「クラムだ!」
「ビクトール・クラムよ!」
「まさか学生だったのか!」
ブルガリア・ナショナルチームのシーカー、ビクトール・クラムその人だったのだ。
「おいおい、マジかよ!」
「本物だ……!」
先日のワールドカップでも、クラムのプレーを間近で見て、同じシーカーとして鳥肌が立った。彼は本当に天才だ。
「ダンブルドア!」
ダームストラングの生徒を率いて来た校長らしい男がダンブルドアに朗らかに声をかけた。
「やあやあ、暫く。元気かね?」
「元気じゃとも、カルカロフ校長」
2人は握手を交わして、カルカロフ校長はビクトール・クラムを始めとした自分の生徒を引き連れてスリザリンのテーブルに座った。
「おい、セドリック、クラムだぜ!」
「はは、分かってるよ。ワールドカップの時彼のプレーを見た、本当に凄かった!」
「だろうなあ。後でサイン貰いに行こうかな?」
アレンがクラムから目を離さずに言った。
「さて、お次のお客様ははるばる日本からおいでくださった。日本の鳳凰魔法魔術学院の皆さんじゃ」
来た。果たして、次に入ってくる列の中にキョウカは居るのだろうか?
まだ2割ぐらいの生徒がクラムから目を離せていなかったけど、次に目に飛び込んできた光景を見て、大広間はさっきとは少し違う意味で騒然となった。
大広間に入ってきたのは、真っ白で美しい、大きなドラゴンだったのだから。
ドラゴンと呼ぶには細長く、翼のようなものは見えない。長い髭、頭には2本の角があり、本で見たチャイニーズ・ファイアボール種というドラゴンに似ていると思った。
ドラゴンは背中に生徒と着物を着た女性を乗せて、大広間の中心を滑るように飛び、かと思えば魔法で空のように見える天井に向かって真っ直ぐ上り、また下りてきた。浮かんでいる蝋燭がグラグラと揺れる。
ドラゴンは4つの長テーブルの上をぐるりと一周し、先生方の座る長テーブルの前を横切るように飛んだ。十数人ほどの生徒と着物の女性が背中から下りると、唖然とする皆の前で、ドラゴンは溶けるようにいなくなり、代わりに女性の隣に美しい少女が立っていた。
間違いなく、キョウカだ。着物を着た女性はキヌエさんだろう。
「間違いないわ!あれ『世界の最も優れた未成年の魔女・魔法使い』の本に載ってた人だわ!キョウカ・ツチミカドよ!あの人動物もどきなのよ!」
向こうの方に座っていたハッフルパフの女の子が興奮してそんなことを言っていた。そうか、キョウカは動物もどきだったんだ。
「アルバス、また会えて嬉しいわ!」
「キヌエ、ようこそお出でくださった。相変わらず見事なキモノじゃのう」
「は、初めまして、キョウカ・ツチミカドです」
「初めまして、キョウカさん。キヌエからお話は聞いておるよ。見事な才能をお持ちのようじゃのう」
目を細めてフォッフォッと笑ったダンブルドアの前で、キョウカが赤面していた。
キヌエさんは教職員テーブルの方に座り、鳳凰生たちは興奮した様子で天井を指さしたり、キョロキョロと物珍しそうに辺りを見回したりしていた。
でも、大広間のみんなの目線はキョウカに釘付けだったと思う。背筋を伸ばして、凛として歩いてくるキョウカ。艶やかな長い黒髪に、大きな黒い瞳、すらりと伸びた手足、真っ白な肌。
当の本人はそんなことに気付く様子もなく、凛とした表情で歩いてきたかと思えば、目を輝かせて天井を見つめたり、耳打ちしてきた鳳凰の女学生と笑いながら会話したりと随分忙しそうにしていた。
大広間を半分ほど歩いてきた辺りで、キョウカははたと困ったような顔をした。座る席を探しているらしい。
「キョウカ!」
少し離れた所に座っていた僕が名前を呼ぶと、キョウカは驚いたような顔をして僕を見つめて、それから微笑んでこっちにやって来た。
アレンが「知り合いなのか!?」と言って、僕との間にスペースを空けた。
「やあ、キョウカ」
「セドリック!また会ったね。隣、良い?」
「もちろん!どうぞ」
自分の分を空けてくれたアレンに小さく会釈をして、キョウカは僕の隣に腰掛けた。
「ホグワーツはすごいね!本では読んでいたけど、天井が本当に空みたい!」
キョウカはそう言って、また目を輝かせて天井を見上げた。
「それより、もしかしてホグワーツに来ること知ってたのかい?」
「ん、まあね。でもホグワーツの生徒にはまだ教えちゃいけないって言われてたから」
キョウカは人差し指を桜色の唇に当てて悪戯っぽく笑った。
「おい、セドリック。いい加減紹介してくれよ!」
「ああ、ごめん。えーと、彼女はキョウカ・ツチミカド。夏休みにワールドカップの会場で会ったんだ」
「まじかよ!ツイてるなあお前」
「で、こっちはアレン・ウォーロック。僕の親友だよ」
「初めまして、アレンだ」
「初めまして。よろしくね」
キョウカがそう言ってアレンに微笑んで、アレンは耳まで真っ赤にした。
ダンブルドアが前に立ったので、大広間は水を打ったように静かになった。
「こんばんは、紳士、淑女、ゴーストの皆さん。そして特に今夜は、客人の皆さん。ホグワーツへのお出でを、心から歓迎いたしますぞ。本校での滞在が、快適で楽しいものになることを、わしは希望し、また確信しておる」
ダンブルドアの目がキラキラと光り、キョウカが隣で期待で微笑んだのが分かった。
「三校対抗試合は、この宴が終わると同時に正式に開始される。
──さあ、それでは、大いに飲み、食い、かつ寛いでくだされ!」
ダンブルドアがそう言って着席すると、目の前の大皿がいつものように料理で満たされた。僕たちにとっては普通のことだけど、外国の生徒はこの仕掛けにびっくりしたようだった。
「わあ、すごい!」キョウカも驚いている。
「これ、どんな仕掛けなんだろう?」
「おい、あれなんだ?」
声を上げたアレンの視線の先を見ると、1つの金の大皿の上に白いお米がびっしり詰められて、その上に色とりどりの具材が散らされていた。
「あれ『ちらし寿司』よ」
「えっ?なに?」
「だから、ちらし寿司!美味しいわよ!」
鳳凰生がいるハッフルパフのテーブルだけでなく、今日の料理には外国のものもいくつか乗せられているようだった。
キョウカは大皿についていた大きなスプーンで自分のお皿にチラシズシをよそった。
そして、イタダキマス、と呟くと、2本の細い棒を手に取った。見たことがないものだ。
「それ、なんだい?」
「あ、これ?日本語で『オハシ』っていうの。チョップスティックだよ」
こうやって使うの、と言って、キョウカは器用に2本の棒をすらりとした指へ引っ掛けた。
そして、その棒の先の方でそのチラシズシを挟むようにして口へ運んだ。日本人は器用だ。
「うわ、何だこれ!使うのがかなり難しいぞ」
「私たちはもう慣れっこだけど、そうよね。ナイフやフォークと比べたら使いにくいよね」
周りの生徒もキョウカの見よう見まねでオハシを使おうとしているけど、中々上手くいかないようだった。
「──そうよ、私たちが乗ってきた飛行船は、鳳凰っていう学校の名前にもなった魔法生物を模しているの。本物はあんなに大きくないけれどね」
日本人はシャイだ、と聞いたことがあるけれど、そんなことはないと思う。
少なくともキョウカはすごくフレンドリーで、僕たちともすぐに打ち解けて談笑していた。
「ホグワーツの料理ってとても美味しいね!毎日こんなのを食べているなんて羨ましいなあ」
「鳳凰ではどんな料理が出るの?」
「主に日本食。日本食は元々質素だっていうのもあるけど、でもちらし寿司とか、こんな豪華な食事はせいぜい特別な日とかにしか出ないんだ。学校の創立記念日とか」
キョウカは、日本にある学校のことをたくさん話してくれた。教科のこと、日本の呪文、(実際にやって見せてくれたりもした)『オフダ』という便利な道具、などなど……。
「えっ!こっちだと魔法族と非魔法族で別れてるの!」
イギリス魔法界のことを話して聞かせると、キョウカは目を丸くした。
「じゃあ、日本はどんな感じなんだい?」
「日本は魔法界とかマグル界とか明確な区別はないんだよ。もちろん魔法を非魔法族の人たちに大っぴらにすることは有り得ないけど、でも上手いこと共存してやってるよ。血筋による差別なんて……。日本じゃもう百年前の話よ。有名な家とかだったら、まあちょっとだけ特別視されたりすることはあるけど。芸能人みたいに。でも鼻にかけて自慢するようなことにはならないかな」
キョウカは眉をひそめた。日本は差別とかにはめっぽう厳しい国らしい。イギリスも日本みたいな国だったら、もしかしたらスリザリンと対立するようなことも無かったのかもしれない。僕はスプーンでチラシズシを掬いながらキョウカの言葉に耳を傾け、そんなことを考えた。