「ねぇダニエル、カードを貸して欲しいの」

彼女は今日も唐突にやって来て、挨拶も無しに用件だけを口にする。そして純粋でありながらも確固たる意思を感じる瞳で私を見上げてくる。投げ掛ける声や口調こそ大人しいが「答えは『YES』しか許さない」と言わんばかりに、何処か絶対的・・・であった。
幾ら私が力には自信が無いとはいえ、大人の男と少女の体躯ならば、どちらが勝つかなど一目瞭然だ。私が負ける訳が無い。
そう分かってはいるが、今まで彼女の申し出を拒否出来た試しが無い。

それは今日も同じようで――期待に満ちた瞳に促されるままにカードを1組、彼女に差し出す。すると、実に嬉しそうに「ありがとう!」と笑って、手を振りながら走り去って行った。
だがそれから数分もしない内に再び彼女はやってきて、同じ要求をした。その要求にもすんなりと応えてやったというのに、だ。またしても彼女はやってきた。
だから私も、セキュリティシールの貼られた最後のストックを差し出した。

「ああ、構わない――が」

ただし今までのように直ぐに手を離す事はせず、受け取ろうとした彼女と同等の力で箱を掴み続ける。

「これで3組目だ。一体何に使っているんだね?」
「ふふ、気になる?」
「こう何度も来られては、気にならない方が不思議だ」

細やかなものではあったが、初めての抵抗だった。それだけでも変に緊張しているというのに、彼女が無言を貫いたままだという事も、私を見上げる瞳から感情を読み取る事が出来ない事も、焦りを加速させる。その所為で無意識の内にゴクリと唾液を飲み込むと同時に、彼女が笑った。
「それもそうね、じゃあ一緒に行きましょ」と、カードを掴んでいた手が私の手首を掴んで、強く引いた。
それに対して抵抗しようなどとは思わずに。ただ柔らかくも、刺すように冷たい彼女の手を感じながら大人しく足を動かした。


「借りて来たわ、テレンス!」

何処かの部屋の扉を押し開けながら発した彼女の言葉に『ゲッ、あいつも居るのか』と思ったものだが――向こうに広がる景色が見えた瞬間、その気分は多少軽減された。
この部屋だけ内装が小綺麗だったからでも、それが私好みだったからでもない。部屋の真ん中付近に位置する場所で、正確にはそこに敷いてある絨毯の上で「両膝を着いて前屈みになっている何ともマヌケな姿の弟」が見えたからだ。

喉元まで上がってきた笑いが飛び出すより早く、やつが睨むような視線を投げて来たのだが、その大部分を占めていたのはどうやら彼女らしい。その彼女はといえば扉を開けた時に両手を大きく広げた格好のままで、抜き足差し足を使うほど慎重になりながら部屋の中へと向かっていた。

「今更気を遣って頂かなくても結構、もう手遅れですから」

トゲを含んだセリフと共にゆっくりと立ち上がったテレンスが、分かりやすく溜息を吐いて見せた。

「あなたという人は、さっきも同じ事をしたじゃあないですか」
「えぇーと……もしかしなくても、怒ってる?」
「ええ。控えめに言っても結構な具合で」
「本当にごめんなさい、でも信じて? わざとじゃないの」
「何せ3度目ですからね、俄かには信じ難い。そう誓えますか?」
「ええ、調べてもらって構わないわ」
「……フム、驚くべき事にどうやら本当のようですね」

弟の背後に現れたスタンドによって裏付けが取れたらしい。その事で尚更に呆れたと言わんばかりにもう一度、先程より深い溜息を吐き出した。彼女は何故か勝ち誇ったように両手を腰に当てて――即座に「威張る事じゃありませんよ」ときつく言われていたというのに、楽しそうに笑っていた。

そんな何でもないやり取り・・・・・・・・・だった。いや、だからこそだろうか。二人がやたらと親しげに見えた事が、妙に胸に引っ掛かって仕方がなかったのだ。
その所為で、此処から離れた方が良いと分かっていながら、私は愚かにも室内に足を踏み入れてしまっていた。

「タワーを作る為だったのか」
「そうよ。私一人だと高いものを作るのが難しいから、テレンスにも手伝ってもらっているの」
「……成る程」
「彼は手先がとても器用なのよ! さっきだって、あっという間に3段目までいったんだから」
「それどころか5段目を作り始めていましたよ。まぁ、あなたが入って来た瞬間に崩れてしまいましたがね」
「うッ」

絨毯の上に散らばるカードを彼女と二人で掻き集め始めたが、ずっと立ち尽くしたままのテレンスの様子から察するに『結構な苛立ち』を隠すつもりは更々無いらしい。挙句に「私は暇じゃあないんですよ」と追い打ちをかけられている。
それに対して申し訳無さそうな、不満そうな呻き声を上げる彼女に思わず「それくらいなら直ぐに出来るさ」と、口を挟んでしまっていた。

顔を上げずともテレンスがどういう表情をしているかは分かる。普段は争いも対立も避けてきた私がそうしなかっただけでも『面白くない』と眉を寄せているに違いない。それでも期待に満ちた視線と笑顔を向ける彼女を見ていると、不思議といつものように『引き下がろう』とは思えなかった。
器用さなら負けるつもりはない。いや負けたくないのだ、今ばかりは。

「では私も手伝いましょう」
「え? いいの、テレンス?」
「ええ、乗り掛かった船ですし……それに、その方が早く終わます」
「……そうだな」
「どうして終わらせたいの?」
「早くしないとティータイムが遅れてしまいますよ。ケーキは要らないと言うのなら別ですが」
「!」

私の向かい側で一緒になってカードを集め出したテレンスの言葉も、弾かれるようにしてそちらを向いてしまった彼女をうっかり視線で追ってしまった事も予想外ではあった。しかし、それをテレンスに見られ勝ち誇ったように鼻で笑われた事だけは、尚更に私を熱くさせた。

だが結果としては、積み上げる事が出来なかった。
繊細な作業を必要とするタワー作りだというのに鼻歌を歌い始めたり、お構い無しに勢いよく立ち上がったりと、あんなに邪魔をされてはとてもじゃあないが完成させる事など出来やしない。
そして何度注意しようと学ばない彼女の様子に『彼女は完成させる気が微塵も無いのだ』と気付いた私達が、負けず嫌いの私やテレンスが揃って匙を投げてしまう形で終わりを迎えたのだ。


「今日の所は、引き分けとしておきましょう」

無理矢理に私達を巻き込んだティータイムを過ごすなり、シエスタがどうのこうのと言ってベッドに入った彼女の背中を見ながらテレンスが小さく呟いた。

「そういう事になるか……全くもって気に食わないが」
「ええ、非常に癪ですがね。何もかもが」

静かにカップを片付けながら、弟は確かにそう言った。しかし溜息混じりの声とは裏腹に、ヤケに楽しげな表情だったのは恐らく見間違いではないのだろう。だからなのか。
ギャンブル以外でこうも楽しめたのは何年振りだろうかと、そう考えずには居られなかった。

2019.04.15 (サイト移転に伴い、手直し:2022.05.26)
佳穂様へ捧ぐ  あとがき