道行く女性のムネだとかオシリだとかを見ながらハナの下を伸ばして、不健全な事を考えているとしか思えない表情で笑うのだ。
『男なんだから当たり前だ、彼は至って健全だ』なんて。私のお父さんは胸を張って言っていたけど、それを聞いていたお母さんにキツく睨まれて、大きな体を縮こめていたんだからやっぱり、あまり褒められた事じゃあないんだろう。
でも。そんな事が気にならなくなるくらい、勇ましくて、かっこいい出来事があった。
あれは私が小学生の時だ。いつものように学校から帰っていると、近所で有名な狂犬(犬種はオーストラリアン・シェパード)が柵を飛び超えて来た。
ヨダレを垂らしながら近付いてくる大きな犬が怖くて、固まっていた私の後ろから――それも、わざわざ自分の家の中から飛び出してまで助けてくれたポルナレフの背中を見て、恐怖とは違った胸の高鳴りを感じた。
それからだ。
あんなにもだらしなくて、とてもかっこいいポルナレフをしっかりと意識するようになったのは。
だけど私は、彼とは違って……ほんの少しの勇気も無かった。
どうにかして仲良くなれないかと試行錯誤を繰り返している間に、沢山の日にちが経って。それでも私達の仲は全く進展せず、私が心変わりする事もなく。強いて違いを挙げるなら、ポルナレフの家に可愛い女の子が生まれた事くらいだ。
妹のシェリーがすくすく育っていくのを微笑ましく眺めながら、その隣に居るポルナレフをチラチラと見るだけで精一杯だった。
――でも。そんな私に、またしても
泣きながら家を飛び出していくシェリーを見掛けた私は、考えるよりも先に彼女を追いかけていた。引っ込み思案の私にしては珍しいその行動は、多大な功績を残した。
私達の間で『ポルナレフの熱帯魚事件』と呼ばれているあの出来事は、シェリーと親友になるキッカケをくれたのだから。
今ではすっかり大人っぽくなってしまったシェリーを眺めていると、悪戯っぽく笑うのが見えた。
「ねーえ? 私はいつになったら、ナマエの事を『お姉ちゃん』って呼べるようになるの?」
「えッ、ええぇ!? ま、待ってよ、急にどうしたのシェリー?」
ぼんやりと思い出に浸っていた所から急に引き戻されて、ケーキを食べようと動かしていた右手からフォークが滑り落ちそうになる。その勢いのまま上ずった声で問い掛ければ、シェリーはおかしそうに笑った。
「お兄ちゃんのこと、嫌いになった?」
「そんな、まさか!」
「じゃあ、もっとお兄ちゃんにアピールするべきよ! 他の子とくっついちゃってもいいの?」
「もう、さっきから酷いわシェリー! それが出来なくて、毎日悩んでいるのを知ってるクセに……」
「だからよ! 私に任せて、いい考えがあるのッ!」
自信たっぷりに笑う彼女に恨めし気な視線を送りながらケーキを頬張ったのが、ついさっきの事だ。
そう、私は『シェリーとランチを食べに来た』のだ。逆に言えば、そのつもりでしかなかった。まさかポルナレフが来る予定になっていたなんて。
「……」
心の準備すら出来ていない私は、普段以上に何も話せなかった。
今までに話した内容といえば、席を外したシェリーの事と、もう私達は食事を済ませた、という二言、三言だけ。
この様子を何処かから見ているシェリーがしびれを切らして戻って来るまでずっとこのままなのだろうかと思うと、なんとも居た堪れない気分になる。その所為で自然と顔が下を向いて――右の頬に、慣れない感覚がした。
それは、私一人じゃあ絶対に付けない種類の耳飾り。それも、右側にだけ付けた「ギザギザに割れたハートのピアス」こそが、シェリーの言った『
たしかに、話を聞いた時は「わあ、素敵!」と言ったけれど。あれは、いつかやりたいと思ったからであって「今すぐやれ」と言われたなら、もうちょっと考えて返事をしたのに――
「やっぱりそうだ。今までそんなピアスしてなかったよなあ?」
「えっ? え、ええ……そうね、つい最近貰ったものだから」
「ほーう? 自分で買ったとしたら『センスねーな』と言うつもりだったが……貰ったのなら、そいつのセンスが悪いってこったな」
漸く出来た会話の内容にガッカリもしたけれど、それ以上にシェリーが悪く言われているようで悲しくなった。それも私の為にしてくれた事だから尚更に。
事情を知らないポルナレフは、きっと撤回してくれない。だからといって私が折れる訳にはいかないと、普段よりも少しだけ強い口調になる。
「それ以上の悪口はやめて、ポルナレフ」
「悪口じゃあねぇ、本気でそう思うから言ってるんだ。可愛いかどうかはともかく、絶対にいつものやつの方が良い」
「ちょっとッ、――え?」
「あんたには全く似合ってねーよ。出掛ける前に鏡はよーく見た方がいいぜ?」
私がいつもしてるピアスは小さくて透明で、目立つようなものじゃない。髪にも隠れているから、ちょっと見ただけじゃ気付かれないのに。
「しかも割れたハートが片方だけってのもなぁ……両方ならまだ分からんでもないが。何で片方しか付けてねーんだ?」
「それは……その、半分ずつで……だから、」
「なにぃ〜〜ッ? ボソボソ喋るなって、よく聞こえねーだろうが」
「!」
『ポルナレフが私の事をちゃんと見ていてくれた』という事実だけで、顔から火が出てしまいそうなのに。不用意に体を近付けてくるものだから、嬉しさやら驚きやらでもう、どうして良いか分からなくなってしまった。
「もう、……もういいわよ、どうせ私には似合ってないんだから両方ともアンタにあげるわ! このッ、ポルナレフの、分からず屋!」
ポカンとしているポルナレフの前でピアスを外して、カバンの中に隠していたもう片方もテーブルの上に乗せて。
おかしな捨てゼリフを残して、私は逃げ帰ってきたのだった。
その次の日。
シェリーと一緒になって食事に誘いに来てくれた彼の両耳には、あのハートのピアスがしっかりと付いていた。
ペアピアスなのに1人で着けている彼と、それなのに不思議と似合っている事がおかしくて……暫くは笑いが止まらなかった。