身体中を取り巻く心地良い倦怠感に抗えないまま、ゆっくりと呼吸をする。空気を吸い込む度に、隣で同じように寝転んでいる彼の匂いがした。
素性も生活も、何もかもを知らない彼を感じられる、数少ない要素の一つ。

「そういえばよォ、最初出会った時に『ダリア』って名乗ったのは何でだ?」
「その花が大好きだからよ」
「それは見りゃあ分かるぜ、この部屋ン中もそればかりだしなァ」
「じゃあ、どうしてそんなことを聞くの?」
「ちょっとした好奇心ってやつだ。それとも、これは“ルール違反”か?」

私の髪を指先で遊ばせながら確認を取る彼に、少しだけ考えた後で「いいえ」と答えて、お返しに彼の胸元をそっと撫でた。トクトクと鳴る落ち着いた鼓動に合わせて、少しだけ汗ばんでいる肌に指の腹を滑らせる。

私を指名する時のルール、それは『詮索しないこと』。
私は誰かに深入りしたくないし、誰かから深入りしてほしくもない。その為にわざわざ・・・・コールガールになったんだから。
「それはね、私がダリアみたいだからよ」と答えると案の定、不思議そうな表情が返ってきた。けれど相手が彼だからなのか、いつもよりも気分が良い。もはや何人に説明したか分からない内容を、少しだけ新鮮に感じるほどに。

「ナポレオンって知ってるでしょ? 彼の前妻がね、庭に咲いている花の中でもダリアを特に愛でていたの。独り占めするくらい大好きだったし、とても愛していたのよ」
「……」
「でもある日、使用人の一人がこっそり球根を掘り出して持って行ってしまった。それを知った夫人はどうしたと思う?」

彼を見上げながら問い掛ければ、思案するように瞳を上へと動かすのが見えた。でも彼の返答を待っている時間は無い。だって、あと10分で終わってしまう・・・・・・から。

「飽きてしまったのよ。今まで執着してた事が嘘みたいに、興味を無くしてしまったの」
「ほぉ。それが『自分みたい』だと思う理由って事か?」
「そう、私は花と一緒なの。だって花も、咲いている瞬間しか愛してもらえないのよ」

みんな此処に来て、私を買って、時間になれば帰って行く。何の後腐れも無い、気にすら留めない関係。下手をすれば記憶にすら残らないかもしれない。
でもそれで、いい。それがいいの。
本当かどうか確かめようのない愛の言葉なんかより、手に取って見えた方が――そういう形・・・・・になった方が、何百倍も『愛されている』と実感出来るから。
お金で買えないものなんて、無いんだから。

「愛、ねぇ……探し方は人それぞれだろうが、おめーはそんな中でも随分と“直接的”な道を選んだワケだ」
「ええ。だって、体の相性が最悪だったら百年の恋だって冷めてしまうじゃない」
「ククク、確かになあ。そいつはかなり重要なポイントだと思うぜ、オレもよォ」
「でしょ? 因みに、あなたとの相性は悪くないわ。たった数回だけど、お互いの気持ち良くなれる場所をきちんと理解出来ているから」

そう言いながら彼の頬を撫でると、彼は面白くてたまらないと言った様子で「アヒャヒャ」と笑っていた。
放っておけばたっぷり数分は笑っていそうな彼に「自惚れが過ぎたかしら」と聞かせれば、私を憐れむような――まるで恋人に微笑みかけるような、ヤケに優しい顔で溜息を吐いた。

「いいや。こんな所に居て、そっちからルールを持ち出した割には、随分と夢見てるんだなと思っただけだ」
「そりゃあ人間だもの、夢くらい見るわ」
「ちげーねぇ! それならもう少し、」
「待って、シャワーを浴びないつもり? それとも、延長してくれるの? まさかとは思うけれど『あと5分もありゃあイける』なんて言わないわよねえ?」

彼の腰に両足を巻き付けるようにしてキツく固定すると、私の胸元に埋めた頭がクツクツと揺れて「しょうがねーなあああ」と聞こえた。そう言う割には追加料金を払うつもりは全く無いらしい。実に呆気無く私の足を引き剥がして、シャワールームの方に行ってしまったから。
案外と淡白な彼の背中を見送りながら漏れた溜息に、どんな意味があるかなんて興味ない。そんな事よりも、この後の予定を確認する方が大事だもの。
私はいつものように、自分の携帯に手を伸ばした。


もっと もっと 愛が欲しいの


彼がシャワールームから出てくるまで、あと少し。
連絡を受けた男達が侵入して来て、彼の自由を奪うまで――あと、ちょっと。
そしたら、咲き乱れていない・・・・・・・・私でも、愛してくれるんでしょう?

ダリアの花言葉……『感謝』『気品』『栄華』
『移り気』『不安定』『裏切り』