさい」と言っているのだろう。もしくは「自分の役目を忘れるべからず」と注意してくれているのかもしれない。ああそうだ。私には、どうしてでもやらなくてはいけないことがあるのだ。怖いからといって逃げてばかりでは何も始まらない。
「あッ、目を覚ました!」
決意を新たに目を開くと、そこには複数の女の人が居た。慌てて部屋を出て行った人の顔は見られなかったけれど、こちらを向いている人の顔はどれも見覚えがない。それなのに「良かった、心配したんだよ」「気分はどうだい?」と、みんなが口々に言うものだから私は少し戸惑ってしまった。
「なんで――、ッ」
口から飛び出そうとした疑問は、突如として後頭部を襲った鈍い痛みによって掻き消された。固いもので殴られたような、頭の中にどっしりと響く痛み。その箇所を探ろうと手を動かしたら、両隣から両手首を掴まれてしまった。理由を聞くよりも早く「また暴れる気なら止しとくれ」と首を振られたけれど、正直、身に覚えがない。「そんなことはしない」と言いたくても頭は痛むし、私の手首を掴んでいる二人の女の人が怯えた表情で私を見ているものだから、どうにも身動きが取れずにいる。何があったのかを聞こうと思っても、私が声をかけると何故かみんな黙り込んでしまう。
「お前さん、まさか……覚えてないのかい? あれだけのことをしておいて、」
「え?」
「ちょっとッ! 余計なこと言うんじゃないよ!」
「えっ? えぇ?」
左手首を掴んでいる女の人が焦った様子で、右手首を掴んでいる人を止めていた。かと思えば困ったような、それでも笑顔に寄せた表情で「傷に障るから大人しくしてなよ」と言ってくれた。
一体、何があったのだろうか。もしかすると、あの夢がよほど恐ろしくて、うなされた私が暴れてしまったのかもしれない。もしも、その拍子に誰かを傷付けてしまっていたのだとしたら少しでも早くその人に謝らなくては。
そう思うのに、ここが何処で、どうしてここに寝ているのかすらも思い出せない。おまけに頭が痛むせいで声を出すことも億劫だと感じる。それに何とか抗ってみても「う」や「い」といった呻き声が言葉の節々に混ざってしまうことは避けられなかった。
「何を言われたって分からないし、アタシは何も知らないよ。だから、これ以上の面倒ごとに巻き込まないでおくれ」
左側に居る女の人の言葉は、私に対しての不満で溢れていた。私には全く分からない内容であるにもかかわらず、苛立ちや不安だけはありありと伝わってくる。少しでも解消してあげたくて「人違いだ」と伝えようとしても、私を見下ろす冷たい瞳がそれを許してはくれなかった。
とはいえ、本当に身に覚えがないものをどう反省したらいいのか。どこに気持ちを置いたらいいのかも分からないままに謝ってはみたものの、当然ながら居た堪れない空気が変わることはなかった。となれば、今の私に出来ることは人形のように大人しく黙っておくことなのだろう。
「何が起こってるのかアタシにもよく分からないけどさ、無理に思い出そうとしなくてもいいんじゃないかい?」
「……」
「早く忘れちまった方がいいから、思い出せないのかもしれないよ」
右側に居る女の人の言葉は、私を気遣うものだった。心配そうな表情や瞳からもそれを感じ取ることが出来たし、私の手首を畳に縫い付けている力だって右の方が弱かった。その気持ちに少しでも応えたくて小さく頷いて返すと、女の人は一安心した様子で口元を緩めてくれた。
「辛いなら、もうちょっと寝ておきなよ。迎えが来たら起こしたげるから」
「むかえ?」
「あの額当てをした兵隊さんのことさ。お前さんとこのお偉いさんなんだろ?」
「えっ?」
「エッ?」
不安の混じった高い声が聞こえて、私は後悔した。やっと安心させることが出来たと思ったのに、またしてもその表情を鈍らせてしまったらしい。ただし今度は私も同じように顔をしかめていただろうから、私が目覚めた時のような大きな不安はなかったと思いたい。
それにしても『兵隊さん』の、それも『お偉いさん』だなんて。私が知っている兵隊様は、父様と兄様の二人だけだ。けれど父様は、私が生まれる前に亡くなっている。だから私のことが分かるのは兄様だけのはず――ということは。
「兄様、が……」
そっと声に出してみると、実感がより深いものになった。心臓が早鐘を打つのと同時に、口でしか呼吸が出来ないほどの喜びが湧き上がる。
ああそうか。兄様は幼い頃から誰にでも自慢出来るくらい立派な人だったのだから、偉い立場の人になっていてもおかしくはない。父様を戦争で亡くしているにもかかわらず家族を守るために兵隊様になることを決めた兄様と、何年振りの再会になるのだろう。死んでしまったかもしれないと考えたことは一度もなかったけれど、それでもこうして無事だと知ることが出来たのは本当に嬉しい。
「ああほら、ちょうど来たみたいだよ」
「!」
耳をすませば確かに。遠くで聞こえる話し声に続いて、階段を上っているのだろう足音が近付いてくる。どうして複数人の足音がするのかは分からないけれど、その先頭を歩いている音が兄様のものに違いない。
漸く、幼い頃からあんなにも焦がれた兄様と対面することが出来るのだ。やはり最初は家族から預かっている言葉を伝えるべきだろうか。それよりも前に、ずっと探していたことや会いたかったことを伝えてもいいだろうか。何にせよ最後は「一緒に家に帰りましょう」と伝えて、出来ることなら手を繋ぎたい。もう二度と離れ離れにはなりたくない。
今度こそ家族みんなで仲良く過ごせるようになるのだと思うと、早くも涙がこぼれそうだった。
「入ってもいいかな?」
足音が止むと同時に襖の向こうから低い声が聞こえてきた。ああ遂に、私の夢が叶う時が来たのだ。
初めて聞く兄様の声に感動すら覚えながら、私は震える声で「はい」と答えた。次の瞬間に襖が大きく開いて、その向こうに居たのは、
「だれえ?」
兄様ではなかったことに驚いた私の疑問など少しも気にしていない素振りで「無事に目が覚めたようだな」と言ったその人は、嬉しくて仕方が無いと言わんばかりにニッコリと笑っていた。
