驚愕

京華の手の平には、1枚のお札が乗せられている。
その札からは白い煙が小さく上っており、その煙をスクリーンのようにして1人の生徒の顔が映し出されていた。

《土御門先生のお話がもうすぐ終わりそうです》

日本魔法界の独自系統の魔法の一種『御札おふだ』。
目的に合った用途のお札を手の平に乗せ、発動するための呪文を唱えることで効果を表す魔法具の一種だ。
今京華が使っているのは、鳳凰オリジナルの札だ。この学校に入学したとき、生徒手帖と共に配られるものの1つで、和紙でできたものが多い御札に対してこれは薄い杉の板で出来ている。普段は専用のカバーケースに生徒手帖と共に仕舞えるようになっている。
この御札は一般人の世界で言う携帯電話のようなもので、今京華がやっているように特定の生徒と顔を見ながら通話をしたり、手紙を書いてその内容を送ることもできる優れものだ。

「分かりました。連絡ありがとうございます」

相手の生徒は頷き、通話が終了すると煙はふっと消えた。
京華はそれと同時に電話帖から龍臣を呼び出す。

「今中等科の生徒会役員から連絡があった。もうすぐお話が終わるみたい」
「分かった」

龍臣は京華との通話を終了し、壇上の下手側、舞台裾の幕に隠れるようにして設置されている機材室から、マイクに似た形状の機械のスイッチを入れ、進行役の2人の生徒だけに聞こえるようにしてから指示を出す。

「中等科での土御門先生のお話がもうすぐ終わると連絡がありました。恐らくすぐに到着すると思うので、2人は紹介の方お願いします」

2人は返事をする変わりに、前に向き直って言葉を発した。

「えー、それでは続きまして、土御門学院長からのお話です」

ちょうど言い終わったところで、ホールの入り口に絹江が姿を現した。
大きな拍手の中、絹江は笑顔で壇上まで上がり、京華と同じように一礼し、教卓の前でまた一礼した。

「皆さん、おはようございます。長い間立っていてお疲れだと思いますけれど、もう少しだけ頑張ってくださいね」

そのまま絹江はいつものように、夏休みはどうだったか、○○がどうなったか、というようなごく普通のことを話した。
いよいよ生徒達の足が疲れ始め、何人かが立ったまま曲げ伸ばしをし始めたころ。
絹江は付け足すように衝撃的な事実を話した。

「ああ、そうそう。これが一番大事なことでした!我が鳳凰魔法魔術学院は──来年イギリスで100年ぶりに開かれる『三大魔法学校対抗試合』、トライ・ウィザード・トーナメントに参加することになりました」

一瞬の沈黙の後。

「「「……えーーっ!?」」」

ホールに、生徒の驚愕の声が響き渡った。

三大魔法学校対抗試合。
高等科1年のとき、世界呪術史の授業の初めの方で習った言葉。
ヨーロッパにおいて、イギリスのホグワーツ、ドイツのダームストラング、フランスのボーバトンの3校が、交友の意味を込めて行う危険な祭り。
記録によると前回の試合では、三校の校長全員が負傷するなどしており、昔はその大会で命を落とした生徒もいたという。
生徒達の困惑したようなざわめきが収まるのを待ってから、絹江は再び話し始める。

参加予定だったフランスの学校の校長が、重い病に倒れたということ。様々な話し合いが成されたが、フランスのボーバトン魔法アカデミーは結局参加を取り止めたのだということ。今さら大会そのものを中止する訳にも行かず、ボーバトンの代わりに別の魔法学校に参加要請することになったこと。ボーバトンの理事会で会長を勤めているのが絹江の夫で、その彼がボーバトンの代わりに自分の妻が校長を務める鳳凰を推したということ……。

そんな無茶な!
生徒の頭にはそんな言葉が浮かんだ。
所詮はヨーロッパのファンキーな魔法使い達が考え出した、常識外の危険な祭り。
危険だからと一世紀の間開催が見送られていたのに、何だって極東の国の自分たちが参加せにゃならんのだ。
見る分にはまだ良いとして、参加するともなれば話は180度変わってくる。

「この件については、既に先生方の許可は頂いています」

じろ、と全生徒に睨まれ、教員達は顔を引き攣らせた。お前ら何で許可なんかしたんだ、と。

「ですが皆さん、安心してください」

出来るかー!と全生徒が心の中で叫んだ。

「今回実に100年振りの開催ということで、ホグワーツ校校長にして英国魔法界の権威、アルバス・ダンブルドアさんが直々に安全策を講じて下さるそうです。また、安全策の1つとして、参加対象には年齢制限が設けられます。来年の10月30日の時点で17歳以上の生徒のみ参加資格が与えられます。詳しいことは追って担任の先生方からお話がありますので、そちらを聞いてください」



『鳳凰、三大魔法学校対抗試合に参戦決定!』

毎週金曜日に発行されている『週刊鳳凰』(週刊誌ではなく新聞だ)には、そんな見出しが踊った。
話によれば、どうやらこれから1年という期間をかけて、イギリスへ渡る代表選手の最終候補生を絞り込むらしい。
担任たちが上手いこと言ったのか、それとも本当に生徒達自身が沸いているのか。
どちらにせよ、校内は興奮と活気に包まれていた。

(…分からないなあ……)

京華は、なぜ他の生徒がこうもすんなりと受け入れられたのか理解出来なかった。
生活棟の最上部。
半球形のガラスの天井に覆われたそこは、全ての生徒が利用できるテラスとなっている。
ここで食事をとることも出来れば、スイーツを食べたり、ドリンクを飲んだり、はたまた何も頼まなくても、どこかのテーブル席に座って友人達と談笑したりできる。
壁に沿う形でぐるりと何層にも張り出したバルコニー型のフロアに、売店や店、テーブルなどが並んでおり、中央の空いた空間には、中心部にエレベーターホールが位置し、生徒達はそこから見事な空中庭園を通り抜けて壁際のテラスへと向かう。
京華もまた、自室があるフロアからエレベーターを使って空中庭園にやって来ていた。

「土御門さん!」
「土御門さーん!」
「こんにちは」
「きゃーっ!」

学院長の孫にして高等科生徒会長、更には容姿端麗で頭脳明晰。
全寮制であり、外との交流がどうしても疎くなるこの学校では、京華はまるで憧れのアイドルのような存在だった。
自分を慕ってくれる人がたくさんいるのは嬉しいし、こうして声を掛けてもらうことも別に迷惑ではない、が。

(…やっぱり、ちょっと疲れる)

テラスに着くと、そこから再びエレベーターを使って、高等科生徒会長本部役員、及び各種委員会役員専用のフロアへと上がる。ひとたび多くの人間が集まる高等科フロアへ行こうものなら、大勢の生徒が押し寄せてしまって休憩どころではないのだ。
京華は目当ての人物を見つけると、笑顔でその席へ駆け寄った。

「龍臣」
「ああ、京華さん」

役員専用のフロアだけあって、出店している店も、テーブルや座席も、他のフロアより高級感が漂っている。
京華は龍臣の座っていた角のソファ席の向かいに椅子を引いて座った。京華にとって、龍臣の隣だけが、心から自然体で居れる場所だった。

「これ、読んだ?」

京華はテーブルの上に、今朝発行された『週刊鳳凰』を置いた。

「ああ、見たよ。それがどうかしたの?」
「いや、どうかしたって程じゃないんだけど……。何だか、皆がどうしてこうすんなり受け入れられるのか分からなくて」
「うん……まあ、賞金とかの影響もあると思うよ?」
「あー、確かにそれは有り得る」
「確か優勝賞金は英国魔法界の通貨で1000ガリオン……1ガリオンで1000円ぐらいだから、まあ100万円の賞金ってところだね」
「100万円のために命をかけるの?」
「命を掛けるって言ったって、各国の魔法省が充分過ぎる位の安全対策を練ってるって聞いたよ?それに、あのアルバス・ダンブルドアが直接やるって言ったら、もうそれで命の安全は保証されたようなもんでしょ」
「ん、まあね。アルバス・ダンブルドアのネームバリューは凄いからなあ」
「そりゃそうだよ。歴史の授業で何回も出てくる名前だもん」
「だよねー」
「……京華さんは?どうするの?立候補するの?」
「うーん……まだ迷ってる、正直」
「うん」
「ほら、私、その…土御門本家の出でしょ?」
「…うん」
「だから、そう易々と留学とかは出来ないし……だから、ラテン系魔法の本場イギリスに留学出来るなんて、すごく貴重な経験になると思う」
「うん」
「それに、1年でもこの学校から抜け出して、外の世界に出られるなら……かなり、魅力的だよね」
「…確かに、ね」
「……でもな、過去の三大魔法学校対抗試合の記録を見ると、夥しい数の死者が出てるんだよね」
「いや、だから、それはアルバス・ダンブルドアがやってるんじゃないか。それに、京華さんならそう簡単にやられたりしないだろ?」

それは、確かに事実だった。
京華は初等科1年の頃から、常にトップの成績を走り続けている。
本格的に呪術の授業が始まると、京華は土御門家という強力な呪術大家の血筋も合わさって、魔女としても、また個人的に鍛錬を積んでいた陰陽道を扱う陰陽師としても、めきめきと頭角を現すようになった。昨年は『日本の最も偉大な陰陽師100人』に史上最年少で選出されたほどだ。
更には成績優秀者のみが受講できる『忍術』の授業でもトップの成績であり、身体能力も高い。そんな京華が簡単死ぬ筈が無いのだ。

「違うの、問題は私じゃないんだよ」
「え?」
「……今はね、皆ワクワクしていても、どこかでストッパーをかけてる。それは、私たち役員がまだ誰も立候補してないから」
「うん、確かに」
「……生徒会長として、迷ってる。本当にこのまま立候補して良いのか。事実上トップの座についてる私が立候補してしまったら、皆の心からストッパーが無くなってしまう。生徒会長として、例えいくら安全対策が講じられているにせよ、この危険な祭典に、皆を参加させてしまって良いのか、って」

それは、決して驕りなどでは無かった。
自分の立ち位置を客観的な視点から正しく理解し、その上で物事を判断しようとすること。
それは、文字通りトップの座に着いている者にとって必要不可欠なことだ。

「確かに、ね……。それは、そうかもしれない」
「……」
「生徒会長としては、すごく立派だと思うよ、俺は。
……でもさ」

龍臣は開いていた本を閉じ、京華の漆黒の瞳を真っ直ぐ見据えた。

「土御門京華としての意志はどうするの?」
「…………、」
「生徒会長としてそれは立派な考えだけど、でも、生徒会長である前に、京華は京華だろ」
「、うん」
「……しなよ、立候補」
「、」
「本当は、もう決まってたんじゃない?どうしたいか」
「……うん」

すると、京華の札が着信を告げた。絹江からだ。

《もしもし、京華ちゃん?私の部屋に来てくれるかしら》
「生活棟の?」
《ええ、そうよ》
「分かりました。今テラスだからすぐに行くね」
《ええ、美味しい羊羹とお茶を用意して待っているわね》

電話の奥で絹江は笑い、そしてツーッツーッという電子音が響いた。

「院長先生?」
「うん。部屋に呼ばれちゃった」
「行ってきなよ」
「うん!」

京華は満面の笑みで立ち上がると、席を離れて歩いて行った……が。

「龍臣!」
「なに?」
「ありがとう!」

ばいばい、と手を振って去っていった京華に、龍臣も手を振り返した。
耳が、ほんのり熱くなっていた。
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