発表

「『クィディッチ・ワールドカップでの恐怖』…」

ホグワーツ特急の中で、向かい側に座っている友人が膝の上に広げた『日刊予言者新聞』には、チカチカと不気味に光る髑髏と共にそんな見出しが踊っていた。

「ああ、これな。セドリックも行ってたんだろ?ワールドカップ」
「父さんと行ったよ。でも隣のキャンプ場だったから、実際に見た訳じゃないんだ」
「へえ……。何でも、この『闇の印』って『例のあの人』の印らしいぞ」
「ああ、聞いたよ。父さんは隣のキャンプ場まで犯人を捕まえに行った」
「そうなのか。そう言えばここには犯人が書かれてないな。捕まらなかったのか?」
「ああ、そうみたいだ。父さんの話じゃ、犯人はもう『姿くらまし』した後で、印を打ち上げるのに使ったらしい杖を持った屋敷しもべ妖精だけが見つかったんだそうだ」
「ん?屋敷しもべ?」
「ああ、魔法省のナントカさんっていう高官の……あ、この話他言はするなよ?」
「それは分かってるさ」

アレンが口の固い人間だということは、5年近く一緒に居てよく分かっている。だからこそ、新聞にも載っていない父さん伝手のことも話した。

「『数人の遺体が森から運び出されたという噂』って……まさか死人が出たのか!?」
「いや、出てないよ」
「え?じゃあ……ああ、なんだ。リータ・スキーターが書いてるぜ、この記事」

アレンは読んでいた新聞のページを広げ、端に記された『リータ・スキーター』という文字を指差して見せた。

「こいつ、何でもかんでもこき下ろすことで有名らしいぜ。この前は確か、ダンブルドアのことを“過去の遺物”扱いしてたな」
「ダンブルドアを?」
「ああ」

ダンブルドアを遺物呼ばわりするなんて、もうそれだけでこの記者の辣腕ぶりが分かった。
そして、窓の外を見ながらこの前の騒動を思い出す。



「セド!セド!起きろ、緊急事態だ!」
「えっ、どうしたんだい…?」
「詳しいことは後だ。俺は隣のキャンプ場まで行かなきゃならん。とにかく杖だけ持ってすぐに逃げるんだ!」

夜中、突然父さんに叩き起こされた。一体何があったのかは気になったけど、父さんの様子とテントの外の騒音からして只事じゃないことだけは分かった。
俺はTシャツと半ズボンという寝ている時と同じ服装のまま、パーカーを羽織って杖を掴み、テントの外に出た。

「さあ、早く逃げなさい!早く!」

隣のパロットグリーンのテントからそんな声がして、レヴェリッジさんたちが続々とテントから出て行った。
キョウカは一番最後に出てきて、でも早く行くように促したユキヒトさんに日本語(だと思う)で何か言うと、転んで泣いていた女の子を素早く助け起こした。

「お姉ちゃんと一緒に行こう?」

そこの部分はちゃんと英語で言っていたから聞き取れた。

「キョウカ!」
「セドリック!」
「ほら、僕に掴まって、」

キョウカが抱き上げようとしていた女の子は代わりに僕が抱き上げて、僕は空いている方の手でキョウカの細い手を掴んだ。

「早く行こう!」
「う、うん!」

女の子は黙ったまま素直に僕に掴まっていてくれた。
キョウカと一緒に走りながらキャンプ場の出口へ向かう途中「仮面の集団が」「マグルが浮かばせられてるわ!」と言った言葉が聞こえてきて、何となくだけど何が起こったのか分かった気がした。
こういう時は男の子である僕が先導するべきなのに、キョウカは脚が速くて、でも女の子を抱えた僕に気遣うように、通りやすい所を先導して走ってくれた。
しばらく走って森のはずれまで辿り着くと、周りにも逃げてきた他の魔法使いや魔女が大勢いて、口々に何が起きたのかと不安そうに囁きあっていた。

「ママ!」

そう叫んだ女の子を下ろしてあげると、その女の子は涙を浮かべていた女性の元へ走って抱き着いた。

「ああ、メアリー!良かった…!」

その女の子はお母さんから頬や額にキスを受けると、振り返って「おにいちゃんとおねえちゃん、ありがとう!」と言った。
すると、キョウカはその子のところへ走って行って、ポケットから何やら不思議な形のものを取り出すと、擦りむいていた女の子の膝に向けて、「『エピスキー、癒えよ』」と唱えた。もしかしたら、これが日本でいうところの杖なのかもしれない。

「はい、もう大丈夫よ」
「わあ!ありがとう!」
「ああ、娘を助けてくれて本当にありがとう!」

お母さんに抱っこされたメアリーと別れると、キョウカは安心したようにほうっと息を吐いた。

「お母さんが見つかって良かったね」

そう言って微笑んだキョウカの顔が、脳裏にこびりついて離れなかった。




「……い、おい、セドリック!」
「えっ?ああ、なんだい?」
「どうした?ぼーっとして」
「ああ、いや、ちょっとその時のことを思い出してて。ごめん」

そうか、とアレンは大して気にした様子もなく、また新聞に目を落とした。



アレンの食べかけの蒸しプティングが皿から消えて(アレンは酷くがっかりした様子だった)金の皿がピカピカになると、ダンブルドア校長が立ち上がった。お喋りがぴたりと止み、みんなダンブルドア校長の方を見ている。

「さて!みんなよく食べ、よく飲んだことじゃろう」アレンはまだ足りないという目をしていた。
「いくつか知らせることがある。今一度耳を傾けてもらおうかの」

そこからは殆ど例年通りだった。持ち込み禁止の品に新たに3つ加わったこと、(最も、これを守る人は殆どいない)敷地内の森には立ち入り禁止だということ、ホグズミード村は3年になるまで行けないこと、などなど。
でも、ダンブルドア先生の次の言葉を聞くと、僕だって冷静ではいられなくなった。

「今年は寮対抗クィディッチ試合は取りやめじゃ。わしとてこれを知らせるのは非常に辛うての」
「えっ!?」
「おいおい、嘘だろ!?」

唖然とする僕の横で、アレンも両手を横に広げて信じられないという顔をしている。

「これは、10月から今学年の終わりまで続く大きな催しのためなのじゃ。先生方も、殆どの時間とエネルギーをこの行事のために費やすことになろう──しかしじゃ。わしは、皆がこの行事を大いに楽しんでくれるであろうと確信しておる。では、ここに大いなる喜びを持って発表しよう。今年、ホグワーツにおいて──」

だけど、ダンブルドアの言葉は途中で中断された。耳を劈くような雷の音と共に、突然大広間の扉がバタンと開いたからだ。
開いた扉の入口のところには、黒い旅行マントを纏い、長いステッキに寄りかかった1人の男性が立っていた。
ちょうど天井を走った稲妻が照らし出した顔を見て、きっと大広間の誰もがギョッとしたと思う。まるで、人の顔を知らない誰かが昼食に使ったスプーンを使って傷だらけの木材を削って出来たような顔だった。
可哀想に震え出してしまった隣の1年生の女の子に声をかけて、背中を摩りながらその男性を見つめる。
男性はコツッ、コツッという音を響かせながら大広間の中を進み、ダンブルドアと握手をした。
男性はダンブルドアと二言三言交わしたあと、空いていたダンブルドアの隣の席に座り、片方の大きなブルーの瞳をギョロギョロと忙しなく動かしながらソーセージをナイフに突き刺して食べ始めた。

「ご紹介しよう。『闇の魔術に対する防衛術』の新しい先生、ムーディ先生じゃ」

新しい先生なら拍手をして迎えなければならないのに、拍手をしたのはダンブルドア先生とハグリッド先生だけだった。それもすぐに止んだ。

「ムーディ、って……そうか、あの人がマッド‐アイ・ムーディか……」
「マッド‐アイ?」
「今朝父さんがあの人のことで忙しくしてたんだ」

ダンブルドアが気を取り直すように咳払いして、またにこやかに話し始めた。

「さて、先ほど申したように、今年クィディッチが中止になる理由じゃが」

またそれを言われて、僕の心はずん、と沈んだ。

「わしとしても、これを発表することは誠に嬉しい。今年度、百年以上開催されていなかった『三大魔法学校対抗試合』を開催する!」
「ご冗談でしょう!」

ダンブルドアの言葉に、双子のウィーズリーのどちらかが(ごめん、どっちかは分からない)大声を上げた。

「ミスター・ウィーズリー、わしゃ冗談など言っとらんよ」

フォッフォッと笑いながら、ダンブルドア先生は目をキラキラとさせた。

「さて、この試合を知らない諸君のために、とっくに知っている諸君にはお許しを願って、簡単に説明させていただこう。その間、知っている諸君は自由勝手に他のことを考えていてよろしい。
えー、この三大魔法学校対抗試合は、元々ヨーロッパの三大魔法学校の親善試合として始まったものじゃ。ホグワーツ、ボーバトン、ダームストラングの三校から代表選手が1人ずつ選ばれ、三つの魔法競技を競う。しかしながら、その競技の危険度から夥しい数の死者が出ての。そのため、危険だという理由で長ーい間開催が見送られてきたのじゃ。だが、今回は選手の1人たりとも死の危険に曝されぬよう、我々はこの1年かけて取り組んできた。そのため、今回の三大魔法学校対抗試合にはちと例年とは異なる点がいくつかあっての」

異なる点?周りの人達は不思議そうに囁き合う。

「まず、本来ならばヨーロッパの三大魔法学校、ホグワーツ、ボーバトン、ダームストラングで行う予定だったのじゃが、ボーバトンの校長先生が体調を崩されての。ボーバトンが参加を取りやめてしもうたのじゃ。しかしながら、今回極東の国の魔法学校が加わって下さるという了承を得て、参加校は、ホグワーツ、ダームストラング、そして、極東の国、日本の鳳凰魔法魔術学院の三校と相成った」

フランスの代わりに日本、と聞いて、僕は真っ先にキョウカの顔を思い浮かべた。そう言えば、キョウカのいる学校もホウオウという名前だった気がする。もしかして、と僕は考えを巡らせた。

「ダームストラングと鳳凰の校長が、代表選手の最終候補生を連れて10月に来校し、ハロウィーンの日に代表選手三人の選考が行われる。優勝杯、学校の栄誉、そして選手個人に与えられる一千ガリオンを賭けて戦うのに誰が相応しいかを、公明正大な審査員が決めるのじゃ」

一千ガリオンと聞いて、あちこちで生徒が顔を輝かせた。隣のアレンも拳を握っている。

「一千ガリオン!?決めた、立候補するぞ!セドリックはどうするんだ?」
「まだどうなるか分からないけど……前向きに考えるよ」

だけどその後「17歳以上は参加禁止」ということが告げられると、怒り出した何人かの生徒がガヤガヤと騒ぎ出した。

「このことは、我々がいかなる安全措置を講じようとも、やはり競技の種目が非常に困難で危険であり、魔法界での成人に達していない者が課題をこなせるとは考えにくいからなのじゃ。年少の者が選考の審査員を出し抜いたりせぬよう、わし自らで目を光らせることとする」
「ダームストラングと鳳凰の代表団は10月に到着し、今年度は殆どずっと我が校に留まる。外国からの客人が滞在する間、彼らが困った時、皆が必ず救いの手を差し伸べてくれるであろうと、儂は信じておる。
……さて、夜も更けた。明日からの授業に備えて、ゆっくり休み、はっきりした頭で臨むことが大事じゃと、皆そう思っておるじゃろうの。就寝!ほれほれ!」

キョウカの連絡先をきちんと聞いておくんだった、と僕は今更になって後悔した。
ALICE+