青年

ぶつかったその青年と別れ、テントに戻って来ると、京華がテントを出た時には空き地だったのが、ディゴリーという看板の立った隣のスペースに向日葵色のテントが張られていた。そしてそのテントから出てきた人物を見て、京華は目を丸くした。

「あ、」
「あっ!」

出てきたのは、先ほどぶつかってしまった青年だった。青年が朗らかな笑みを浮かべながら近付いてきたので、京華は小さく会釈をする。

「やあ、また会ったね」
「はい。さっきはすみませんでした」

京華がそう言ってぺこりとお辞儀をすると、青年はとんでもない!という表情で首を横に振った。

「気にしないで。あれは僕も悪かったから」
「すみません…他のテントが物珍しくって、つい余所見しちゃって」
「確かに。変わったのも一杯あるよね」

青年は顔を上げて他のテントを見渡しながら笑って言った。

「あの、もしかして中国人?」
「いいえ、私は日本人ですよ」
「あ、そっか。ごめんね、僕の同級生に中国人の子がいて」
「でも、仕方ないですよ。中国人と日本人って同じアジア圏だから顔立ちも似てるし…」
「でも、英語がすごく上手なんだね」
「ああ、祖父がイギリス人なんです」

すると、目の前の青年はびっくりしたように京華の顔を見つめた。まあ、確かにこの顔でイギリスのクォーターですと言っても信じる人は少ないだろう。

「あら?京華ちゃん、戻ってきてたの?」

振り向くと、一葉がちょうどテントから出てきたところだった。

「少し早めのお昼ご飯にしようかと思ったんだけれど……あら、お友達?」
「うーん、何ていうか……お隣さん?隣のテントの人なの」
「あら、そう!」

一葉は英語で「こんにちは」と青年に会釈をした。

「そうだ、良かったらお隣さんも一緒にお昼ご飯召し上がらないかしら?」
「えっ!?いや、いくら何でもそれは……」

それは流石に厚かましいだろう、と京華が止めようとしたが、一葉は隣のテントを見て驚いたように「ミスター・ディゴリー!」と言った。
向日葵色のテントからは、青年の父親だろうか、茶色い髭の血色の良い男性が顔を覗かせており、そちらも同じように驚いた表情をしていた。

「これはこれは、ミセス・ツチミカド!随分とお久しぶりですね!」
「ええ、本当に!例のパーティー以来かしら?」
「その通りですよ。いやはや、ミセス・ツチミカドも決勝戦を見にいらっしゃってたとは!ミスター・ツチミカドは?」
「ああ、夫は日本の政府で仕事があって、遅れて来るんです」

親しげに会話を交わす自分の親を、京華と青年は目をぱちくりさせて見つめていた。

「おや?では、うちのセドと話している綺麗なお嬢さんはもしかして……」
「ええ、うちの娘のキョウカですわ」
「初めまして。キョウカ・リン・ツチミカド・レヴェリッジです」
「初めまして、キョウカさん。エイモス・ディゴリーです。で、こっちは息子のセドですよ。セドリックです。セドリック、知り合いなのかい?」
「いや、さっきたまたまぶつかっちゃったんだよ。それで、ここでバッタリ」

聞けば、以前雪人とエイモスが政府の仕事で顔を合わせたことがあったらしい。その後もパーティーなどで何度か顔を合わせており、ディゴリー夫妻と京華の両親は顔見知りだったようだ。

「名前、キョウカっていうんだね。…それとも、リンって呼んだ方が良いかい?」
「ええと……一応、イギリスで何か手続きしたりする時はリン・レヴェリッジと名乗っているの。その方が都合が良いし…。でも、リンは私のミドルネームみたいなものだから、キョウカで良いよ」
「分かった。僕はセドリック・ディゴリー」
「よろしくね、セドリック」
「よろしく、キョウカ」

軽い自己紹介を済ませた後清史郎もやっとテントに戻ってきて、京華たちは京華のテントで共に昼食を取ることになった。

「それじゃあ、セドリックはホグワーツの5年生なの?」
「うん、そうなんだ。9月からは6年生だけどね」

セドリックがホグワーツの生徒だと聞いて、京華はびっくりしていた。彼は背が高い上に随分と大人びていたから、てっきり学生ではないものと思っていた。それに、ホグワーツといえば京華が10月から1年間滞在することになる学校だ。だが、確かホグワーツの生徒はまだこのことを知らないのだ。京華は口を滑らせぬように気をつけた。

「私も日本にある鳳凰魔法魔術学院の高等科の2年生なの」
「高等科?どういう意味?」

パスタをミートソースと絡めてフォークに巻き付けながら、セドリックが首を傾げた。

「ハイ・スクールってことだよ」
「ああ、なるほどね」

せっかく現役在校生がいるのだから、と京華はホグワーツの様子を聞いてみることにした。

「セドリックのいるホグワーツって、どんな感じなの?」
「うーんと、そうだなあ……。ホグワーツは、崖の上に建てられた大きな古城なんだ。近くに大きい湖があって、周りは山に囲まれてる」
「お城で勉強するなんて、何だかロマンチックだね」
「確かに、そうかもしれない。学校にはグリフィンドール、ハッフルパフ、レイブンクロー、スリザリンっていう4つの寮があって、新入生は組み分け帽子っていう帽子を被って、どの寮に入るか決めるんだ」
「帽子?帽子が寮を決めるの?」
「そうだよ。その帽子には思考力があって、被った人の性格とか、能力とかで寮を決めるんだ」
「へえ、面白い!鳳凰にも4つの寮があるんだよ。でも、私たちのは能力別とか性格別とかじゃなくて、生徒はランダムに振り分けられるの。寮だって1年ごとに変わるしね」

夕方頃になると、雪人もようやく姿を現した。セドリックとエイモスとはテント前で別れを告げ、京華たちは連れ立って競技場に歩き出す。

「遅くなってすまなかったね。思いのほか仕事が長引いてしまって」
「でも、間に合って良かった」

昼間キャンプ場を回った時には居なかった商人たちが、今は商品を手に観客へせっせと売り込んでいる。

「あ、万眼鏡だって!」

清史郎が指差しながら言った言葉の裏には、はっきりと物欲しさが滲み出ていた。

「へえ、凄いな。こんなに機能が付いてるのか」
「でも割と高いね」

1つ10ガリオンと書かれた札を見ながら京華が呟いた。

「いや、折角だし買おう。6つくれ」
「あいよ!毎度あり!」

雪人が10ガリオンずつまとめたガリオン金貨の塊を6つ出し、万眼鏡と引き換えに商人に手渡した。

「じゃあ、僕はみんなにプログラムを買おう」

ジムはそう言うと、表紙に房飾りのついたビロードのプログラムを6冊買ってきて、それぞれに配った。

「『試合に先立ち、チームのマスコットによるマスゲームがあります』だって!」
「マスゲーム?」
「ああ、ナショナルチームが自分の国から何か生き物を連れてきて、ちょっとしたショーをやるんだ。あれはいつも見応えがあるよ」

ジムもプログラムに目を落としながら言った。

「特等席ですね!最上階貴賓席ですよ。真っ直ぐ1番高いところまで上がって下さい」

競技場の入口のところで6人分の切符を検めながら魔法使いが言った。
人混みに混ざって6人は大きな入口を潜り、紫紺の絨毯が敷かれた階段を上り続け、天辺へ辿りついた。
観客席の中でも最上階、ピッチの両サイドにある金色のゴールポストのちょうど中間に位置した小さなボックス席の中には、紫紺のビロードが張られた金箔の椅子が20ほど並んでいた。ひと目で一番の席だと分かる。こんな席を手に入れるなんて、ジムは一体イギリス魔法省にどんなコネを持っているのだろうか。
前列は既に燃えるような赤毛の一家と、黒髪の少年、栗毛の少女で殆ど埋まっていた。入り口から2番目の席に座っていた不思議な生物(確か屋敷しもべ妖精と言ったか。ここら辺がヨーロッパの奴隷制度の色を残しているようで、京華は密かに顔をしかめた)の前を通り過ぎ、前列と後列の金の椅子の間を進んだ。

「アーサー、ルシウスは先ごろ聖マンゴ魔法疾患障害病院に、それは多額の寄付を──おお!これはレヴェリッジ先輩!」

誰かの紹介を放り出して、向こうからお腹の突き出た魔法使いがニコニコ顔でやって来た。京華は何故かセイウチを思い浮かべ、慌てて頭から打ち消した。

「やあやあ、久しぶりだね!コーネリウス。今回は招待ありがとう!」
「滅相もない!お越し頂きありがとうございます」

コーネリウス?名前に聞き覚えが……。

「みんな、こちらはコーネリウス・ファッジ君。いや、イギリス魔法大臣に君は恐れ多いかな?」

そう言ってニヤリと笑ったジムに、ファッジははっはっはと腹をゆすって笑った。

「それは随分と今更ですな!」
「コーネリウスはイギリス魔法省時代の私の後輩でね」

そう言ったジムに京華は目を丸くした。現イギリス魔法大臣が後輩とは恐れ入った。

「紹介しよう、私の妻のキヌエだ」
「初めまして、ファッジさん。主人がいつもお世話になっております」
「これはこれは、お初にお目にかかります。レヴェリッジ先輩には昔からお世話になっていましてな」
「お噂はかねがね伺っておりますわ」
「こっちが、娘のカズハ。そして、その夫のユキヒトくん」
「初めまして、ミスター・ファッジ」
「これはこれは、ミスター・ツチミカド!日本のフジムラ大臣が、優秀な補佐官がいて助かると言っていましたがあなたのことですな!」
「勿体ないお言葉です」
「そして、孫のキョウカとセイシロウ」
「初めまして、大臣」
「はっ、初めまして!」
「初めまして。これはこれは、美しいお孫さんをお持ちで!セイシロウくん、クィディッチは好きかな?」
「は、はい!好きです!」
「ここら辺は私の影響かもしれんなあ」

そのあと、ブルガリアの魔法大臣にも自己紹介を済ませた。

「ああ、ルシウス。こちらはジム・レヴェリッジ氏。私の魔法事故惨事部時代の先輩でね、何かとお世話になったよ」
「初めまして、ミスター・レヴェリッジ」
「初めまして、ミスター…」
「マルフォイです」
「ミスター・マルフォイ」

マルフォイ氏は、ちょっと生え際が危ないプラチナブロンドの紳士だった。近くにいる綺麗な女性と子供は家族だろう。奥さんはナルシッサ、息子さんはドラコと言った。
ファッジ大臣は次に、前列に座っていた燃えるような赤毛一家を京華達に紹介した。

「こちらはアーサー・ウィーズリー氏だ」

途端にマルフォイ氏の目つきが鋭くなった。仲が悪いのだろうか、と京華は感じる。

「初めまして、ミスター・レヴェリッジ。ウィーズリーと言います」
「初めまして、ミスター・ウィーズリー。そちらはお子さん方ですかな?」
「ええ、赤毛の子はそうですよ。あっちの栗毛の女の子は、末息子の友達でハーマイオニー・グレンジャーさん。こっちは、やっぱり末息子の友達で、ハリー・ポッター君」
「えっ?」

京華は思わず聞き返した。ハリー・ポッター、ということはまさか。

「ええ、如何にも『生き残った男の子』その人ですよ!」

大臣が親しげにハリーの肩をぱしぱし叩いた。

「初めまして、ハリー」
「あ、は、初めまして」

京華が急に話しかけて驚いたのか、ハリーは少しどもったが、京華の差し出した手を握って握手に答えてくれた。
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