私は平凡な人間だった。いや、それにも満たない、畜生にも劣る生き物だ。
昔からずっと。勿論、今も変わらずに。

「例えばさ、自分の左右にスポーツカーがあるとするでしょ? それから『よーいドン』で一斉に走る。そしたら私が必死に足を動かしたところで――何ならフライングしたところで、絶対に勝てないでしょ」

人生なんてそんなものだ。少なくとも私にとっては。
私が転ばないように意気込みながらきつく靴紐を結んでいる辺りで、周りにいる非凡なやつらがドンドンと進んでいってしまう。いくら「待って」と叫んでも、手を伸ばしても、変わらない。
「自分はあんな風じゃなくて良かった」と満足感を与えるためだけの踏み台にしかなれない。

それなのに。生憎と私は、しっかりとした感情と自我を持っていた。だからそういう・・・・目にあえば悔しいと感じたし、涙もこぼれた。
誰かに言われた「その悔しさをバネにすれば変われる」という言葉を信じて努力だってした。けれど、何も変わらなかった。それなのに、待っているのは「努力が足りなかったんだろ」という言葉の暴力だった。
そんな環境でどうやって「よっしゃ、次も頑張ろう!」と思えると、思うのだろうか。どんなに追い打ちを掛けられたところで、やる気がなくなるだけなのに。
いや、きっと違うんだろう。多分、私が卑屈なだけだ。どれだけ頑張ったって無理だと分かった途端にやる気がなくなってしまうのも、私が欠陥品だという証拠に違いない。

「それと一緒で『この人には何をしても勝てない』って、心の底から思い知ったの。だから抵抗しなかった……そしたら、なんか、こんな事になっちゃった」

私は今、日本へ戻っている最中だ。そんな私の手の中にあるのは、拳銃だけ。
ずっしりと重いソレは妙に冷たくて。それも相俟って、手に吸い付く感じがした。産まれて初めて触るものだからか、自分とは一生縁がない物だと思っていたからか――使い方を知らない子供のように両手の中でクルクルと弄んでしまっている。
「ふとした拍子に銃が発射されて死んでしまったらどうしよう」と恐れているのに、何故かその手を止められなかった。

「ああほら、DIO様がよく言うみたいにさ、思ったんだよ。『無駄なんだ』って」

自信のない言葉とは裏腹に、強く言い切る事が出来たのはDIO様のおかげだ。あの人の事を思うと何故だか力が湧いてくる。私でも出来るんだと、勇気が持てる。
そう思わせてくれるDIO様を喜ばせたい。こんな私にも「必要だ」と言ってくれたDIO様の役に立ちたい――そう、強く思う。この気持ちはきっと、隣を歩いている花京院くんも同じだろうに。
どうして彼は、さっきから私の事を、虫ケラでも見るような眼で見てくるのだろうか。


この前まではその意味が分からなかった。けれど今は、はっきりと分かる。
彼はどれだけ苦しくても、どんなに辛くても、自分の意思で生きる事を選べるくらいに強かったんだ。だってDIO様や、空条承太郎たちと同じ『力』を持っていたんだから。
彼は心の中で、私の事を、ずっとバカにしていたんだ――と。
そう思ったら、体が勝手に諦めていた・・・・・・・・・・

「駄目だ、なまえさんッ……!」

体がダルい。熱い。目の前がチカチカとしている。
それは教室の蛍光灯が切れかかったような明滅で。私の視界なのに、私じゃない誰かが瞬きをしているようでもあった。そんな視界の中央に陣取る花京院くんはやかましく、意味の分からない言葉を叫び続けている。
ああ、鬱陶しい。「黙れ」と言って、引っ叩いてやりたい。

「そんな、どうしてこんな事をッ……!」
「……?」

彼は「諦める事が悪であるか」のような口振りで、私を責めた。
ああ、うるさいなぁ、黙っててよ。非凡なアンタに何が分かるんだ。

「う、……ッぎり、もの……」

私、知ってるよ。その泣きそうな目も、困った眉も、焦っている声も、全部ウソだって。
だって聞いちゃったんだから。「エジプトに行く」って。空条承太郎たちあんなやつらと一緒に行動する気なんだって。DIO様から「殺してこい」って言われたのに、寝返ったんだ。裏切ったんだ。
だから、私が邪魔になったんでしょ?

それでさっき「実はぼくと一緒に送られてきた子が居る」って、私の存在をバラしたんでしょ。雑魚の私に同情して、DIO様の事を聞き出そうとでもしたんでしょ。そして全部終わったら、私なんか存在していなかったかのように殺すつもりだったんでしょ。
それなのに、何で。手間が減って嬉しいクセに何で、放っておいてくれないの。

「どうして……ぼくはずっと、きみ救いたくて――」
「……」


情けは人の為ならず・・・


「この世の中には『持つ者』と『持たざる者』が居る」と、DIO様が言ってくれた。
認められた事なんて初めてだったし、必死に頑張ったけれど……やっぱり。
どんなに足掻いたって、私は『持たざる者』でしかないんだね。