表情というのは実に面白いもので、時として言葉以上に気持ちを雄弁に語る。それは決して「喜怒哀楽」なんて単純ではなく、もっと複雑なものなのだと改めて思い知ったのは、あの子供が此処に来てからだ。
しかし子供を見てそう感じるよりも、その子供に寄り添われるDIO様を見てそう思う方が強かった。


「フム……」

光を隔離した部屋の中、そして最も暗い影の中から小さく聞こえてきた声の方へ意識を改める。
そこにDIO様がおられるからなのだが――思案するような声は聞こえるというのに、そのお姿は暗がりに包まれている所為で此処からでは様子を窺う事が出来ない。

『その銃でわたしを撃て』

数分前、そう言いながらテーブルにある散弾銃を指差したDIO様に従い、しっかりと構えて引鉄を引いた。
勿論、躊躇などありはしない。そして狙いも正確だった。
しかし、次の瞬間には銃口から大きく逸れた場所に立っておられた。

それからDIO様が望まれるままに繰り返したが結果は全て同じだった。
何時の間にか視線の先から居なくなってしまうばかりか、硬い音を立てながら床を転がる散弾の存在を認識した時、わたしの中で今まで以上に尊敬と畏怖の念が湧き上がるのを強く感じたものだ。

「やはり幻覚ではないらしい……例え数秒とはいえ『このDIOだけが動く事が出来る』というのは、悪くない気分だ」
「……」
「まさに、世界の頂点に立つに相応しい力だ――そうは思わないか?」

暗がりから抜け出しながら機嫌が良いと分かる声で問い掛けるDIO様の表情は笑っていたがやはり、あの子供が近くに居る時とは違うものだった。

あの子供がDIO様にとっての何であるかを詮索するつもりは微塵も無い。しかし『悪の帝王』と畏れられているこのお方が、あの子供と居る時だけはその身に纏う空気がガラリと変わるのだ。

「なあ、アイスよ」

頭の片隅で思考していた内容を掻き消すように飛んで来た声は重く、はっきりと――それでいて何処か急かすように、わたしを呼んでいた。わたしが返事をするよりも早く、DIO様の言葉が続いた事が何よりの証拠だろう。

「聞こえなかったのか? 『もう一度だ』と言ったのだ」
「はっ、すぐに――」

空になった薬莢を捨て、テーブルに置かれた実包へと手を伸ばしたのと同時だった。
突如として甲高い叫び声が聞こえたかと思えば、何やら鈍い衝撃がわたしの左足にぶつかり、そのまま絡み付いて締め付けてきたのだ。

下を見ずとも、それが何か・・・・・を理解するのは容易だった。しかし酷く取り乱している事を一瞬で理解させる、今にも泣き喚かんばかりに震えた声で訴えた言葉の意味を理解するのには、時間が必要だった。

「やっ、やめてください! でぃおに、ひどいこと、しないで!」
「……?」
「やだやだ、うっちゃ、やだあ……っ!」

何度も「嫌だ」と繰り返しながらわたしの足に縋る子供の言動から導き出される結論は一つしかない。事もあろうに、この子供は、わたしがDIO様を傷付けようとしていると勘違いしているのだ。
「そんな事をする訳がない」と強く言ってやりたい気持ちはあったが、銃を手にしたまま言ったところで説得力には欠けるのだろう。ただでさえこの子供はわたしの言動にイチイチ大袈裟な反応をするのだ。ならば、わたしが声を上げた瞬間に激しく泣き出すかもしれない。
仮にも今はDIO様の御前だ、それだけは何としても避けねばならん。

身動き一つ出来ないまま、指示を仰ごうとDIO様の方へ視線だけを向ける。と視界に入ったのは、片手で顔を隠しながら肩を震わせるお姿だった。
面白くて堪らないという様子を見せるDIO様に驚いたのも確かだが、それ以上に驚いたのは――

「ナマエ」

子供の名前を呼ぶDIO様の、恐ろしいまでに柔らかな声色だった。だが、その口振りはあまりにも自然であった。あの子供を見詰める口元が優しく緩んでいる事ですら、わたしの見間違いなのかもしれないと錯覚させられてしまいそうな程に。
それからDIO様はまるで体重など感じさせない気軽さでわたしの足から子供を引き離すと、我が子のように片腕で抱きながら、親指の腹で子供の目元を拭っておられた。

「大丈夫だ、安心しろ。アイスは本当に撃っていた訳ではない。その証拠にわたしは怪我をしていないだろう?」
「ほんと、だ……でっでも、たくさん、こわい音が、」
「それは空砲というやつでな、ジョークアイテムの一つだ」
「ジョーク、アイテム……」
「ああ。これはただの手品だったのだ」

漸く自らの予想が的外れであった事を理解したらしい。間抜けな表情を見せたかと思えば「よかった」と気が抜けたように笑い、次の瞬間には気まずそうに視線を彷徨わせながら、わたしに向けた謝罪を並べ始めた。だがDIO様が「下がっていいぞ、アイス」と仰るのなら、その声に従うべきだろう。
そう思い、深く頭を下げてから直ぐさまに部屋を後にしたのだが。

ああ、やはり。
にわかには信じがたい事だが、部屋を出る前に見えたDIO様は確かに『愛しくて仕方が無い』という表情をしておられた。これが本物の銃である事すら隠してまで危険から遠ざけようとなさるのだから、ただ見守りたいという訳でもないのだろう。

詮索するつもりは微塵も無い。しかしこれらの事実は確実に、そして着実に、わたしの中に小さな疑問のタネを蒔いていく。それらが芽吹く事は決して無いと断言出来るが、一度蒔かれてしまったものを無くす事も――そう簡単では無いようだ。