急転

その夜。
ホグワーツのハロウィーンの夜の晩餐は、そわそわと落ち着かないまま終わった。みんなが期待と興奮で口々に喋り合い「ダンブルドアはまだ食べ終わらないのか」という顔で教職員テーブルの真ん中に座ったダンブルドアを見遣ったりしていた。最も、こんな場に慣れっこな京華は平然とかぼちゃパイに舌づつみを打つ──筈だったのだが、緊張で体調を悪くした鳳凰の女友達(日本人はこういうのには滅法弱い。鳳凰がいくら精神面を鍛えていてもそれは仕方あるまい)の背中をずっと摩っていてそれどころでは無かった。京華の介抱のお陰もあり、デザートが消える15分前には彼女は大急ぎで糖蜜パイやかぼちゃパイをお腹に詰め込んでいた。
やがて、金の皿は何も無かったかのようにピカピカになり大広間のガヤガヤは一段と大きくなったが、ダンブルドアが立ち上がると一瞬で静かになった。

「ゴブレットは、ほぼ決定したようじゃ。儂の見込みでは、あと1分ほどじゃの。さて、代表選手の名前が呼ばれたら、その者は大広間の1番前まで来るのじゃ。教職員テーブルに沿って進み、隣の部屋に入るように」

ダンブルドアは、教職員テーブルの後ろにある扉を指差した。

「そこで、最初の指示が与えられるじゃろう」

最早、息をする者さえ居ないようだった。大広間には緊張が張りつめ、ダンブルドアが杖を振ったことによってくり抜き南瓜を残して後の蝋燭は全て消え、部屋は殆ど真っ暗になった。京華の右に座る龍臣と左に座る琴美(先程緊張で食べられなくなった女学生だ)の顔も、緊張と不安が入り混ざった表情をしている。京華は忍術の授業で闇の中でも直ぐに目を慣らせるよう訓練しているため、この暗闇でも周りの様子を見ることが出来た。生徒達の目線は、当然ながら青白い炎の燃えるゴブレットに注がれている。この暗さでは、青白さが余計に際立って目がチカチカしそうだった。
京華は中で様々な天体がぐるぐると回っている腕時計を見た。時刻は書かれておらず3本の針があるだけだが、京華はこれで分かるらしい。

「そろそろだ」と京華は両隣に聞こえるよう呟いた。

ゴブレットの炎が、突然紅くなった。紙を入れた時と同じように火花が飛び散り始め、次の瞬間、炎はより高くメラメラと燃え上がった。炎の舌先から、焦げた羊皮紙が1枚、ハラリと落ちてきた。全員が固唾を飲んだ。

「ダームストラングの代表は」

大広間の全員に聞こえるよう、はっきりした声でダンブルドアが読み上げた。

「ビクトール・クラム!」

大広間は、たちまち拍手と歓声の渦に巻き込まれた。指笛を鳴らす音も聞こえる。
クラムはスリザリンのテーブルから立ち上がり、前屈みになって(京華はそこで初めて、彼が猫背だったことを知った)教職員テーブルに沿って進み、後ろの扉の方へ消えた。

「ブラボー、ビクトール!」カルカロフ校長の声だ。
「わかっていたぞ。君がこうなるのは!」

拍手とお喋りは止んだ。今や、再び紅く燃え上がった炎に全員の関心が向けられていた。巻き上げられるようにして、2枚目の紙が中から飛び出した。羊皮紙ではなく日本製の白い紙からして、あれは鳳凰のものだろう。

「鳳凰の代表選手は」ダンブルドアが読み上げた。
「──キョウカ・ツチミカド!」

同じテーブルに座っていたハッフルパフの生徒を中心に、わっと歓声が上がった。
だが物静かなのが日本人だ。本人達はめいいっぱいの拍手をしているつもりでも、いまいち盛り上がりに欠ける。
京華はほっとしたような顔が強ばったような、奇妙な表情になりそうなのを堪えると、その現状を読み取って数秒後、悪戯っぽい笑みを浮かべた。龍臣は彼女が何か企んでいることを直感する。
京華は座っていた席から立ち上がり、その場でくるりと1回転──したかと思えば、来た時のように真っ白な龍に変身して見せた。
そのままするすると大広間の正面まで飛んで行くと、龍の姿のまま生徒達の方を向き、ゴオオオと蒼い炎を吹いてみせた。
生徒達からは悲鳴が上がるが、如何せん危険なことが大好きな魔法族だ。たちまち大広間は盛り上がり、大歓声と拍手に包まれながら京華は照れ臭そうな笑みを浮かべ、ちゃんと人間の姿で隣の部屋に消えた。

部屋は、魔女や魔法使いの肖像画がずらりと並ぶ小さめの部屋だった。京華が部屋に入ると、肖像画の魔女や魔法使いは、皆手を振ってくれたり、小さく拍手をしてくれたりしながら、暖炉のそばへ歩み寄る京華を見つめた。
暖炉から少し離れたところに、ビクトール・クラムは寄りかかって立っていた。クラムはチラリと京華に目線をやると、すぐにまた自分の思考に戻った。京華は小さく会釈をすると、自分も暖炉の近くに立った。

選ばれた……。自分は、代表選手に選ばれたのだ。日本にいる、そして今ここにいる鳳凰生の代表として、三大魔法学校対抗試合で戦うのだ。
選ばれた以上は、勝たなくては。この催しが、勝ち負けではなく友好を深めるためのものとはいえ、やはり勝ちたい。勝って、優勝杯を日本の鳳凰へ持ち帰りたい。真っ赤な鳥居を潜り、砂利道の間の黒曜石の石畳の道を進んだ先にある鳳凰の校舎の玄関に、是非ともあの優勝杯を飾ってみたい。初参加にして初優勝……こんな名誉なことがあるだろうか。

扉が開き、セドリックが入ってきた。セドリックは京華の姿を見ると微笑んだ。

「やあ、キョウカ」
「……選ばれたんだね」
「ああ……。君もね」

それ以上の言葉は交わさず、セドリックもまた暖炉の側に立った。後ろで腕を組み、じっと炎を見つめている。
それから少ししてまた扉が開いたので、京華はきっとダンブルドア達が入ってくると思って顔を上げた。だが──
入ってきたのは、他の誰でもない。
ハリー・ポッターだった。

ハリーの後から、せかせかした足取りでバグマンが部屋に入って来た。

「すごい!」バグマンが呟いた。
「いや、全く凄い!紳士諸君……淑女もお1人」

凄いって何が?という京華の疑問の答えは、直ぐに出た。

「ご紹介しよう──信じ難い事かもしれんが──三校対抗試合代表選手だ。4人目の」

京華の視界の端で、クラムがぴんと身を起こした。セドリックは途方に暮れている。

「ハリーの名前が、たった今『炎のゴブレット』から出てきたのだ!」

バグマンは興奮している様子だったが、当のハリー少年は酷く困惑した様子だった。自分でも事態がよく飲み込めていないらしい。

「しかし知っての通り、年齢制限は今年に限り特別安全措置として設けられたものだ。そして、ゴブレットの名前からハリーが出た……つまり、この段階で逃げ隠れは出来ないだろう。これは規則であり、ハリーには従う義務がある。……ハリーは、とにかくベストを尽くすほか、」

だが、バグマンの言葉はそれ以上続かなかった。ダンブルドアを先頭に、クラウチ、カルカロフ、絹江、ホグワーツの先生2人が入って来たのだ。厳格そうな顔つきの老魔女が扉を閉める前に、向こう側で何百人という生徒がワーワー騒ぐ音が聞こえた。
絹江は素早く京華の元にやって来た。その険しい表情が何を意味するのか、本当のことを京華だけが知っていた。

(あいつの手先が、動いた)

カルカロフ校長が憤怒の形相で口を開いた。

「ダンブルドア。これは、一体どういうことかな?ホグワーツの代表選手が、よもや2人とは──開催校は2人の代表選手を出しても良いとは、誰からも伺っていないが……それとも、私の規則の読み方が甘かったのですかな?」

カルカロフはブルーの瞳を、ダンブルドアとは似ても似つかない氷のようにしてギラつかせていた。

「ホグワーツが2人も代表選手を出すなどということは、到底許されるべきでない!あなた方もそうお考えでしょうな?」

カルカロフが絹江と京華に目線を注いだ。2人は考え込むように床に視線を向けていたが、京華がカルカロフに何か答えようとするより早く、ダンブルドアが口を開いた。

「ハリー」

ダンブルドアが、静かにハリーを見下ろした。

「ハリー、君は『炎のゴブレット』に名前を入れたのかね?」
「いいえ」
「上級生に頼んで『炎のゴブレット』に君の名前を入れたのかね?」
「いいえ」ハリーは激しい口調で答えた。
「こいつは嘘をついている!」カルカロフが叫んだ。
「この子が『年齢線』を越えることは出来なかった筈です」

老魔女がビシッと言った。

「そのことについては、皆さん、異論はないと──」
「ダンブルドアが『線』を間違えたのだ!」
「勿論、それは有り得ることじゃ」

ダンブルドアは礼儀正しく答えた。他の者達が議論を交わす間に、絹江は優しい顔でハリーをちょいちょいと手招きした。

「急にごめんなさいね」
「あの、僕、入れてないんです。一体何がどうなってるのか、僕にはさっぱり──」

焦ったように早口で弁明の言葉を紡ぐハリーの肩を、絹江は優しく叩いた。

「ええ、そのことについて疑いの余地は無いわ。アルバスの引いた線は魔法でどうにか出来るものでは無いもの」

絹江が自分を疑っていないということが分かり、ハリーはほっとしたように少しだけ肩の力を抜いた。

「あの、皆さん」

京華は1歩前に出ると、少し声を大きくして呼びかけた。その冷静な声に、大人達は揃って京華の方を見遣る。

「ハリー君がやっていないと言ったのをダンブルドア校長が信じた以上、私達もハリー君自身がゴブレットに名前を入れたという選択肢は捨てて然るべきです。よもやあの年齢線を14歳の魔法使いが破れるとお思いで?」
「その通りです」老魔女が深く頷いた。絹江が京華の後を引き継ぐ。
「それに、今ここでハリー君の名前がゴブレットから出てきた訳をあれこれと議論する必要も無いでしょう。結果はどうあれ、ゴブレットの炎がもう消えてしまった以上今回の大会は特例的に4人の選手で戦う以外ありませんわ」

絹江が至って落ち着き払った様子でそう言ったために、カルカロフもひとまず口を噤むしか無くなった。バグマンは全員が口を閉じていることを確認するようにぐるりと室内を見回すと、空気を切り替えるようにぱんと手を叩いて揉み手をした。

「さあ、それでは開始と行きましょう──バーティ、主催者として、代表選手へ第一の課題についての説明をお願いしたい」
「……ああ、よろしい。説明ですな」

京華はそこで、暗がりから進み出たクラウチ氏がワールドカップで見た時とは似ても似つかないような様子であることに気が付いた。大きな隈、痩せこけた頬、まるで病気かと疑いたくなるような有様だった。

「第一の課題は」声だけはあのキビキビしたものだ。
「君達の勇気を試すものだ。この場では詳しいことは伝えないこととする。なぜならば、未知のものに遭遇したときの勇気は魔法使いにとって非常に重要な資質であるからだ。課題は11月24日に全生徒、及び審査員の前で行われる。選手は競技の課題を完遂するに当たって、どのような形であれ先生方の援助を頼むことも受けることも許されない。選手は杖だけを武器として、最初の課題に立ち向かう。第一の課題が終了した後に、第二の課題についての情報が選手に与えられる。また、試合は過酷で時間のかかるものであるため、選手達は期末テストを免除される」

クラウチ氏はそこで言葉を切り、ダンブルドアの方を見た。

「アルバス、これで全部だと思うが」
「ああ、儂もそう思う」

ダンブルドアはどこか気遣わしげにクラウチ氏へそう返した。それを聞くと、カルカロフはクラムに合図して黙りこくったまま素早く部屋を出ていった。ダンブルドアはそれを見届けた後、絹江の方に向き直った。

「キヌエ、一緒に寝る前の1杯は如何かな?」
「まあ、いいわね」
「では、私は先に失礼していますね」

お休みなさい、と一言述べて頭を下げた京華は、一足先に部屋を後にした。
肌を刺すような寒空の下を飛行船に向かって歩きながら、京華は白く溜息を吐いた。ハリーに付かせていた式神(名もなき蝶々の式神だ)からは夜中ハリーが出歩いた等という連絡は勿論無かった。迂闊だった。まだ1学期が始まって間もないのに、誰が焦って直接危害を加えようというのだろう。だが──ちょっと待て。

「何故……?」

確かヴォルデモートの復讐にはハリー君の血とやらが必要である筈だ。もちろん、ハリーに危害を加えて血を回収することも出来なくはないが、そうするとダンブルドアに気付かれるリスクが格段に上がる……。

(……あれ?)

つまり、ヴォルデモート、及び死喰い人達はハリーを敢えて危険な大会に参加させ、そこで怪我をさせようというのだろうか。そこで血を回収する?いや、だがこの大会の競技は極めて過酷で危険だ。怪我だけして(しかも出血する擦り傷とか)命は無事のまま帰ってくる保証はどこにも無いではないか。

「……奇妙ね」

外であれこれ考えていたら、うっかり風邪を引きそうになった。まあ、これはまた明日考えることにしよう。
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